第二十三話 アイヲンモール異世界店店長のナオヤさんが、開店初日にどのような演説をするのか。楽しみにしてますよ
全話から日時が飛んでいます。ご注意ください
俺が店長になってから100日目のアイヲンモール異世界店。
複数テナントの出店が決まってから、この一ヶ月ちょいは怒涛の日々だった。
「ファンシーヌさん、状況はどうですか?」
「ガレット店は準備できました。叔父の店もいいようです」
「いよいよですね、店長さん! わたし、がんばります!」
「さすがですファンシーヌさん。ああ、がんばろうなコレット」
まだ暗い時間なのに、アイヲンモール異世界店の店内は騒がしい。
ぶんぶん尻尾を振る犬系獣人のコレットは、鉄板を前にいそいそとガレットを作り置きしてる。
まだ営業時間前なのに、大量に。
ファンシーヌさんは俺が頼んだ通り、ガレット店だけじゃなくて実家の商会が出した店もチェックしてくれてた。
通路の先、新規テナントの様子をチラ見する。
王都で名の知れた商会だけあって、接客やディスプレイの方法を教えた時の理解と、それからの実行は早かった。
さすが、やたら理解力のあるファンシーヌさんの実家だけある。
いま見ても、品揃えはもちろん商品展示に値付け、看板や持ち帰り用の袋まできっちり準備されてる。
しかも従業員を集めて店舗独自の朝礼までやってる。
なにこれ馴染みすぎだろ……服飾店だし日本のアイヲンモールに出しても「レトロな西欧風衣装」ってやってけそうな気がする……。
ここもガレット店も、本当に優等生だった。
苦労はほとんどなかった。
「おう、店長さん! 今日の魚はいつもんとこに持ってっといたかンな!」
「クアーノさん。ありがとうございます」
「なんでェ、しけた顔して! どうした、緊張してんのか? ほれ、笑え笑え!」
「はあ……」
見た目はふたまわりぐらい大きなイグアナが、カパッと口を開いてキシャーと声を出す。
本人、もとい、本イグアナいわく笑ってるらしい。
イグアナじゃなくて竜人族のクアーノさんが指揮を取った港町の店も、準備は順調だった。
海の男とそれを支えるおばさま方が従業員だけに、よすぎるぐらい威勢はいいけど。それはまあ、港町の店のアジってことで。
値札も看板も手書きだけどそれもアジってことで。
物産店と考えたら現地の雰囲気が出てて、むしろ印象はいいはずだ。許されるはずだ。アイヲンっぽくないけど。
「ここはいいからよ、ギルド長んとこに顔出してこいよ。気合い入ってたぞー?」
「気が重くなること言わないでくださいよ。そりゃ行かなきゃですけど」
ケキョケキョ笑うクアーノさんに背中を押されて通路を進む。
アイヲンモール異世界店の一階は、今日から「関係者以外立ち入り禁止」のロープを外す。
念入りに掃除に励む着ぐるみさんたちに会釈しながら進むと、ひときわ高級感ある入り口が見えてきた。
ちなみに着ぐるみさんの中身はゴーストじゃなくてエプロン付きスケルトンのみなさんだ。ゴーストは壁や天井、柱の中で警備してくれてる。文字通りの「壁に耳あり障子に目あり」です。いつもお世話になっております。
「おやおや、これはこれは。ナオヤさんではありませんか」
「おはようございます、ギルド長」
「くふふっ、いよいよ今日ですねえ」
「ええ。準備は万端ですか?」
「もちろんですとも! 明るく清潔な店舗、万全の警備体制、なにより透明ガラスのこの箱は素晴らしい! 本店にも取り入れたいほどですよ!」
「宝飾店には必須かと思いまして」
「いやあ、開店が楽しみですねえ!
最寄りの街の商人ギルド長が出店したテナントはほかとは毛色が違う。
なにしろ売ってるのは宝飾品、つまり超高級品だ。
入り口も壁も黒を基調にして、店内には強化ガラスのショーケースが並んでる。
ギルド長が連れてきた従業員は、スーツっぽい制服に白手袋でビシッと決めてる。
大口顧客と商談するための半個室ブースもある。
「気合い入りまくってますね……」
「ええ、ええ! これほど心躍るのは独立したとき以来ですよ!」
「楽しそうでなによりです……」
ギルド長はニチャッと笑顔で揉み手してる。
うん。悪い人じゃないのはわかってる。どう見ても悪徳商人感が拭えないけど。
売ってる商品は色とりどりの宝石やアクセサリーで、こっそりファンシーヌさんに確認すると値付けも暴利じゃないらしい。というか品質に対して良心的らしい。
ギルド長、店頭に立たない方が売れるんじゃないですかね……。
そのギルド長は、テナントの売上のほかに、「アイヲンのノウハウを盗む」って意図もあって出店したみたいだ。
もっとも、清掃っぷりも明るさも什器も、見るたびに口をあんぐり開けて、いまでは諦めてるそうだけど。
参考にするのは値札も含めたディスプレイ方法や接客ぐらいで。
「では、またのちほど。今日はオープン前に合同朝礼やりますんで」
「くふふっ、アイヲンモール異世界店店長のナオヤさんが、開店初日にどのような演説をするのか。楽しみにしてますよ」
ニッコニコのギルド長に見送られて店を出る。
やりにくい……。
やりにくいけど、超高単価だけに売上には期待できて邪険にできない……これが店長業の辛さか。
肩を落として歩いてると、前方から足音が聞こえてきた。
顔をあげる。
「た、大変だナオヤ! 大変なんだ!」
「どうしたクロエ?」
「と、とにかく来てくれ! ほらこっちだ!」
「おい、そんな引っ張るなって」
やってきたのは元店長でエルフの聖騎士・クロエだ。
俺の手を引いて、早足でぐいぐい進んでいく。
たどり着いたのは、クロエの故郷のエルフの里が出すテナント店だった。
「…………は? クロエ、これは? 大丈夫か?」
「カロル! みんなはどうしたんだ!?」
「どうしたのお姉ちゃん、そんなに急いで」
「急いでも何も、営業は今日からなのだぞ!? 陳列が終わってないではないか!」
「平気へいき。一日や一ヶ月遅れたところで問題ないでしょ?」
「その、カロルさん。店員のみなさんは……?」
「『ちょっと森に狩りに行ってくる』って森に向かいました」
「森に…………?」
「くっ、これだからエルフは! 人族は日時にきっちりしてるんだぞ! しかもナオヤは特にだ!」
「ええ……? 俺、普通だと思うけど……」
「このままではエルフの店がオープンできず! ナオヤに『クロエに責任取ってもらわないとなあ。体で』などと迫られて! くっ、殺せ!」
「落ち着けクロエ、いまそれどころじゃないだろ。……長命種なめてた。そういや海外出店の時はこういうことがあるって異文化コミュニケーション研修でやったなあ。時間にルーズって意味でだけど」
人族と比べものにならないほど寿命が長いエルフは、この世界の人族と比べてものんびりしてるらしい。
店内は商品が入った木箱が床にあるだけで、一部しか陳列されてない。
カロルさんがいるから聞けばなんとかなるだろうけど従業員がいない。人手がない。
「クロエ、手伝いは任せた。あとで手すきの着ぐるみ部隊と全身甲冑さんを送るから」
「ありがたい! ん? ナオヤはどうするのだ?」
「俺は残りのテナントも見まわってくる。一気に不安になってきた。ここは任せていいか?」
「う、うむ! 任されよう! 聖騎士にして元店長の! このクロエに!」
ドンと胸を叩いたクロエを置いて、俺は通路に戻った。
うん。
これまでも、ファンシーヌさんのところと港町の店のオープン準備は優等生でした。
ギルド長は抜け目ないけど優秀で心配はいらなかった。
俺を悩ませてきたのは残りの店だ。
オープンぎりぎりまでバタバタすることになるなんてなあ。
俺が店長になってから100日目のアイヲンモール異世界店。
複数テナントの同時オープンは、無謀だったかもしれません。
イケる。イケるはずだ。
というかもうオープン当日で、さんざん宣伝もしてきたからね。
イケないと困る。がんばれ俺! 頼りにしてるぞアンデッドのみなさん!





