第十八話 小売もやる卸しってイメージかな。それで免税店なら……たしかに、イケそうですね
俺が店長になってから63日目のアイヲンモール異世界店。
俺はいま、営業してない二階のフードコートにいた。
なにしろ、商談相手?が大量で、バックヤードの休憩室や打ち合わせスペースでは狭そうだったので。
「それでカロルさん、これは?」
「すみませんナオヤさん……私は止めたんですけど、お姉ちゃんの無事をこの目で見るんだ!って止まらなくて……」
「気持ちはわかりますからそこはいいんですけど……ご家族にしては人数多いですよね?」
フードコートには50人以上いるだろうか。
クロエのご両親らしき人と身内はクロエを取り囲んでいる。
無理に連れ戻されることはないと聞いたクロエは、「立派になったねえ」なんて褒められてご満悦だ。
頬が緩んでだらしない笑顔を見せまくってる。
「その、ここでお店を出す案を長老会にかけたら、みんな乗り気になっちゃいまして……」
「ま、まあ反対されるよりはいいですけど……店員候補も豊富なようですし……」
「すみません……」
フードコートに集まった全員がエルフってわけじゃない。
エルフは10人ちょいで、それでもエルフの里以外にこれだけ集まってるのはめずらしいらしいけど。
「テナントの条件は納得してもらえましたか?」
「あっはい。みんな、売って売って売りまくって外貨稼ぐぞー!って盛り上がってました」
「ええ……? ま、まあ、閉鎖的な里にはいいことなのかもしれませんけど……」
「里はこれまで物々交換が主でした。おかげで他種族から物品を購入するのは手間だったのですが……ナオヤさんのおかげで解決しそうです」
「は、はあ」
「みんな乗り気になっちゃって、『お金に慣れるぞ!』って、いま里ではドングリをお金のかわりにするのが流行ってるんですよ」
「子供かな? もうちょっとそれっぽいアイテムありませんでした?」
「里には通貨がないので……どうしても必要な時は、この国のお金を使ってました」
「それでドングリ。そりゃ外貨獲得が大事なわけだ。あれ、それエルフが稼ぎすぎたら国内の通貨流通量が減って大問題が起こりそうな」
アイヲンモールのイチ店長じゃどうにもならないような懸念が頭に浮かぶ。
大丈夫、大丈夫だ。エルフの里とこの国と、人口が違うし経済規模が違う。問題になるほどお金は流れないだろう。大丈夫。大丈夫なはずだ。大丈夫だといいなあ。
……伊織さんに相談しとこ。本部ならそのへん詳しい人いるだろ。
「ここで働く店員は希望者の交代制にしようと思ってます。問題ありませんか?」
「接客レベルは一定以上じゃないと困りますけど、基本はOKですよ」
「よかった! ダメだったらどうしようかと思ってました!」
「それでその、商品は里に帰って検討してみるってことでしたけど。何を売るか、決まりましたか?」
「はい! ここでは、弓や矢、それと木から作った小物を売ろうと思います!」
「へえ、エルフの弓。カロルさんの弓、すごかったですもんね。遠くのモンスターを射抜いて」
いまのところテナントに決まってるのはファンシーヌさんのガレット屋、猫人族の魔法効果ありの冒険者向け服飾店、舶来品や珍味を売る港町の物産店だ。
弓矢や木製品は競合しない。
「どうでしょう、アンナさん。街でも弓矢は手に入ると思いますが、エルフの弓を買いたいって人はいると思いますか?」
「もちろんです。高級品ですから、街の店が困ることもないでしょう」
「価格で競合しないと。うん、よさそうですね」
元家出娘のクロエの心情はともかくとして、エルフの店は問題なさそうだ。
あ、従業員用アパートは増築しとこうかな。
ほかのグループとの話し合いしだいでは、いっそ何棟か建てちゃった方がいいかもしれない。
「では、この申請用紙に必要事項を記入してください。わからないところ、決まってないところは空欄のままで構いませんので」
「わかりました! ……健闘をお祈りしておきますね?」
「はあ。ありがとうございます」
大枠を確認したところでカロルさんとの話を切り上げる。
ほんとはもっと説明したり、相談に乗った方がいいんだろうけど。
いまはそれどころじゃない。
ここが一番簡単そうだから、最初に話をしただけで。
カロルさんは、ニコッと笑って俺を送り出した。
席を立って移動する。
フードコートにいる50人以上の人のうちの、次のグループへ。
エルフに囲まれてるクロエは置いていって、サポート役はアンナさんだ。
「お待たせして申し訳ありません」
「お気になさらないでください、ナオヤさん。父さん、こちらが私とコレットの恩人である神の御つか……ナオヤさまです」
「おおっ、このお方が! ありがとうございますナオヤさま! あなたさまのおかげで私はこうして娘と天使に会うことができました!」
「おおげさぁ……落ち着いてください。俺はファンシーヌさんとコレットを無償で助けたんじゃなくて、おたがいメリットのある取引だっただけで」
「しかし! この店で働くことで、ファンシーヌは私たちに連絡を取る気になったと! やはりナオヤさまのおかげなのです!」
「は、はあ」
「もし苦境に陥った娘と天使が私の知らぬまま命を落としていたかと思うと……本当に、本当にありがとうございます!」
「けど、ファンシーヌさんの旦那さんは」
「ナオヤさん。アイヲンモールができる前に、あの人は亡くなってました」
「そうだ。すまないファンシーヌ。私がいらぬ意地を張らず二人を認めていれば……悔やんでも悔やみきれない」
「何度も言わせないでください。私たちはいま、しあわせなんです」
「そうか……」
フードコートにいる2つ目の団体さまは、ファンシーヌさんの父親とそのご一行だ。
人数で言うとここが一番多い。
30人以上いる。多すぎませんかねぇ。
「父さん。いまはそれよりも、商談ではないのですか?」
「おおっ、そうだったな! 話がそれて申し訳ない、ナオヤさま」
「あの、『ナオヤ』か、せめて『ナオヤさん』でお願いします。『さま』づけはちょっと」
「むう、仕方ないか。ではナオヤさん。私の商会は、『てなんと』に入ることを希望する」
ファンシーヌさんのお父さんが頭を下げると、うしろにいた30人以上の人たちも一斉に頭を下げた。迫力すごい。さっきまで飲み食いして盛り上がってませんでしたっけ。話は聞いてたんですね。
「それは、ファンシーヌさんとコレットと一緒にいたい、もしくは見守っていたいからですか?」
「たしかにそれはある。だが、私はこの話に商機を見出したのだ。でなければ、いかに恩人とはいえ話に乗ろうとは思わぬよ」
商談になったとたん、ファンシーヌさんのお父さんはマトモになった。
大店の主だっていうし、こっちがいつもの顔なんだろう。たぶん。
「安心しました。商品はどんなものを考えているのでしょうか?」
「それはもちろん、我が商会の得意とする服飾品だ」
「え? それだと、猫人族の店と競合するような……」
「ナオヤさん、父の商会が取り扱っているのは魔法効果のない、普通の服やアクセサリーです。猫人族のお二人の商品とは争わないでしょう」
「普通の……けど、だったらアイヲンである必要はないような? 冒険者向けじゃないなら、わざわざここまで買いにこないんじゃないですか?」
「私たちの商品は、本拠地である王都の流行を反映した物だ。仕立てはもちろん、既製品も用意するつもりだ。布の販売も考慮している」
「最新のトレンド商品ってことですね。王都に行かないでも手に入るんなら、街の住人や港町の人が買う、のかなあ。でもそれなら街の中に出店すればいいような」
「ナオヤさん。商人は、街に入る際に税がかかることをご存じかな?」
「あっはい、聞きました。村をまわる行商人は軽減されてるって話も。村の存続には必要だからって」
「うむ。ここは王都と港町を結ぶ地であり、エルフやドワーフ、猫人族の里などともほど近い『交通の要衝』だ」
「はい。…………あっ」
「気付いたようだな。そう、『交通の要衝』に、王都流行の服飾品を仕入れられる店ができる。それも、外壁の外ゆえ通行税はかからない」
「免税店みたいな感じですね。なるほど」
「めんぜいてん?が何かはわからないが……街との往復馬車が出ているとも聞いた。であれば、最低限の売り上げは見込めるだろう」
「ターゲットは最寄りの街の住人と、街道を使う商人さん。小売もやる卸しってイメージかな。それで免税店なら……たしかに、イケそうですね」
うんうん頷く。
ファンシーヌさんのお父さんは、情だけじゃなくちゃんと商売のことも考えてのテナント出店だった。
うまくいくかはやってみないとわからないけど。
とにかく、2つ目の団体さまも問題なさそうだ。
こっちも詳細はまたあとで話す約束をして、俺は席を立った。
3つ目、最後の団体さまを見てため息が出る。
ここが一番めんどくさそうなんだよなあ…………。