第三話 続きはアイヲンモールで話しませんか? 『テナントに入るなら使えるスペース』などもお見せしたいですし
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから41日目。
俺はいま、クロエとファンシーヌさんを連れて商人ギルドに来ていた。
商談スペースの向かいには商人ギルド長と、二人の? 二匹の? 猫が座っている。
二足歩行する猫は「猫人族」って種族らしい。
「猫人族はめずらしい種族なのでしょうか?」
「このあたりにはあまりいニャいニャ。里にはたくさんいる!」
「あニャた、言葉遣いが乱れてますよ」
「ああいえ、言葉はそんなに気にしないでください。種族的な問題もあるでしょうから。『な』が『ニャ』とか……」
「ありがとうニャオヤさん!」
「ありがとうございます」
身長にしたら130cmぐらいだろうか、ちょっと大きめの猫が喋ってる。
けどまあドラゴンもイグアナも喋るしもう驚かない。和む。でもニャオヤて。
「嫌われることはあんまりニャいけど、知らニャい人にはニャかニャか店舗を貸してもらえニャくて……」
「はあ、なるほど」
「種族ではなく信頼の問題でしょうねえ。最近街にやってきた人と昔馴染みの人、どちらを店子にするかと言ったら……答えはわかりますね?」
「理解はできます。能力が同じなら、ですけど」
「ほう?」
「商売は信頼や情が大事です。でも、それだけじゃ上手くいかないこともあると思うんです」
「くふふっ、なるほどなるほど、そのように考えるんですねえ。いやあ、やはりナオヤさんとはわかり合えそうだ!」
「あの……」
「おっと、私としたことが、商売人の話を遮るなんて。これは失礼しましたねえ」
「お二人は、どうして里から離れてこの街で商売をしようとしたんですか?」
「里のみんニャが作るモノを、もっと認めてもらいたかったのです。それで、里の外に興味があったこの人を誘って」
「この街は港町ほど暑くニャいし、犬人族が会長してた商会があるって聞いた。もうニャくニャってたけど……」
「…………犬人族の、商会? いまはもうない?」
なんか、心当たりがある気がする。
やけに商売に詳しくてギルド長と知り合いのファンシーヌさんは、亡くなった旦那さんが犬人族で……?
ファンシーヌさんは微笑むだけで、口を挟む気はないらしい。
否定しないってそれはそれで確定じゃないですかね。
「まずはこの街と里を往復して行商しようかって話もしたけど……」
「道中の知識、売り先に売り場、伝手がニャいと難しいと言われました……もう少し早ければ、引退した行商人から引き継げたようニャのですが……」
なんか、その話も心当たりがある気がする。
その「引退した行商人」さんは、いまアイヲンモール異世界店の送迎馬車の御者兼日用品売り場の担当をやってくれてます。
「ですからねえ。これも何かの縁ではないかと、ナオヤさんにご紹介したのですよ」
「はあ。けど安心しました。アイヲンモール異世界店は、街の外にありますからね。『テナントに興味がある』って、街に入れない人だったらどうしようかと思いましたよ」
「くふふっ。まさか、私がそんな、盗賊や犯罪者を紹介するわけがないでしょう? つながりもありませんからねえ」
商人ギルド長がニンマリ笑って否定する。見た目は裏でつながってそうな悪徳商人っぽい。
けどまあ、いまのところやってることは真っ当なわけで。顔で判断するのよくない。顔で判断したら猫人族なんて即採用です!
「テナントに興味を持った理由はわかりました。それで、何を売るつもりなのでしょうか? 先ほど、里のみんニャが作るモノを売りたいとおっしゃってましたが……」
「そうニャんだ! みんニャいいもの作ってるからニャ!」
「荷車に積んでありますので、いま見本を持ってきますね」
猫人族のキジトラさんはノリノリで、奥さんっぽい三毛は冷静な感じだ。
二人が立ち上がろうとしたのを止める。
「もしよければですけど、続きはアイヲンモールで話しませんか? 『テナントに入るなら使えるスペース』などもお見せしたいですし」
「ニャんとっ! そ、それはつまり、可能性があるってことかニャ?」
「ええ。もちろん、商品の種類や量、質によってはこちらから断ることもありえますし、アイヲンモールを見ていただいてお二人が断ることもあるでしょうし」
「ありがとうございます。いままでは門前払いばかりでニャかニャか商品も見てもらえず……」
二人とも乗り気っぽい。よしよし。
もちろんアイヲンモール異世界店を見てもらってから判断してほしいし、いずれは見せるつもりだったんだけど……ここで詳しい話をすると、ギルド長に筒抜けだからなあ。
「こうした進め方で問題ありませんよね?」
「ええ、ええ、もちろんですとも。それでは、みなさまの商談が上手くいくことをここで祈っておりますよ。商人ギルドの長として、ねえ」
ギルド長の了解も取れた。
俺の隣のファンシーヌさんをチラ見すると、かすかに頷いてくれた。
クロエを見る。
と、なんか窓の方を見てる。
だらだら汗が垂れてる。
「クロエ? どうかしたのか? そういえばずっと静かだったな」
「ななななんでもないぞナオヤ! おっとアイヲンに戻るんだったな! では行こうか!」
「どう考えてもなにかあるだろ。ポンコツ騎士で失格エルフったって商売に関しては真面目で——」
「わー! わー!」
「エルフさん? そこの女騎士さまはやっぱりエルフさんだったの?」
「失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「くっ……私はクロエだ!」
「なあクロエ、いつも名乗る時はあの長いヤツじゃなかったか?」
「うっ、うう……」
クロエの視線が泳ぐ。
汗がぽたぽた落ちる。
ファンシーヌさんはちょっと困った顔で、俺と猫人族の二人はじっとクロエを見つめる。
観念したのか、肩を落としたクロエが名乗った。
いつもの勢いはなく、ぼそぼそと。
「わ、私の名前は、クロエ・デュポワ・クリストフ・クローディーヌ・ヴェルトゥ・オンディーヌだ」
「まあ! ヴェルトゥの里のエルフさんニャのですね!」
「デュポワ、クリストフさんとクローディーヌさんの娘さん……あれ、その人の話をニャにか聞いたことあるようニャ」
「そっか、長い名前は意味があって、わかる人には出身がわかるから名乗りたくなかったと。………あれ?」
首をかしげる。
猫人族の二人はアゴに手を当てて考え込んでる。
あっ。
「思い出した! 家出した娘さんがいて、外に出るニャらもし見つけたらって言われてたニャ!」
猫人族の二人が目を丸くする。
どうやら二人は、クロエがいたエルフの里を知ってるらしい。
ひょっとして、二人が来てからクロエが無口だったのって……?
「そ、その、里には内緒にしてくれないだろうか……」
「なあクロエ、俺、前に無事を知らせる手紙ぐらい出しておけって言ったよな? きっと心配してるからって。まさか」
おろおろするクロエを見つめる。
ふいっと顔をそらされた。ので、まわりこんで覗き込む。
クロエは目を閉じて天を仰いで——
懐から、封筒を取り出した。
「か、書いてはみたんだ、けどその、不安で、『連れ戻す!』とでも言われたらどうしようかとだな」
家族あての、手紙を。
「ああああああ! 出してないのかよぉぉぉおおおお! 不安なのはわかるけども! それならそれで相談してくれれば!」
頭を抱える。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから41日目。
テナントへの出店希望者は二足歩行する猫で、クロエの里を知ってるみたいです。
そして家出娘は実家に連絡してませんでした。
これトラブルになりませんかねえ。猫人族さんの方じゃなくて、クロエの。