第十六話 寒い冬も! 春や秋の夜の冷え込みも! 小雨さえ! これ一着で快適に過ごせるようになるのだ!
「き、気を取り直して! 新たな商品を紹介しよう!」
「いよっ、待ってましたクロエちゃん!」
「顔が赤いぞポンコツ騎士ー!」
「くろえおねえちゃーん! がんばえー!」
「へっ、にわかめ。俺ァもう購入済みだ」
特設ステージの壇上で、左右に全身甲冑スケルトンを控えさせたクロエが声を張り上げる。
集まった観客、もとい、お客さまからは実演販売がはじまる前から歓声が飛ぶ。
元店長で聖騎士のエルフは人気者らしい。
俺が店長になってから40日目のアイヲンモール異世界店。
4回目のドラゴンセールの、目玉商品の販売がはじまった。
まあ、数日前からテスト販売してるんだけど。
「今回の目玉商品はこの小さな袋の中に入っている!」
「ああ? なんだ、装飾品か魔石か?」
「ばっか、クロエちゃんがそんな普通の高級品を売るわけねえだろ」
「ってことはやたらちっさい下着だな! いま夜の店で流行ってるらしいからな!」
「へえ。アンタそういうのは詳しいんだね」
「し、しし、したぎだと布面積が極小でつけてるかどうかもわからないえっちなしたぎだとッ!? そ、そのようなもの、エルフの誇りにかけて着るわけがないだろうッ!」
「クロエが暴走した。冒険者さんはそこまで言ってないんだよなあ」
壇上で顔を赤くしてクロエがわたわたしている。
冒険者さんも農家の人たちも商人さんも、微笑ましいものを見る目でクロエの慌てっぷりを眺めている。
まったく動揺してない。
これたぶん街でも有名なんだろうなあ。
「ま、まったく! 今回紹介するのは下着ではなく! これだ!」
「うおっ!? めっちゃふくらんだ!」
「服、か?」
「光沢がありますね。油を塗っているのでしょうか」
力強い声とともにクロエが小袋から中身を取り出す。
空気を吸ってぼわっとふくらんで元の形を見せたのは、今回の目玉商品。
スーパーライトダウンだ。
「これはすごいんだぞ! 薄くて軽くてあったかいんだ! しかも軽い雨程度なら弾いてくれる!」
コートタイプのスーパーライトダウンをがばっと広げて力説するクロエ。
うしろに控えていた全身甲冑スケルトンたちも、それぞれスーパーライトダウンを取り出す。
二体は特設ステージから下りて、正面のお客さまに見本を手渡す。
「寒い冬も! 春や秋の夜の冷え込みも! 小雨さえ! これ一着で快適に過ごせるようになるのだ!」
「なんでできてんだこりゃ?」
「中は綿、それとも鳥の羽でしょうか。それをふんだんに……」
「はっ、どうせ高級品なんだろ?」
「わっ! かるいよおかーさん、まるできてないみたい!」
「んー、なんかすぐ破れそうだなこれ。そもそも俺たちゃ着られねえんじゃねえか? 外出る時にゃ鎧着てるんだぞ?」
冒険者さんも農家のみなさんも商人も、口々にリアクションを返してくれる。ノリがよくて助かります。クロエの気やすさのおかげだろうか。
「ふぅはははは! 心配はいらないぞ! 今回は特大サイズを用意したのだ! 見よ!」
クロエがバッと両腕を広げると、背後の全身甲冑スケルトンが二体がかりでダウンを着せる。
いつもの鎧の上に着て、もこもこクロエが完成した。
「どうだ! 特大サイズは鎧の上からでも着られるのだ! だが動きにくいと心配な冒険者には! こちらを勧めよう!」
クロエが右手を伸ばす。
すると、さっと全身甲冑スケルトンがもう一種類のスーパーライトダウンを渡した。
プロのアシスタントの方かな?
「これはベストタイプだ! 両腕が自由に動くからな、これなら着たまま戦えるんだぞ!」
言って、クロエが「参考に」とばかりに木剣を振りまわす。
見ていた冒険者さんからおおっとどよめきが上がる。
「いや『戦えるんだぞ』じゃなくて。中に着ても気にならないとか、ローブ派にオススメとかさあ……」
クロエの説明に肩を落としたのは俺だけ、らしい。
けど、うん。
クロエの実演販売がよかったのか商品力のおかげか、スーパーライトダウンは飛ぶように売れた。
入荷の問題でカラーはそれぞれ一色だけでコートタイプはXL、ベストはLしかなかったけど、あっという間に売れた。
コートタイプもベストタイプも完売だ。
それも、お昼前に。
お買い上げありがとうございまぁす。
「なんとか……この人数で、セールをまわせたな……」
午後も遅くになると、さすがに客足も落ち着いてきた。
手を広げすぎて人員不足でどうなるかと思ったけど、スケルトン部隊の参戦でなんとか4回目の『ドラゴンセール』を乗り切れそうだ。
目標の月間売上一億円を達成するためにも、採用は急務になるだろう。
この世界で売れそうな商品探しも、だけど。
「けっきょく、今回用意したピクニック用品もスーパーライトダウンも、閉店まで保たなかったな。売れるのはいいことなんだけど……」
ぼんやり考えながら、ドラゴンセールの会場にした正面入り口前広場を見渡す。
全身甲冑スケルトンの一隊を引き連れたクロエは、実演販売が好評でやりきった顔だ。
イートインスペースの片付けに励むバルベラも、無表情なのにどこか満足げだ。尻尾もびちびち動いてる。
アンナさんもコレットも行商人一家も、充実した表情を見せている。
「ナオヤさん、少々よろしいでしょうか」
「どうしましたファンシーヌさん? あ、お疲れなら遠慮せず休んでください。まだ本調子じゃないんでしょうから——」
ファンシーヌさんに声をかけられて振り返る。
止まる。
「その、この方がお話があるそうで」
ファンシーヌさんの横に、商人ギルド長が立っていた。
でっぷりしたお腹とジャラジャラの装飾品、いつもと変わらない姿で。
「ご盛況でなによりですねえ、ナオヤさん」
「……当店のセールに何か問題でもありましたでしょうか」
見透かしたような目とニマニマした笑みに冷や汗が落ちる。
セールは好調だったしいい物を売ってお客さまに喜んでもらった自負はあるけど……なにしろ従業員はアンデッドばっかりだからね! 急に話しかけられるとかイヤな予感しかないよね!
「おやあ? 私の用事は、ナオヤさんがご存じなんじゃないでしょうかねえ。胸に手を当ててください。思い当たることがあるでしょう?」
「思い当たること、ですか?」
ありすぎるんですけど!
どれだろ、やっぱりと全身甲冑スケルトンを人前にさらしたのはマズかったか、いや待てアンデッドがバレるならアンナさんも着ぐるみゴーストも怪しい、それともバルベラがドラゴンなことか、バルベラパパママが飛来したことが露見したか、いやいやファンシーヌさんと知り合いみたいだしそっちの線も——
顔に出さないようにしながら考える。
それにしてもバレたらマズいこと多すぎませんかね?
「ふむ。立ってするような話ではありませんからねえ、明日、商人ギルドに来るように」
「は、はあ。わかりました」
はい呼び出しです。
立ち話じゃダメみたいです。
顔に出さないようにしてるつもりだけど汗が止まらない。
笑顔ってどうやるんだっけ。
「ち、ちなみにですね、どんなお話でしょうか。事前に準備がいるかもしれませんし、概要だけでも……」
「おやおや。心当たりがないのですかねえ?」
「え、ええ、恥ずかしながら」
「なるほどなるほど。ではこちらで断っておきましょうかねえ。あまり乗り気ではないようだと」
「はい? 断る?」
「商人ギルドに掲示板に貼り出してほしいとお願いに来たのはナオヤさんでしょうに」
ギルド長が首を振る。アゴの下の肉がぷるぷる揺れる。
商人ギルド。
掲示板。
「あ」
「ようやく思い出したようですねえ」
「テナント募集!? 応募があったんですか!?」
「明日、商人ギルドに来るように。詳しい話はそこでしましょうねえ」
詰め寄ろうとする俺をするっとかわして、商人ギルド長が離れていく。
追いかけようとしたけど、護衛の人がスッと体を入れてきた。諦める。
目を見開いて、商人ギルド長のまるい背中を見送る。
ギルド長を乗せた馬車が動き出して。
気にかけてくれたのか、腕にファンシーヌさんの手を感じて。
我に返る。
「ああああああ! 悪い想像しすぎて焦ったぁぁぁああああ! やっと! テナントに応募が!」
拳を突き上げる。
商人ギルドにテナント募集の貼り紙をお願いしたのは、もう三週間ぐらい前のことだ。
ようやく。
ようやく。
アイヲンモール異世界店が、名前の通り「モール」になるかもしれない。
「待て。待て待て待て。焦るな俺、落ち着け。まだ決まったわけじゃない。内容次第じゃこっちからお断りすることもあり得るんだ」
自分に言い聞かせる。
はやる気持ちをなだめる。
「そうだ。まずは閉店時間までちゃんと営業して、今日の売上をまとめて。考えるにしてもそれからだ。外せない条件だけでも今夜中にまとめとかないと」
陽が傾いてきたアイヲンモール異世界店の正面入り口前広場に、俺の独り言が消えていった。
「……大丈夫?」
「なあアンナ、ナオヤはどうしたんだ?」
「いつものことですよ、クロエさん。動き出すまで一人にしておいてあげましょう。ほら、バルベラちゃんも」
俺が店長になってから40日目のアイヲンモール異世界店。
4回目のドラゴンセールの売上も気になるところだけど……。
明日は、お店の転機になるかもしれません。
あああああ! どうか! テナント出店に興味を持ってくれたのがまともなお店でありますように! まともな人でありますように、いや贅沢は言わない! せめて人でありますようにぃ!
次話は今章&セールをまとめまして、テナントの話は次章に。
5/1(金)18時更新予定です!
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※なおこの物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません!





