エピローグ2
「お帰りなさいませ、イオリ姫」
「楽にしてください、クロエ」
「はっ!」
「………………はい? イオリ、ひめ?」
「側妃の娘ではあります。王位継承権は十数位台だったかと思いますが」
「現在は第12位となってます!」
「そうですか。さてナオヤさん、帰任後の業務と引き継ぎですが」
「わかってたけどマイペースがすぎませんかね伊織姫!? 待て俺、落ち着け。時間がないんだ、またいきなり転移されたら困る。いまは伊織さんが何者かよりも仕事の話だ」
心を落ち着ける。
なんだろ、異世界に来た時もこんな感じだったなあ。ちょっと懐かしい。
「私がナオヤさんの次のアイヲンモール異世界店の店長です」
「あっはい。…………はあ!? 本社人事部のエリートさんが!? いやこっちの出身なんだしいいと言えばいい、のか?」
「私はこちらの世界で育ち、アイヲンのノウハウを日本で学んできました。ナオヤさんのしてきたこと、やろうとしていることも把握しています」
「なるほど。どっちの世界のこともわかるし、そりゃ報告してきたわけでいろいろ知ってる。適任、なのか?」
「こちらのことはお任せください。向こうでもいろいろとよろしくお願いします」
「わかりました。こちらこそ、みんなをよろしくお願いします。そうだ、時間ないかもと思って引き継ぎノート作っておきました——ん? 向こうでも?」
「クロエ」
「はっ!」
「こちらが辞令です。励むのですよ」
「ありがとうございますイオリ姫! このクロエ、拾っていただいた恩を返すべく勤めます!」
「恩返しは充分です。今後は自らのために励むように」
「!! ……うっ、ぐすっ、がんばりますぅ」
伊織さんから書類を受け取って声をかけられたクロエがグスグス泣いてる。
二人は顔見知りらしい。
なんだろ、困ったところを助けられたとかだろうか。
黙ってれば美人さんな顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながらクロエが立ち上がる。
俺の前に立つ。
つまり光る魔法陣の中に入る。
「辞令はなんだったんだ? というかクロエ、そこにいたらクロエも——」
「アンナ」
「はい」
「赤死病の治療薬を開発したこと、見事でした。父に代わり、この国の民に代わりお礼を申し上げます」
「こちらこそ、不死のこの身を認めていただきありがとうございました。おかげで悲願を果たせました」
「こちらが辞令です。よろしくお願いします」
「はい。喜んで」
国の騎士であるクロエだけじゃなくて、アンナさんも顔見知りだったらしい。
そりゃね、ここにアイヲンモールを建てるのは国家事業だったわけで、もともと住んでたアンナさんのことは国の誰かは知ってたはずだよね。
誰も気づかないとかありえないよね。
そのアンナさんも立ち上がって俺の横に並ぶ。
「えっ、じゃあアンナさんがアンデッドってバレるかも心配はいらなかった? あ、でも冒険者とか宗教関係者はうるさそうだしやっぱりよかった、のか? それよりアンナさんも、そこにいると——」
「バルベラ」
「……はい」
「お父様とお母様からの許可も取れたようですね。こちらが辞令です」
「……ありがとう」
書類を受け取ったバルベラはとことこやってきて俺を見上げる。
とうぜん、俺の前にいるバルベラも光る魔法陣の中だ。
なんだろうすごく嫌な予感がする。
三人とも辞令を受け取ってたわけで。
「な、なあ、その辞令の内容ってなんだったんだ? なんで三人とも魔法陣の中にいるんだ? 俺の私物以外の、そこのカゴ台車って何が入ってるの? 向こうへ持ち込む商品を指示した覚えはないけど——」
「さて、ナオヤさん。あらためて、帰任後の業務についてです」
伊織さんが俺に向き直る。
俺の後任でアイヲンモール異世界店の店長になる伊織さんは魔法陣の外にいる。
「ナオヤさんは本社経営企画部付きとなります」
「はい、それは知ってます。辞令受けましたから。ところで……一般的に経営企画部の仕事をするなら『付き』って付かない気がするんですけど……」
「はい。ナオヤさんには特別な業務を担当してもらいます。相当する部署がないため、組織としては経営企画部直下としました」
「はあ。それで、その業務って」
「異文化コミュニケーション研修をOJTで行ってください」
「嫌な予感がおさまるどころか強まってきた。OJT。オンジョブトレーニング。異文化を。コミュニケーション必要な人をOJT」
魔法陣の光が、強弱ブレながらだんだん強まる。
なんか地面が揺れてる気がする。
「察しがよくて助かります。それでは、そろそろ時間ですので。三人をよろしくお願いします」
「はあはあなるほど。異文化コミュニケーション研修をOJTで。つまりこの三人の世話役だと」
「うむ! 頼んだぞナオヤ! 楽しみだな、ニホンとはどのような国なのか! 馬車より速い『くるま』が走っているのだろう? 空を飛ぶ手段もあると聞いたぞ!」
「車は大量にあるぞ、俺も持ってるしな。飛行機かヘリのことかなあ、車と違って気軽に乗れるわけじゃないけど。そうだクロエ、向こうに行ったらその長い耳を隠さないとな。いや待てコスプレってことでイケるか?」
「……美味しい、たくさん。楽しみ!」
「そうだな、少なくともこっちより食べ物のバリエーションは豊富だぞバルベラ。ツノと尻尾どうすりゃいいんだろ。消せる? ならよかった。幻想種だもんな、それなら大丈夫そうだ」
「この世界とは異なる薬学に医学。興味はつきません。それに……やはり、救いを待つ死者がいるのでしょうか。私が役立てるといいのですが」
「薬学と医学はいいんですけど、死者……? え、魔力のない世界には存在しませんよね? したところでアンナさんにどうこうできませんよね? あ、体内魔力でなんとでもなる。さすがリッチ…………じゃなくて!」
強烈な光がまぶしい。
魔法陣の外の伊織さんがかすんで見えるのは、たぶん光のせいだけじゃない。
伊織さんはぺこっと頭を下げた。
背後のスケルトン隊長と部下はガシャっと敬礼してる。
エプロン付きスケルトンはハンカチ片手に手を振ってる。
クロエが伊織さんに略礼を返して、アンナさんは微笑みながら手を振って、バルベラはぐっと親指を立てる。
姫とアンデッドへの別れの挨拶、みたいに。
「だから本社経営企画部付きだと。つまり、俺はこの三人の担当で案内役で世話役だと。慣れない日本に来てアイヲンで働くのって大変だもんね。なるほどなるほど」
光が強くなりすぎて目を閉じる。
ぐらっと揺れて、まぶたを貫通してくる光を感じなくなった。
目を開ける。
そこは、見慣れた、いまでは懐かしい、アイヲンモール春日野店の搬入スペースだった。
つまり。
帰ってきた。
振り返る。
「むっ、アイヲンモール異世界店とあまり変わりないのだな!」
「ここが日本……なるほど、魔素がずいぶん薄いようです」
「……お腹すいた」
クロエと、アンナさんと、バルベラがいた。
アイヲンモール春日野店に。
日本に。
「はああああああああ!???? 何してくれてんだ伊織ィィィイイイイ!!!」
いきなり叫び出した俺にクロエとバルベラはきょとんとして、アンナさんは困り笑顔だ。
異世界じゃない、元の世界——日本——の明るい夜空に、俺の嘆きが響き渡った。
「あああああああ!! 無茶ブリがすぎるだろ株式会社アイヲンんんんんん!!! 異世界人連れてきちゃってどうすんの!? これどうすんの!!??????」
「これからも頼むぞ、ナオヤ!」
「大変かとは思いますが……お世話になります、ナオヤさん」
「……大丈夫? ビーフシチュー飲む?」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから180日。
日本に帰ってきた、初日。
クロエとアンナさんとバルベラとの付き合いは、還ってきてからも続くようです。
日本で。
アイヲンモールの、株式会社アイヲンの社員として。
ということで、本編完結です!
長い物語にお付き合いいただきましてありがとうございました!
ちなみに今回は後日談を書こうと思ってますので、
よければブックマークはそのままでお願いします!
日本に帰ってきてからの短めのエピソードになるかと思いますー。
投稿は冬か、春ごろの予定。
【重大告知!】
本作のマンガ単行本第三巻
『アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン! THE COMIC 3』は
12/24に発売されました!
完結のご祝儀はこちらでよろしくお願いしますね?(ド直球
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※なおこの物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません!
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