第二話 こちらが、アイヲンモールの『てなんと』に興味を持って、話を聞きたいと商人ギルドに仲介を依頼してきた方です
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから41日目。
俺はいま、ひさしぶりに商人ギルドに来ていた。
それも、いつもの受付じゃなくて、ギルド内の打ち合わせスペース? 商談スペース? に。
「油断するなよナオヤ! あのゲスは何を言い出してくるかわからないからな!」
「クロエの方が何を言い出すかわからないし失礼なんだよなあ」
イスに座る俺の右横で、クロエはピシッと座ってる。
テナントに興味を持ってくれた人と会うのに、クロエは喋らせない方がいい気がしてきた。
「ファンシーヌさんは大丈夫ですか? ギルド長は知り合いみたいですし、商人ギルドはコレットを娼館で働かせようとしたところで」
「ご心配ありがとうございますナオヤさん。けれど、いまの私には後ろ暗いところはありません。胸を張って相対したいと思います」
「は、はあ」
「これもすべて、働き口どころか住むところや、薬まで用意していただいたナオヤさんのおかげです。本当にありがとうございます。残りの生涯をかけて恩返しを、いいえ、死してからもこの恩をお返しするべく薬師さまに」
「ほんとそういうのいいですから。これ以上アンデッドが増えても困りますから」
左横にはファンシーヌさんが座ってる。
街での用事は、このあと済ませるらしくて商人ギルドに同行してくれた。
ちなみに御者を務めた行商人さんはいない。
街に入ったところの広場で別れて、いつも通り無料送迎馬車を運用してくれてる。ありがとうございます。乗り場に列ができてて感動しました。
俺たち三人の、テーブルを挟んだ反対側は空席だ。
この世界ではアポイントの時間はあいまいで、今日だってギルド長から「明日来るように」と言われただけで時間の指定はない。
あわよくば「いないうちに片付けられるかなー」と思ってたんだけど。
「いやあ、お待たせしてしまいましたねえ」
ニヤニヤ笑いながら、でっぷりとした腹を揺らして商人ギルド長がやってきた。
クロエが言うほど悪い人じゃないのはわかってるけど、簡単な相手じゃないのも確かだ。
ねちっこいビジネスマン苦手です。アイヲン本社のエリートなら苦にしないんだろうけど、こちとら春日野の片田舎でおばちゃんたち相手がメインだったもので……。
「おや、ポンコツ騎士さんではありませんか。同席されるのですねえ」
「ふん! 聖騎士たる私がいなければ何を言い出されるかわからないからな!」
「どうどう、落ち着けクロエ」
「それに……ファンシーヌ」
「私はナオヤさんに、アイヲンモール異世界店に、娘もこの身も心も救っていただきました。微力ながらすべてを捧げる覚悟です」
「……そうですか」
ギルド長が笑みを止めて神妙な顔になる。
あいかわらず二人で通じ合ってる感じがしてよくわからない。
ファンシーヌさんに聞いてもはぐらかされるだけだし、コレットは何も知らないみたいだし。
「今日はよろしくお願いします、ギルド長」
「おおっと、そうでしたねえ。ではさっそく紹介することにしましょうか。おい」
「はっ」
ギルド長が合図すると、うしろに控えていた護衛らしき鎧姿の人がテーブルを離れる。
テナントに興味を持ってくれたって人を呼びに行ったんだろう。
なんで先にギルド長だけ来たのか謎だ。
そういうフローなのか、それとも俺にプレッシャーをかけたかったのか。
とりあえずこの無言の間はしんどいです。
雑談で情報収集? ギルド長に情報を抜かれる予想しかできません。
笑顔を貼り付けたままじりじりしてると、それほど待つこともなく足音が聞こえてきた。
助かる、クロエが歯を剥いてうなり出す前でよかった。エルフェ…………。
「では紹介しましょう。こちらが、アイヲンモールの『てなんと』に興味を持って、話を聞きたいと商人ギルドに仲介を依頼してきた方です」
立ち上がって迎える。
ギルド長が手のひらで示した先。
そこにいたのは、二匹の猫だった。
幾何学模様のサコッシュ? 左肩から腰のあたりに布をかけて、ズボンをはいて。
マントをまとって、洒落た羽付き帽子をかぶってる。
腰に巻いた革のベルトは、ふだん剣でも挿してるんだろうか。
キジトラの毛並みがふさふさで、とことこ長靴を鳴らして近づいてくる。立って。二足歩行で。
猫だった? あれ、猫って二足歩行するんだっけ?
あ、もう一匹? もう一人? は三毛ですかね。なんとなくメス、女性っぽい気がします。
「あニャたが貼り紙をしてた人かニャ? はじめまして、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「あっはい、店長のナオヤです。よろしくお願いします」
……。
……………。
驚かない。ドラゴンもイグアナも喋る世界なんだ、二足歩行する猫が喋ったところで驚かない。むしろなんでゴーストやゴブリンは喋れないんでしょうか。
「あら、猫人族ですか。めずらしいですね」
「僕たちのことを知ってるニャんてめずらしいニャ。この街ではニャかニャか知られてニャいから」
「ふふ、たまたまです。そういえば一番近い猫人族の里はたしか……」
ファンシーヌさんがクロエを見るも、反応はない。
ところでファンシーヌさんも驚かないんですね。そういえば亡くなられた旦那さんは獣人さんって話ですもんね。コレットみたいな人族ベースでしょうかこちらの猫人族? さんみたいな動物ベースでしょうか。
「ナオヤさん? 商談をはじめないのですか? であればこの話はなかったことに」
「そんニャ!」
「失礼しました、猫人族の方とは初めてお会いするもので驚いて……見惚れてしまって」
「ふ、ふふん! 人間ニャのにこの毛並みの美しさを理解するニャんていいヤツだニャ!」
「ちょっとあニャた、言葉が崩れてますよ」
得意げに胸を張った猫人族を、もう一人の猫人族がなだめる。
夫婦なんだろうか。なんだろ、二匹が会話してるとなごむ。ニャごむ。「な」が「ニャ」になるのはデフォなのかな。
「さて、それでは、おたがい詳しい話を聞き合いましょう。なぜアイヲンモール異世界店に出店することに興味を持っていただけたのですか?」
「この街で僕たちが商売するのはニャかニャか大変だって知ったんです」
「それは……街ニャか、おっと、街中ではその、冷たくされたりするのでしょうか?」
「それはニャいけど……」
「ナオヤさん。港町ほどではありませんが、この街でも猫人族が差別されることはほぼないでしょうねえ。ですが、このお二人は新顔なのですよ」
「はあ。……新規参入は難しいと? 新顔、そうか、引っ越してきたばかりの人が商売をはじめるハードルが高い?」
「ええ、その通りです。商売は信用が第一ですからねえ。伝手もなく、下働きもなく、馴染みもおらず、商売をはじめるというのはなかなかねえ」
「まあ、理解はできます。誰にでもチャンスのあるマーケットであってほしいとは思いますけど」
「ほうほう、なるほどなるほど」
「いいこと言うニャ店長さん! じゃあ僕たちも店を!」
「待ってください。それとこれとは話が別です。そこはしっかり話を詰めましょう。コネは必要ありませんけど、条件が合わなければおたがい不幸になるだけですから」
「そう言ってもらえるだけでありがたいおはニャしです」
「くふふっ、これは面白いですねえ。やはりナオヤさんを紹介したのは正解だったようです」
特別な伝手やコネがなければテナントに入れないモールにはなりたくない。
そりゃ、スペースは限られてるから条件は厳しくなるかもしれないけど。
でもアイヲンモール異世界店は、いまのところテナントゼロなわけで……。
とにかく。
俺は、初めてテナントに興味を持ってくれた猫人族の人と……猫と? 話をはじめた。
アイヲンモール異世界店を、「モール」にするために。





