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アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン!  作者: 坂東太郎
『第六章 この世界の医療ってどうなってんの? ドラッグストアはじめちゃう?』
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第七話 ウソだろクロエ? この世界には魔法があって! 回復魔法も薬もあって思ったより医療が発展してるなあって!


「朝に回復魔法を使ってくださった方! いらっしゃいませんか!」


 閉店作業中のアイヲンモール異世界店に、一台の馬車が飛び込んできた。

 俺とアンナさんが街から帰ってくる時にすれ違った幌馬車だ。


「どうされましたか?」


「ああ、店長さん! 朝に回復魔法を、娘に回復魔法を使ってくださった女性はいらっしゃいませんか!?」


「やっぱりあの時の行商人さんでしたか。アンナさんは店内で作業中で」


「ふふっ、私を忘れているぞナオヤ! 回復魔法なら私も使えるんだ、ドンと頼ればいい! 聖騎士の! このクロエに!」


「そういえばそうだっけ。行商人さん、回復魔法が使えるなら誰でもいいんですか? そもそも何があったんです?」


 店舗入り口前のロータリーに馬車を停めた御者に話しかける。

 御者、というか朝も来店されたでっぷりした行商人は、焦った様子で馬車から飛び降りた。


「昼過ぎから急に娘の具合が悪くなりまして! 急いで戻ってきたのです!」


「昼過ぎ……朝はビーフシチュー食べてたみたいだし、まさか食中毒!?」


 行商人の言葉を聞いて顔が青ざめる。

 たしかに子供は具合が悪そうだったけどウチのビーフシチューを食べてたし、アンナさんの回復魔法で顔色はよくなった。

 そこから悪化するってまさか。


「救急車呼んで病院に連れていって保健所に連絡してああそうだ本社にも報告して」


「落ち着けナオヤ! 行商人、それでその娘はどこだっ!」


 おろおろ慌てる俺を無視して、クロエが状況を確認する。

 いつもは逆なのに。


「いまは荷台で、どうだお前、娘の様子は!?」


 行商人が馬車の後部の幌をばさっとめくると、子供を抱きかかえた奥さんが下りてきた。

 子供は赤い顔でぐったりしている。


 いや、()()()()、だけじゃない。


「閉門には間に合ったのですが……街には入れてもらえず! そこでこの場所のことを思い出したのです!」


 顔には、()()()()が出ていた。

 チラッと見えた手にも。


 娘の状態を見て焦ったのか、行商人は「回復魔法が使える」と言ったクロエに詰め寄る。


「お金ならいくらでもお支払いしますから! どうかこの子に! 娘に回復魔法を!」


 行商人がクロエにまとわりついて、悲痛な叫びで頼み込む。

 クロエは行商人をぐいっと押しのけて、奥さんと娘に近づいていった。

 いつになくマジメな顔で、クロエが子供の顔を覗き込む。


「クロエ、とりあえずそこのベンチに寝かせるといい。俺は役に立ちそうなものを取ってくるから」


 販売はしてないけど、アイヲンモール異世界店には日用品やドラッグストアコーナーの商品もある。

 魔力があるこの世界の人間と、俺がいた世界の人間とは違うっぽいから、効くかどうかはわからないけど。

 とにかく何か使えそうな物を取ってこようとして。


「待て、ナオヤ」


 クロエの硬い声で止められた。


「あ、ああそっか、回復魔法があるもんな。薬なんかよりクロエの回復魔法の方がよっぽど効果的で」


「いや……行商人。閉門前だったのに、門兵はなぜこの子を街に入れなかったんだ?」


「それが……この子は、その、伝染病の疑いがあると……申し訳ないが街に入れるわけにはいかないと……」


「やはり、そうか」


 クロエが顔をしかめる。

 いつもバカみたいに明るくて元気で前向きな、クロエが。


「熱があって顔が赤い、だけではない。顔、それに体に浮かんだこの()()()()は……」


 門番は「伝染病の疑いがある」と言ったのだという。

 エルフで聖騎士のクロエは、心当たりがあるのかもしれない。


「クロエ? どうした? 本当に伝染病なのか?」


「ああ、ナオヤ、間違いない。赤死病だ」


「せきし……? えっと、小説にそんなのがあったような。仮面?」


「そんな! この子が赤死病だなんて!」


 重々しく言ったクロエがかぶりを振り、行商人が絶望の声をあげる。

 見れば、子供を抱いている母親も、さっと顔色が変わった。


「クロエ、その、赤死病ってなんだ? 問題ないんだよな? 伝染病だって回復魔法で治るんだよな?」


「ナオヤは知らないか……この病気は、赤死病は、回復魔法では治らない。薬もない」


「……え? ああそうか、自然治癒を待つしかないってことか! 元の世界でもあったなあそういう病気! 実は風邪もそうだとかなんとか」


「ナオヤ」


 俺の言葉はクロエにさえぎられた。

 行商人夫妻は、顔を歪めて嗚咽をこらえている。


「ナオヤ、治らないんだ。この(やまい)は、赤い斑点が体中に広がって高熱で命を落とす。赤死病にかかって生き延びた者は、いない」


「ウソだろクロエ? この世界には魔法があって! 回復魔法も薬もあって思ったより医療が発展してるなあって! だいたいほら赤死病ってクロエの勘違いかもしれないんだし!」


「そうだな、その可能性はある。だから……精霊よ、この者を在るべき姿に治したまえ『治癒』」


 クロエの手がほのかに光り、赤い顔をした、顔や手に赤い斑点が浮かぶ子供にかざされる。

 光は子供に吸い込まれて、わずかに赤みが引いた。

 だが、赤い斑点は消えない。

 すぐにまた、顔に赤みが戻ってきた。


「やはり、間違いない。くっ! 聖騎士で! エルフたるこの私が! 苦しむ子供の病を治せないなんて! これまで何のために力を磨いてきたのか!」


 行商人夫妻だけでなく、クロエも涙した。

 自分では治せないと、無力を嘆いて。


「そう、ですか、赤死病。それでは、街に入るのを断られても当然ですね。ああ……」


「そんな非情な! だって教会には入院病棟もあったし! 回復魔法の使い手や医者や薬や、街でならできることだって!」


「仕方ないのですよ店長さん。赤死病は伝染病で……かかったら死は免れず、広がる力も強いのですから。あの街の歴史を考えると、入れてもらえるわけがありません」


 力なく首を振る行商人。

 その妻も否定することなく、ただ子供を抱きしめている。


「さて、こうしてはいられませんね。お前」


「私はどこまでもついていきます。この子とあなたと一緒に」


「そうか……。店長さん、聖騎士さん、お世話になりました。朝に回復魔法をかけてくれた女性にもお礼を。どうかみなさまに移していないことを祈っております」


 行商人はぺこりと頭を下げて、馬車に戻ろうとする。

 クロエは拳を握り、唇を噛んで下を向いていた。


 行商人一家は、赤死病を俺たちに移さないように、どこかへ行くつもりらしい。

 死に至る病を他人に移さず、ひっそり死ぬために。


「待ってください、せめて冷え○タや、効くかもわからないですけど風邪薬、そうだ、寝袋や毛布は役に立つはずで、ウィダーイ○ゼリーみたいな栄養食も、いま準備するんで」


 街では見えてこなかった、思った以上に厳しいこの世界の医療事情。

 少しでも助けになればと、アイヲンモール異世界店の店内へ、使えそうなものを取りに行こうとして。


 店舗側から近づいてくる人に気がついた。


「待ってください、みなさん」


 ローブをたなびかせ、いつもはない黒いオーラをまとい、ゆっくり歩いてくる。


 アンデッド。不死者。『死者の王』。


「かつて、ここは『呪われた地』と呼ばれていました」


 ()()()の、アンナさんが近づいてくる。


 その身に死の気配をまとわせて。



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