48.ウンディーネ ライブ ドローイング
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昼下がりの礼賛広場にて、一人(?)の水精が静かに佇む大魔術師ケテアの像に向かい合って座っていた。
その眼前には、一枚の帆布が立て掛けられて鎮座していた。
オウルが召喚したウンディーネのニルだ。
彼女の協力によりマルクスは人工血液の生成に成功した。そして当初の約束通り、ニルに対し画材を用意してやった。
それからというもの、彼女は寝ても覚めても絵を描いてばかり、今日は礼賛広場の光景をスケッチしようとここにやってきたのだ。
ニルはただ黙々と、左手に持ったパレットの上に並ぶいくつかの油彩絵具を、右手に持った筆でカンバスの上に置いていく。その姿は案外、様になっていた。もっとも、完全にずぶの素人であるマルクスとしては、具体的に何がどう様になっているのかは知らないが。
ニルの姿を傍から見守るのはマルクスとオウルだけでなく、大(?)魔術師のテトさんとゴーレム設計士のザイーネもいた。要するにいつものメンバーだ。偶然この場を通りかかった彼女らも、見学することになったのだ。
ニルの手によって描かれている途中の絵を眺めながら、テトさんが静かに言う。
「妖精が絵画に手を出すなんて物珍しいことがあるなと思ったけど、なるほど堂に入ってるじゃない。ほぼ独学同然なんでしょ?それでこれだけのものが描けるんだから大したものだわ」
いつもは他人を見下すか罵るかしかしないテトさんが珍しく他人を褒めていた。オウルも話していたが、彼女はもともと芸術に興味があるらしい、こういう話題になると存外大人しくなるのだ。
美術館の中で話をすればこっちが何を言っても怒鳴らなくなるのではないだろうか、今度試してみよう。
それはそれとして、テトさんの言葉はマルクスとしても実感がある。
「ホント、少し前までは素人丸出しの下手くそな絵だったのに、最近はそのまま空間を切り取ったみたいにきれいな絵を描くようになってさ。飲み込みが早いどころの話じゃないよ、伊達に水の精霊じゃないよな。絵の具って水なんだろ?」
「あれは油彩よ。水とはむしろ相性悪いでしょ」
「それニルにも言われた……」
二人のやり取りを傍に、ニルは黙々と筆を進める。その集中力には舌を巻くものがあった。
『好きこそものの~』という言葉があるが、彼女の絵画に対する熱意は本物なのだろう。ただ興味があったからやってみたという類の俗っぽい理由ではなく、ニルは真剣だった。
と、ザイーネが特に何の気なしに周囲を見渡しながら言った。
「他の方々も、妖精が絵を描くというのが珍しいようですよ。ほら」
そうしてある場所を指差す。
そこには女性と男の子供の姿があった。
「観光客ですかね、興味深そうに眺めてますよ」
「ホントだ」とマルクス。
と、彼はここで、今までカンバスと題材にしているケテアの像を交互に見るという行為を一心に繰り返していたニルが、初めて視線を逸してその親子連れの方を見ていることに気づいた。
彼女も、自分のやっていることが注目を浴びていることには思う部分があるのか、あるいは。
不意にニルはずっと手放さなかった筆とパレットを一旦足元に起き、別の画板を取り出してそこに素早く指を滑らせた。
それが描画になった。彼女の指の表面から染み出した水がそのまま色鮮やかな水彩となり、画用紙の上に描かれた。
マルクスが思わず感嘆を上げる。
「おお~!そうそうこれ、俺が言いたかったのはこれだよ、さすが水の精霊だよな」
それにテトさんも唸り声をあげて応えた。
「ん~。凡百な画家が見たら嫉妬する光景ね」
「何を描いているんでしょうね?」と疑問を口にするザイーネに、オウルが応えた。
まだ絵は描き上がっていないが、彼女にはその題材が分かったようだ。
「あの子の似顔絵じゃない?」
その言葉と同時に、すらすらと動いていたニルの指が止まった。絵が完成したようだ。
オウルの予想通り、それは向こうでこちらを眺めている子供の姿を描いたものだった。即席で描いたものなので輪郭をなぞっている程度の簡素な絵ではあったが、それが逆に小奇麗に見えた。
ニルはそのまま手にした画板を手元でくるりと回して、完成した絵を親子連れの方に見せた。
と、今までぼーっと突っ立っていた子供がとたとたとこちらに駆け寄りながら、いかにも子供っぽい脳天気な声をあげた。
「なんそれえ~」
それに続いてニルの方へと駆け寄ってきた母親が、
「あぁ、これはこれはありがとうございます。すみません盗み見するような真似をして」と頭を下げた。
それににこやかな笑みを返しながら、ニルは仕上げた絵をそのまま母親に差し出した。
「こちらこそ、ご迷惑でないようでしたら差し上げますわ。お代はいただきません」
似顔絵を受け取った母親はそれから何度か繰り返し頭を下げて感謝し、そのまま去っていった。
「よかったねえ」
「ん~」という親子のやり取りが微笑ましい。
しきりに手を振ってくる子供に、ニルではなく実際のところなにも無関係なオウルがまるで張り合うように全力でブンブンと手を振り返していた。
と、あの親子連れの姿を見た他の観光客や魔術師達がじわじわと周りに集まってきた。
俄に賑やかになってくる。
次々と増えてくるギャラリーの姿を見ながら、
「みなさまがわたくしの絵を見てくださるなんて、光栄ですわ~!」と笑みを浮かべ、ニルは再びケテア像の模写の続きを始めた。
多くの者に見られているというのに、彼女には慌てる様子もない。むしろますますその筆は楽しそうに躍るばかりだ。
「天才やん。こんなんされたら俺惨めになるわ」とマルクスがうわ言のように呟く。
そんな彼をまあまあとザイーネが慰める。
「マルクスさんだって生体錬成士の腕は確かですよ。ほらこの前の、え~っと……、クロウリー家のアレイスティアさんでしたっけ?あの子だって貴方のことをよく慕ってくれてたじゃないですか」
「……俺のこと褒めてくれるのは君とオウルだけだよ。どこかの大魔術師様も見習ってもらいたいねえ」
もはや隠す気もない皮肉を受けたテトさんであるが、描画に勤しむニルの邪魔をするわけにもいかず、ただ威嚇するように食いしばった歯をむき出すばかりだった。
「フギギィ……!」




