第五話 まさかアイヲンモール異世界店の新店長さんが偽物のドラゴン肉を扱うとは思ってませんでしたけど、ねえ?
「おやあ? これはこれは、アイヲンモールの新店長、ナオヤさんではありませんか。昨日はご盛況だったようですねえ?」
この街の医療事情を調べるため、俺はアンナさんの案内で街に来ていた。
だいたい教えてもらって、帰ろうと歩いていた俺たちの後方に馬車が停まった。
「ほうほう、街で評判の薬師さんもご一緒で。これはちょうどいい、少し聞きたいことがありましてねえ」
やたらねっちょりした声で話しかけられた。
じゃらじゃらとアクセサリーをつけて、豪華な馬車から降りてきた男。
この街の商人ギルドのトップ、ギルド長だ。
「ご無沙汰してます、ギルド長」
「この方がクロエさんの言っていた……」
「ほうほう、私のことはポンコツ騎士さんから聞いてらっしゃると。いやあ、お聞きになった内容に興味がありますなあ」
「アンナさん、クロエの言葉は忘れてください。商売ってキレイごとだけじゃないですから」
「ああ、そういう……なんとなくわかりました」
ニマニマ笑うギルド長を前に、小声でアンナさんに注意を促す。
少なくともガレット売りの少女を助けた時は、ギルド長の言うことはマトモだった。
営業許可が必要な場所で、食品の無許可販売が許されるわけがない。
助けたいってクロエの気持ちもわかるし、だから手を貸したんだけど。
とりあえず、クロエの話だけでアンナさんに判断させない方がいいだろう。
「それでギルド長、聞きたいこととはなんでしょうか? 俺たち、もう帰るところでして」
「おっと、お急ぎでしたか。では手短に話しましょうかねえ。お嬢さん、卸した薬はお持ちですか? 私も一式仕入れさせていただきたいのですが」
「ええ、多めに持ってきましたから、お譲りすることは可能です」
「ほうほう、それは僥倖。おい」
「はっ」
ギルド長が合図すると、鎧姿の護衛っぽい男が近づいてきた。
アンナさんがいくつかの布の小袋を手渡す。
ギルド長が指示をして、護衛っぽい男はアンナさんにお金を渡した。
頷くアンナさんを見るに、金額も問題ないみたいだ。
「ギルド長、その薬はどうするつもりですか? 薬の販売にも許可が?」
「いえいえナオヤさん、お嬢さんがやっているのは卸しですからね、それには許可はいりません。一般客へ販売する薬屋や行商人、薬師が届け出をしていれば問題ないのです」
「はあ、つまり製造元ではなく販売元が責任を負うと」
「これはこれは、アイヲンモール異世界店の新店長は理解がお早い。ええ、基本はその通りです。もちろん、違法な薬物だった場合は製造元も責任を問われますがねえ」
言いながら、アンナさんに目を向けるギルド長。
上から下まで舐めまわすように視線を送る。
クロエあたりならイヤがりそうだけど、アンナさんが気にする様子はない。
アンナさん強心臓すぎる、って心臓動いてなかったわ。アンデッドって見抜かれてない? 大丈夫? 『幻惑』効いてる?
「なるほど。それで、薬を作ってるアンナさんから一式購入して、調べてみようってことですね?」
「お嬢さんを疑っているわけではないのですよ? 薬屋や薬師からの評判もいいですからねえ」
「いえ、かまいません。素姓不明な薬師が売っている薬です。疑うのも当然でしょう。特に、この街では」
アンナさんは、ギルド長にニコッと微笑んだ。
大人の余裕すぎる。21歳らしいけど「長い生」って言うだけある。
「アンナさん? 『この街では』ってどういうことですか?」
「おや、アイヲンモール異世界店の新店長は昔話を知らないようですねえ。数百年前の話といえど、この街を舞台にしたおとぎ話ですのに」
「……長い話になります。アイヲンモールに戻ったらお話ししますね、ナオヤさん」
「はあ」
ギルド長とアンナさんは、なんだか二人でわかり合っている。
この街に関する昔話らしいけど、異世界に来てから12日目の俺が知ってるはずもない。
「くふふ、これで一つ懸念が片付きそうです。さて、では本題に入りましょうか」
「ああ、いまのは本題じゃないんですね。まあ俺を見て声をかけてきましたもんね」
でっぷりした商人ギルド長は、ずいっと俺に近づいてきた。
「昨日、アイヲンモール異世界店で『ドラゴンステーキ』『ドラゴンテイルスープ』なるものが販売されたようですねえ」
「ええ、さすがに耳が早いようで」
「……そのドラゴンの肉は、偽物ではありませんよねえ?」
俺の目を覗き込んで問いかけてくるギルド長。
脂ぎったおっさんに見つめられて喜ぶ趣味はないけど、俺はしっかり見返した。
「間違いなく本物のドラゴン肉です。なんなら今度買いに来ますか? 次回の『ドラゴンセール』は20日の予定ですよ?」
「なんと! 継続して入手できる手段があると!……ええ、ええ、間違いなく購入させていただきますとも。もし偽物だった場合は」
「正しく見分けてくれるなら、どうされたって構いませんよ? それとも、本物だったらギルド長は何かしてくれますか?」
ドラゴン肉が本物かどうか、探られても痛いところはない。バルベラのお尻は痛いかもしれない。すまんバルベラ。
「そうだ、なんならギルド長に、調理前のドラゴン肉をお見せしましょうか?」
「いえいえ、それには及びません。本物かどうか食べればわかりますから。いやあ、自信がおありなようでよかった。まさかアイヲンモール異世界店の新店長さんが偽物のドラゴン肉を扱うとは思ってませんでしたけど、ねえ?」
俺から視線を外さずに、ギルド長がニンマリ笑う。
「新店長さんはご存じないかもしれませんが、ドラゴンの肉は味だけではなく、食した者の『魔力が高まり強くなる』と言われているのですよ。それゆえ、偽物で稼ごうと企てる者も、騙される者も後を絶たないのです」
「はあ、なるほど。それでウチが扱ったドラゴン肉が本物かどうか確かめたかったと」
「ええ、そういうことです。ではナオヤさん、20日を楽しみにしております。必ず食べに行きますから。おっと、便宜を図っていただく必要はありませんよ? 取り置いていただかなくとも、きちんと並びますからね、ええ」
ニンマリした笑みを顔に張り付けたまま、ギルド長はようやく俺から視線を外した。
でっぷりした体を揺らして、馬車に戻ろうと俺に背を向ける。
ギルド長は歩き出して、数歩で足を止めた。
「ああそうだ、ナオヤさん。ガレットを販売していた少女は生活が苦しいようですよ? いままでの稼ぎから、場所代分の儲けが減ったわけですからねえ」
こっちを振り返りつつ、ギルド長がそんなことを言う。
ガレットをどうするか、何も考えていなかった俺を見透かすように。
俺の能力は、商売の才能と努力はそんなものか、とでも言うかのように。
「アイヲンモール異世界店の商売も、ナオヤさんの今後も、楽しみにしておりますからねえ。それではまた」
そう言い残してギルド長は去っていった。
通りには、ポツンと俺とアンナさんだけが残される。
「くっそ! 薬もドラゴン肉も問題なかったのに、最後に痛いとこ突いてきやがって! でもその通りだしなんとかしなきゃなんだけどさあ!」
「ナオヤさん?」
「ああすみません、なんでもないんですアンナさん。はあ、やっぱりあのギルド長、見た目はアレだけどマトモだよなあ」
「そうですか? その、私はクロエさんと同じであまりいい印象を持たなかったんですけど……」
「見慣れない薬師の薬を調べる。街で話題になったドラゴン肉の真偽を確かめる。生活が苦しい商売人を心配する。ほら、こう並べるとおかしくないでしょう? ギルド長がやる仕事かどうかはともかく、商人ギルドとしては」
「……確かにそうですね。私としたことが、見た目で判断してしまったようです」
「見た目で判断したらアンデッドは雇いませんけどね。特にゴーストとスケルトン。アンナさんは『幻惑』の魔法があるらしいですからまあいいとして」
「ふふ、もう、ナオヤさんったら」
ギルド長と対面した緊張をほぐすべく、小粋なアンデッドジョークを叩き込む。
アンナさんは、口元を手で押さえてクスッと笑ってくれた。
「はあ、いろいろ考えることが多いなあ。まあとりあえず帰りましょうか、アンナさん」
「そうですね、思ったより遅くなってしまいましたし……これで、デートはおしまいですね」
今度こそ、俺とアンナさんは街の門に向けて歩き出した。
20日のドラゴンセールにはギルド長がアイヲンモール異世界店にやってくること、ガレット売りの少女の苦境って難題を考えつつ。
俺がこの世界に来てから12日目。
異世界での商売は、やっぱりすんなりとはいかないようです。





