第八話 そして。『聖女』と呼ばれていたのに、誰一人救えず、看取るしかできなかった『偽りの聖女』は——
「かつて、ここは『呪われた地』と呼ばれていました」
「……アンナさん?」
風もないのにたなびくローブ、濃厚な闇を凝縮したような黒いオーラ。
微笑みはなく、真剣な眼差しのアンナさんが近づいてくる。
俺はゴクリと唾を呑み込んだ。
リッチ。
いつものアンナさんとは違う、『死者の王』とも呼ばれるアンデッドの姿を目にして。
アンナさんがゆっくりと近づいてくる。
アイヲンモール異世界店から離れようとしていた行商人一家は、その迫力に足を止めた。
でっぷりした行商人は震えながら前に立ち、奥さんは子供を抱きかかえてしゃがみ込んでいる。
「およそ800年前のことです。赤死病が街を襲いました。この地にあった、教会と孤児院も」
うつむいたアンナさんの表情は読み取れない。
「人々は病に倒れ……罹患していない者は兵士の案内で街を逃れました。発症したけれどまだ動ける者は、この地を目指しました」
アンナさんが俺の横を通り過ぎた。
後ろにはバルベラが続いて、心配そうな表情でアンナさんと病気の子供をチラチラ見ている。
「この地にあった教会には、『聖女』と呼ばれる女がいたのです。不治の病である赤死病も、『聖女』なら治せるのではないかと」
「アンナさん? え、800年ってそうとう前じゃ?」
「里の長老から聞いたことがある。『赤死病で滅んだ街と嘆きの聖女』。街の人間の話では『偽りの聖女と呪われた街』……まさか」
「クロエ? そうか、ギルド長とアンナさんが言ってたおとぎ話って、この街では怪しい薬は厳しくチェックされるって」
アンナさんの後に続いてきたのは、バルベラだけじゃない。
カチャカチャと骨を鳴らして、エプロン付きスケルトンたちが続いている。
手に持っているのは、毛布やクッション、あと木材だ。
「教会に押し寄せた病人の世話をする女性たちがいました。赤死病にかかることを恐れず、赤死病にかかっているのに、微笑みながら」
アンナさんが病気の子供を抱き上げた。
行商人夫妻は魔法にでもかけられたかのように動かない。
目を丸くする行商人夫妻に見つめられながら、エプロン付きスケルトンたちは木材を組み上げた。
簡易寝台だ。
まるで手慣れたように、あっという間に。
アンナさんが子供を寝かせる。
「人であふれた教会を、モンスターから守る騎士と兵士たちがいました。病に冒された我らでもせめて、と。亡くなる時に騎士は言いました。生きて民を守れなかった我は、死してもこの地の平穏を守ろう、と」
骨の馬を走らせる豪華な鎧兜のスケルトン隊長と、鎧を着たスケルトン部隊が駆け寄ってきた。
隊長が手にしているのは苔、部隊が持ってるのはこの世界の製薬道具だろうか。
簡易寝台の横に座ったアンナさんの前に道具を広げていく。
「赤死病にかかった子は、最期に言いました。もっといろんなものが見たかったと、いろんな人とお話ししたかったと」
簡易寝台に寝かされた子供を、ウサギの着ぐるみが心配そうに覗き込んでいる。
「子を亡くした母親は言いました。たとえ永劫苦しむとしても、死してなお、身に赤死病を宿し続けると。治療法を見つけるために」
アイヲンモール異世界店の、駐車場の土がボコッと盛り上がる。
「えっ? はい?」
土を割って地下から出てきたのは、肉がぐずぐずに崩れた人間だ。
ゾンビ。
この世界におけるアンデッドの一種。
出てきたゾンビに、ウサギの着ぐるみが駆け寄った。
なだめるように、ゾンビが着ぐるみの手を握る。
「たとえ今生は死したとしても、ある者は研究者になると、ある者は労働力になるのだと。熱で苦しいはずなのに、自分よりも他者のことを思って。生よりも、死したあとを望んで」
製薬道具を手にしたアンナさんが苔をすりつぶし、水を注ぎ、スケルトンから受け取った液体を混ぜ合わせる。
その迫力に呑まれたようで俺もクロエも、行商人夫妻さえ何も言えない。
アンデッドが、死者の群れが、俺たちを取り囲んでいる。
心配そうに子供を見つめて、でも、アンデッドは祈らずに。
「そして。『聖女』と呼ばれていたのに、誰一人救えず、看取るしかできなかった『偽りの聖女』は————邪法に身を染めました」
アンナさんが少しだけ笑った。
どこか寂しそうに。
「まさか。アンナさん、偽りの聖女って、邪法って」
「およそ200年前、両親から話を聞いた心優しいドラゴンがこの地を訪れました。この身が、血が、役に立つならと。ドラゴンは薬になるからと」
アンナさんは赤い粉、たぶん発電に使ってるドラゴンのウロコを砕いた粉を、手元の液体に入れた。
トコトコとバルベラがアンナさんに近づく。
バルベラは液体に手首を近づけて……反対の手の爪で、ピッと手首を切った。
ポタポタと血が垂れる。
薬になるという、ドラゴンの血が。
「それでも。教会は朽ち果てて、地下墓地が土と植物に呑まれるほど時が経っても、治療法は見つかりませんでした」
アンナさんの言葉に、行商人夫妻の顔が歪む。
たぶん薬を作ろうとしていることは理解していて、「もしかしたら」と思っていたんだろう。
俺は、「助からないんですか」とアンナさんに聞こうとして。
アンナさんが言葉を続けた。
「治療法は見つかりませんでした————この地に、アイヲンモール異世界店ができるまでは」
アンナさんがローブから手のひらほどの、銀色のシートを取り出した。
指で押し込むと、パラパラと小さな白い粒が落ちる。
錠剤。
日本の、薬。
販売はしてなかったけど、アイヲンモール異世界店のドラッグストアか医療モールにあったヤツだろう。
アンナさんの手がほのかに光る。
黒いオーラとは違う温かな光りが、液体に流れ込む。
魔法か、魔力ってヤツかもしれない。
俺たちを取り囲むアンデッドたちが、ぐっと拳を握りしめる。
アンナさんを、赤死病で苦しむ子供を応援するかのように。
俺とクロエは、ただじっとアンナさんを見つめていた。
「聖と邪と、魔法と科学。生を終えて、死を超えて、私は、私たちは、いまこの時のために。……もう二度と、誰も死なせません! 『魔薬生成』!」
アンナさんの手元が光る。
リッチの手と、調合していた薬が光る。
光がおさまると、アンナさんは薬を手に立ち上がった。
エプロン付きスケルトンが、子供の背に手を、いや、骨をかけて上体を起こす。
アンナさんが器を傾けて、どろりとした赤い液体を子供の口に流し込んだ。
俺もクロエも、行商人夫妻も、固唾を呑んでその様子を見守る。
横になった子供の肌から、徐々に赤みが引いていく。
赤い斑点も小さくなり——
溶けるように、消えた。
「おおおおお! すごい、すごいぞアンナ! 赤死病の斑点が消えた! こんなことがあるなんて!」
「クロエ、それって治ったってことか!? アンナさん!?」
クロエの言葉がきっかけになったように、行商人夫妻は簡易寝台の子供に駆け寄って覗き込む。
俺とクロエが近づくと、アンナさんがふらっと倒れそうになった。
ので、抱きとめる。
やわらかい感触が、アンナさんはリッチなのに、じゃなくて。
「ありがとうございますナオヤさん。でも私はまだがんばらないと。あとは回復魔法をかけて、栄養を摂らせて安静にすれば」
「おお! ではアンナは休むんだ! 回復魔法はこの私に任せるといい! 聖騎士の! このクロエに!」
「ってことらしいんで、アンナさんは休みましょう。本当に、助かりました」
俺にぐったり体重を預けてくるアンナさんを抱えたまま様子を見る。
張り切ったクロエは、さっそく『治癒』の魔法を使ってる。連発してる。
うなされていた子供の顔色はみるみるよくなって、すうすうと穏やかな寝息を立てはじめた。
「これなら大丈夫そうだな。うん? どうしたバルベラ?」
「……栄養。いる?」
バルベラが、さっと俺に腕を差し出してきた。
「そうかドラゴンの肉って体を強くするし魔力も高める、ってアンパ○マンかよ。とりあえずウィダーイ○ゼリーとか栄養ドリンクでいいだろ。いきなり肉は重そうだから」
「……そう。いつでも言って」
バルベラは大人しく引き下がってくれた。
アンナさんと、寝てる子供をどこで寝かせようかなあと思いつつ顔をあげて、俺は見た。
喜びで跳ねたり踊ったりしてる、スケルトンとゾンビとウサギの着ぐるみを。
「お祭りかよ。完全にホラーなんですけど。……まあしょうがないか、死んでも叶えたい念願が叶ったってことなんだろうし」
今日だけは許してやろう、もう夜だし誰も見てないし、って考えたところで気がついた。
「あっ。行商人さんたちにめっちゃ見られた。アイヲンモール異世界店がアンデッドまみれなことがバレた。ま、まあ大丈夫か、命の恩人なんだし!……大丈夫、だよな?」
俺が店長になってから12日目のアイヲンモール異世界店。
閉店後に緊急事態は起きたけど、なんとか一日が終わりそうだ。
来客数、134人。
売上、364,000円。
アンナさんとアンデッドたちが想像以上に優秀で、本格的にドラッグストアと医療モールを検討してもよさそうです。





