第六話 ドラゴンの肉を食べると、実際に身体が強くなり、魔力も高まるのです。微量ではありますが
「ギルド長が確かめにくるぐらい、ドラゴンの肉って貴重なのか。まあおいしいもんなあ」
「ナオヤさん、ドラゴン肉が人気な理由は味だけではないんですよ」
商人ギルドのギルド長に遭遇したあとは特にトラブルもなく、俺とアンナさんは街を出た。
夕方前のピークに間に合うように、少し急ぎ足でアイヲンモール異世界店に向かって歩いている。
「味だけじゃない? ああ、さっきギルド長が言ってた『魔力が高まり強くなる』ってウソっぽいヤツですか?」
「ナオヤさん、ウソではなく、幻想種であるドラゴンの肉を食べると強くなるのです」
「はあ、滋養強壮的な? イメージや思い込みでしょうか。プラシーボ的な」
「ふふ、違うんです。本当に、効果があるのです」
「……はい?」
「ドラゴンの肉を食べると、実際に身体が強くなり、魔力も高まるのです。微量ではありますが」
「マジで効果があるのか……異世界ヤバい。あれ、じゃあ試食した俺も強くなっちゃったり!? 魔法、魔力が高まって魔法が使えるようになるとか!」
「ナオヤさん……『ゼロに何を掛けてもゼロ』でして……」
「はいはいそう上手くいきませんよね! ところでアンナさん、もしかして数学の教科書読みました?」
「日本語を勉強して、ある程度は読めるようになりましたから。すみません、書店の棚に置いてあった本を勝手に読んでしまいました」
「ああ、まあどうせこの世界の人は日本語を読めないからほとんどは売り物にならないわけで、それはかまいませんけど……すごいですね、アンナさん」
俺がアンナさんやクロエ、バルベラ、この世界の人たちと会話できているのは「翻訳指輪」のおかげだ。
この国の文字は勉強しているけど、とりあえず数字が読めるようになっただけ。
俺はこっちに来てからまだ12日目で、アンナさんが勉強をはじめたのはもっと前だろうけど、それでも、独学で数学の教科書を読めるってすごいと思う。
さすがリッチ、頭脳派アンデッド。
睡眠が必要ないから時間を取れるってのもあるんだろう。
「ドラゴンの肉は身体を強くして魔力を高めます。ドラゴンのウロコと皮は鎧や魔道具として、爪や牙や骨は武器として。それにドラゴンの血は、薬の材料になるんです」
「はあ。ドラゴンすごい。ん? じゃあバルベラ……この前のドラゴン肉の皮やウロコ、骨、血ってどうしたんですか?」
ドラゴンは捨てるところなく活用できるらしい。
いや、だからってバルベラに何かするわけじゃないけど。
いくら月間売上一億円の目標を達成させるためって言ったって、ねえ。
伸びた爪とか生え変わったウロコとかないかなあ、なんて考えてない。
肉を調理して売り出してるわけでいまさらだけど。
「えーっと、俺が調理した時は……ウロコと皮はもう剥がされてて、骨はスケルトンたちがどこかに持っていったような。それに血抜きもされてたし」
「バルベラちゃんと話して、私の方で保管しています。その、血は、一部使わせていただきたいのですが」
「あっはい。バルベラがいいならいいんじゃないでしょうか。売り物にするわけじゃないですし。あ、むしろドラゴン肉の買い取り金をバルベラに払わないと」
忙しさと高すぎる売上目標を前に、俺は焦ってたらしい。
ガレット売りの少女のこともそうだし、抜けてることが多すぎる。
「はあ、ダメだなあ。一歩一歩、慌てず急がず……」
アイヲンモール異世界店と最寄りの街を結ぶ道を、噛みしめるように一歩一歩踏みしめて歩いていると。
騒音が聞こえてきた。
「ナオヤさん、少し避けましょう」
道の先から、すごい勢いで幌馬車が走ってくる。
慌てて急いで。
アンナさんに促されて、俺は土の道から外れた。
「申し訳ありませーん! 道をあけてくださーい!」
高速で馬車を走らせる御者が、大きな声で呼びかけてきた。
ガラガラと大きな音を立てて、幌馬車がぐんぐん近づいてくる。
すれ違う直前に、御者が俺たちにぺこりと頭を下げた。
すぐに馬車は通り過ぎ、俺の目からはもう馬車の後ろしか見えない。
「アンナさん、いまの御者、朝にアイヲンモール異世界店に来店された行商人だったような」
「……何かあったのでしょうか」
「朝話した感じでは、意味なく馬車を暴走させる人には見えませんでしたからね」
あっという間に馬車は見えなくなった。
「考えてもわかりませんし、帰りましょうか。そろそろ街に戻る人が増える時間帯ですし」
「ええ、そうですね……」
幌馬車が消えた先を見つめるアンナさんに声をかけて、俺たちはまた歩き出した。
もうすぐ夕方前のピークを迎えるアイヲンモール異世界店に向かって。
「おおっ、帰ってきたかナオヤ! アンナも!」
「ただいま、クロエ。よし、夕方前のピークにギリギリ間に合ったみたいだな」
「……おかえり」
「ふふ、ただいまです、バルベラちゃん。私はちょっと着替えてきますね!」
「クロエ、俺たちがいない間に問題はなかったか?」
「特に何もなかったぞ、ナオヤ! はっ! まさかナオヤは『これは問題だなあ、責任を取ってもらわないと』などと言って! 私の体で責任を取らせようと! くっ、殺せ!」
「はいはい問題なかったのねわかったから妄想を止めろエロエルフ。エロフ」
「なっ、略して言うとは! なんたる屈辱!」
挨拶もそこそこに、俺とアンナさんはバックヤードに戻った。
アンナさんはともかく、俺はボロいローブを着替えないと、このまま店に立つわけにはいかない。
さっと着替えて身支度を整えて、お客さまが増えはじめたアイヲンモールのお惣菜コーナーに向かう。
ドラゴン料理は売ってないけど、ハンバーグやカツやビーフシチューの売れ行きは好調だ。
中食狙いがハマって、お惣菜も浸透してきた結果だろう。
「ふふっ、ふはは! ふはははは! いいぞナオヤ、今日もお客さまがたくさんだ!」
「まだまだ一億円には遠いけどな」
ご機嫌なクロエ、アンナさん、バルベラ、あとなんだかんだ手伝ってくれるウサギの着ぐるみ、俺をくわえた五人で、夕方前のピークを乗り切った。
営業時間は終わって、お惣菜を販売していた店舗前特設ブースを片付ける。
もう陽は落ちてあたりは暗い。
片付け作業のための明かりと駐車場の明かりが、ぼんやりとアイヲンモール異世界店前の空間を照らしている。
そんな、閉店作業中のアイヲンモール異世界店に——
一台の馬車が、飛び込んできた。
「朝に回復魔法を使ってくださった方! いらっしゃいませんか!」
さっきすれ違った行商人が、ガラガラと高速で幌馬車を走らせて。





