第十話 里には帰らないぞ! 私はアイヲンファミリーの一員なのだ! お客さまに満足を届けるのだ!
「元気そうだね、お姉ちゃん。みんな心配してたんだよ?」
クロエとよく似た顔立ちのエルフが言うと、クロエはダッと駆け出した。脱兎のごとく逃げ出した。
「あああああ! なんでご家族が遠方から来てくれたのに逃げてんだクロエェェェエエエエ! 逃げずにちゃんと話し合え家出娘! 追うぞコレット!」
「は、はい!」
俺が店長になってから48日目のアイヲンモール異世界店。
里に戻って商品確保に奔走した猫人族の二人は帰ってきた。
うまいこと里の猫人族の興味を引いて、安定して商品を供給できるようにしてきたそうだ。
おかげで、テナントに入る決断をしてくれたらしい。
けど、それよりも。
猫人族の二人は、たまたま里に来てたっていう一人の女性を連れてきた。
一人の女性というか、一人のエルフを。
しかもクロエそっくりの。
「クロエ! おっ、ちょうどいいバルベラ! クロエを捕まえてくれ!」
「…………倒す?」
「倒さず捕まえるだけで! 怪我させないようにそっと優しく捕まえるだけでお願いしますぅ!」
たまたま通りかかったバルベラに声をかける。
こてんと首をかしげて物騒なことを言ってたのは止める。
ドラゴンの「倒す」って不穏すぎます。クロエと仲良いし大丈夫だとは思うけれど。
「頼むバルベラ! ここは見逃してくれ! 聖騎士の! このクロエの顔に免じて!」
「……見逃す?」
「騙されるなバルベラ! だいたいクロエ、聖騎士だって言うなら堂々としてろ! 仕事もしてるしちゃんと生活できてるだろ! 立派なエルフだろ!」
「うっ」
「……たあー?」
観念したのか、それとも俺の説得が効いたのか。
クロエが足を止める。
ちょうど止まったタイミングでバルベラがクロエの足を捕まえて、なんか不思議そうに見上げた。あれ、追いかけっこじゃないの?みたいな。子供っぽい。140歳だけど見た目の年齢に引っ張られるんだろうか。
「よしよし、えらいぞクロエ。バルベラもありがとな」
「う、うう……」
「ほら胸張れって。ひさしぶりの再会で、立派になったところを見せて安心させてやればいい」
「う、うう、だがナオヤ、わた、私は……」
クロエはめずらしくオタオタしてる。
けど、チラッと妹さんを見た。
妹さんはゆっくりと歩いてくる。
「ほらいつもみたいに胸張って」
「む、むねを!? まさかナオヤは! 『立派な胸をあぴーるしてるのか? ん? ん?』などと言いながら私の胸を触るために! くっ、殺せ!」
「あああああ! いまそういう感じじゃなかっただろ! なんで妄想はじまるんだよ!」
いつもの自分を取り戻したのはいいけどこれはない。
おそるおそる妹さんを見る。
と、ちょっと笑ってる。
「ふふ、少し安心しました。姉は心を許せる仲間に出会えたのですね」
「あっマトモっぽい。クロエの妹さんがすごくマトモっぽい。ほら、クロエ。ひさしぶりの再会なんだろ? 大丈夫そうだからクロエから話しかけてやれって」
「う、うむ」
クロエが向き直る。
すっと姿勢を正して、妹さんを見つめて。
ようやく、口を開いた。
「私の名前はクロエ・デュポワ・クリストフ・クローディーヌ・ヴェルトゥ・オンディーヌだ!」
「なんで名乗った!? 妹さんなんだろ!? あ、エルフはひさしぶりだとフルネームで名乗り合うとか?」
「ひさしぶり、お姉ちゃん。元気そうでよかった」
「はい違いましたね! まだ緊張してるのかクロエ? ほら落ち着いて。深呼吸して。優しそうな妹さんじゃないか」
「私はエルフの里を出てこの国の騎士となり! 神聖魔法を使いこなす聖騎士となった! そしていまはアイヲンモール異世界店で働いているのだ!」
「あらためて聞くと『アイヲンの従業員』の経歴が浮いてる。いや助かってるし活躍してるけど」
「ゆえに、里には帰らないぞ! 私はアイヲンファミリーの一員なのだ! お客さまに満足を届けるのだ!」
「おおう……クロエが立派なことを……」
勢い込んで言い張るクロエにちょっと感動する。
言い切って満足したのか、むふーとクロエの鼻息は荒い。
まだクロエの足にしがみついてるバルベラは不思議そうな顔でクロエを見上げてる。あ、離して離れていった。飽きたのかな? 気を遣って姉妹水入らずにしてくれたんだろう。きっとそうだ。
俺? クロエの上司としてここに残ります。店長なんで。
「やはり、里を抜け出したクロエを連れ戻しに来たんでしょうか? クロエはアイヲンモール異世界店の従業員として働いてくれてます。お休みを取って一時帰郷する分には構いませんし賛成なのですが、退職はちょっと……」
見つめ合う姉妹に割って入る。
ただでさえ従業員不足でいま抜けられたら困るとかそういうことじゃなくて。フォローする。
妹さんは、俺を見て微笑んだ。
「あなたがナオヤさんですね。姉の手紙に書いてあった通りの人です」
「クロエが何を書いたか気になりますけどそれは置いておきます。はじめまして。このアイヲンモール異世界店の店長をやってますナオヤと申します」
「はじめましてナオヤさん。私はカロル・デュポワ・クリストフ・クローディーヌ・ヴェルトゥ・オンディーヌです」
「あ、やっぱり名前長いんですね。それに最初以外はクロエと同じと。えっと……」
「『オンディーヌという精霊に守護されたヴェルトゥの里に暮らすデュポワ一族
の一員でクリストフを父に持ちクローディーヌを母に持つカロル』です。カロルと呼んでください」
「あっはい、ありがとうございます。よろしくお願いしますカロルさん」
頭を下げると、カロルさんもつられてぺこっと頭を下げた。
なんというか、すごく、マトモです……。
エルフってみんなクロエみたいな感じじゃないんだなあ……じゃあクロエがこうなのは種族の特性じゃなくて個性か……クロエェ…………。
「お姉ちゃんも、ナオヤさんも。私は、お姉ちゃん——姉を、無理に連れて帰る気はありません」
「えっ?」
「ほ、本当かカロル!? 本当なんだな!?」
「うん。お姉ちゃんがちゃんとやってるなら、応援しようって。 お父さんとお母さんとも話し合ってきたんだ。それで、私が見に来たの」
「おおっ、そうかそうか! よく来たなカロル! ゆっくりしていくといい! そうだ、せっかく来たのだからアイヲンモール名物の料理をだな」
はしゃぎだしたクロエの横で天を見上げる。
異世界の空は、今日も青かった。
「現金すぎるだろクロエ……『ちゃんとやってるなら』って言葉聞こえてたか……?」
俺が店長になってから48日目のアイヲンモール異世界店。
今日は、クロエの家族参観デーになりそうです。
大丈夫だろうか。最近は実演販売って天職を見つけたし大丈夫だって信じてるぞクロエ! 頼むから街で言われる『ポンコツ騎士』『失格エルフ』っぷりを見せないようにな!
猫人族のテナント? 契約? うん、そちらは粛々と進めます。





