第九話 お願いされて、連れてきました。ニャオヤさんに聞いてからって言ったんですけど、どうしてもすぐ会いたいって
俺が店長になってから48日目のアイヲンモール異世界店。
42日目に猫人族の二人が旅立ってから、俺は忙しい日々を送っていた。
「手前は低めの平積みにして、通りかかる人の目に入るようにしましょう」
「お、おう? けどそれじゃ置ける商品の数が減っちまうんじゃねえか?」
「そうだぞナオヤ! せっかく『店頭販売』なんだ、ここはみっしり商品を積んでだな!」
忙しいのはお客さまが増えたから、だけじゃない。いやけっこう増えてきてホントにこの従業員数じゃ厳しいなーってのはあるけども、それはそれとして。
忙しいのは、通常営業をまわしながら、テナントスペースの準備をしていたからだ。
猫人族の店は里との交渉次第だけど、竜人族のクアーノさんは港町を取りまとめて店を出すことを決めた。
契約もした。
魚市場の露店のノリだったから、いろいろアドバイスが必要だったし。
『テナント契約』だけど、アイヲンのテナントに入ってもらった以上は成功してほしいからね!
アイヲンファミリーの一員として、一定のクオリティは超えてほしいし。
そりゃ、この世界にアイヲン社員は俺だけだから、見られて怒られることはないけども。そういう問題じゃなくて。
「落ち着けクロエ。こっちじゃ露店以外は店先に見本しか並べないからこのスタイルが珍しいって言っても、見にくくなったら逆効果だけだろ」
「むっ、そうなのか?」
「はあ、そういうモンかねェ」
「クアーノさんはともかく元店長! 俺が来てからもさんざん営業してるだろ!」
忙しい。けど、充実してる。
店がオープンしたら、きっとほかにもテナントに興味を持ってくれる人が出てくるだろう。
アイヲン「モール」がもっと魅力的になってお客さまが増えて売上も伸びますように! 月間売上一億円いかないと還れるか怪しくなるんで! 目標値はこっちの国からの課題だからテナントの売上も計上していいって言われてるんで!
「それに、低い棚にするのは手前だけです。まずは興味を引いて足を止めてもらって、新規客数を増やすことがなによりですから」
「はあ、なるほどねえ」
「それと、通路側に置くのは主力商品や特売品、人気の品にするのがいいと思いますよ」
「うっし、んじゃこの干物を並べっか! おい、コイツを頼む!」
「へい、兄ィ!」
「いやいやいや『へい、兄ィ!』じゃなくて! 目立つ位置にエイリアンもどきはやめましょうね! 味がよくても初見の人は寄り付きませんからね!」
「なに言ってんだ店長さん、スープに入れりゃ抜群に美味くなるって褒めてくれたのは店長さんじゃねえか」
「それはそうですけども! お惣菜で出してるから固定客も増えてきましたけども! 一般的に! もっと広い視点で!」
「見た目がアレなこの干物を目立つ場所に……? ま、まさか店内にはもっと怪しげな商品を並べて! くっ、このクロエの目が黒いうちはそのような無体な真似は許さんぞ!」
「エイリアンもどきの干物、クロエも食べれるようになっただろ。『目を閉じて食べれば美味しい! はっ! まさかナオヤは私の目を閉じさせて! その隙に触るためにコレをッ!?』とか言ってたの誰だ」
港町のアンテナショップがテナントに入ることが決まってそれで終わりじゃない。
商品のセレクト、値付け、陳列方法。
クアーノさん側も初出店だから、店の名前もないし、とうぜんロゴもない。
……これ、猫人族の二人が店を出せるってなったら、向こうもやらないとだよなあ。
異世界でアイヲンクオリティを保つことの難しさに頭を悩ませていると。
「た、たた、たいへんです! 店長さん!」
「ん? どうしたコレット?」
今日は野外のイートインスペースで働いてたはずの、コレットが走ってきた。
犬耳をピンと立てて、尻尾もビシッとまっすぐ伸びてる。
「す、すぐ来てください店長さん! クロエさんも!」
「お、おう。なんだろ、来客かな? 猫人族の二人が帰ってきたとか」
「コレットのこの慌てよう、まさかモンスターでは!? ならばこの私、聖騎士クロエが! 剣の錆びにしてくれよう!」
「木剣だから錆びないんじゃないのか? クアーノさん、ちょっと外します」
「おう、俺のことは気にすんな! こっちはこっちでやってっからよ!」
俺の手を引いてコレットが走り出す。
コレットはちらちら後ろを見て、クロエがついてきてることを確認してる。
クロエの存在が重要? じゃあホントにモンスターか?
けど外にはアンナさんもバルベラもいるわけで。
二人で対処できないモンスターが襲ってきたってのは考えにくい。
二人が「冒険者が対処できない」レベルのモンスターだけども。あっ。
「……まさか、バレたとか? それで騒ぎを治めるために俺と、国の騎士でもあるクロエが呼ばれた、とか?」
嫌な想像が頭をよぎる。
営業中の店内は絶対に走っちゃいけないもので、可能な限りの早足で歩く。気分は走る。
テナントスペースを出て、ドラッグストアとスーパーを抜けて、正面入り口から外に出る。
コレットはまだ俺の手を引いて、たどり着いたのは馬車まわしだ。
「お疲れさまです。今日も着ぐるみゴー——着ぐるみが誘導してくれてるんですね。ありがとうございまぁす」
「店長さん! そうじゃなくてですね!」
「あっ! お帰りなさい、お二人とも! 道中は問題ありませんでしたか?」
「お迎えありがとう、ニャオヤさん! 貸してくれた護衛が強くて、道中は安全ニャ旅だったニャ!」
「みんニャアイヲンの商品に興味津々で、『たくさん欲しいからたくさん作る!』って張り切ってますよ」
「おおっ、じゃあテナントに」
「入るって決めたニャ!」
「はい。よろしくお願いします」
「やった、二店舗目だ! ありがとうコレット、これを早く知らせたくて連れてきてくれたんだな」
馬車まわしにいたのは、小さな荷車を停めた猫人族の二人だった。
任務を終えた全身甲冑スケルトンは、兜で顔を隠して隣で立ってる。迫力すごい。
「いえ、違うんです店長さん! その……」
コレットがチラッとクロエを振り返る。
なんで連れてこられたのかわからないクロエは首をかしげる。
つられて俺も首をかしげる。視界が傾く。
「あっ」
「その、ニャオヤさん。道中では問題ニャかったニャ。モンスターが出ても護衛の人がすぐ片付けてくれて……」
「夜の見張りも担当してくれて、本当に助かりました。ではなくてですね、その、ちょうど、里にお客さまが来ていてですね、あの」
首をかしげて傾いた視界で、全身甲冑スケルトンのうしろに人影が見えた。
なんだか言いづらそうな猫人族の二人を前に止まる。
コレットと同じように、俺も振り返ってクロエをチラ見する。
クロエは、目をそらしてダラダラ汗をかいていた。
「お願いされて、連れてきました。ニャオヤさんに聞いてからって言ったんですけど、どうしてもすぐ会いたいって——」
三毛さんがなんだか申し訳なさそうに、困り顔で説明する。
その間に、人影は全身甲冑スケルトンのうしろから出てきた。
初めて見たけど初めてな気がしない人がクロエの前に立つ。
クロエはかたくなに横を向いて目を合わせない。
「な、なあクロエ」
「どうしたナオヤ? いやあ、猫人族の二人が無事帰ってきて嬉しいものだな! 店も出せるようだし、これは早速準備にかからなくては! あー忙しい忙しい!」
勢いよく言って、決して来客に視線を合わせようとせず、クロエは店に戻ろうとする。
しかしまわりこまれた!
うん。
なんとなく、わかった。
俺の想像を裏付けるように、猫人族に連れてこられた人がクロエの顔を覗き込む。
口を開く。
「元気そうだね、お姉ちゃん。みんな心配してたんだよ?」
クロエとよく似た顔立ちのエルフは、にっこり微笑んだ。
クロエの汗が止まらない。
長い耳のエルフがじっとクロエを見つめる。
クロエがだっと駆け出した。
「あああああ! なんでご家族が遠方から来てくれたのに逃げてんだクロエェェェエエエエ! 逃げずにちゃんと話し合え家出娘! 追うぞコレット!」
「は、はい!」
俺が店長になってから48日目のアイヲンモール異世界店。
バルベラのお父さまとお母さまに続いて、クロエの妹?がご来店です。
…………なんか、従業員のご家族がいらっしゃるたびにトラブルになってる気がする。
遅くなりました。
そういえば、作中で日付を飛ばしたのは初めてかも?
次話は7/3(金)18時更新予定です。
【定期告知1】
本作のマンガ単行本第二巻
『アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン! THE COMIC 2』、好評発売中です!
コミカライズは「コミックライド」様やニコニコ静画などでも公開されてますよ!
こちらもぜひ!
※なおこの物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません!
【定期告知2】
作者の別作「【健康】チートでダメージ無効の俺、辺境を開拓しながらのんびりスローライフする」が書籍化します。
https://ncode.syosetu.com/n0773fr/
MFブックスさまより発売中!
イラストレーターは「鉄人桃子」先生!
こちらもよろしくお願いします!