第七話 ありがとう祖父ちゃん祖母ちゃん。俺、やったよ。ちゃんとニワトリを締められたよ
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから35日目。
俺はいま、ダンジョン『石化の森』にいた。
「夜空がキレイだなあ」
「……飛ぶ?」
「できることなら飛んで帰りたい。アイヲンモール異世界店に。いや、元の世界に」
「うむ? ナオヤの世界には飛んで帰れるのか?」
「無理だけども。それはわかってるけども」
肩を落とす。
パチパチと音を立てる焚き火を見つめる。
現実逃避するのも仕方ないだろう。
俺は、早朝にダンジョン『旧市街地下墳墓』を出て、一度アイヲンモール異世界店に寄ってからすぐにこのダンジョン『石化の森』に来た。
墳墓型ダンジョンは体験したので、今度はフィールド型ダンジョンを体験しようと思って。
アイヲンモール異世界店には冒険者さんのお客さまも多いもので、どんなものを必要としてるか探ろうと思って。
冒険者にヒヤリングするよりも、元の世界を知る俺が体験するのが一番だと思って。
けどいまは、気軽にダンジョンに足を踏み入れたことを後悔していた。
一緒に来てくれたエルフで聖騎士のクロエと、見た目10歳だけど人化したドラゴンのバルベラのおかげでほとんど危険はなかったけど。
ほとんど。
そう、ほとんど。
「これ危険手当つくのかな。あー、異世界手当ついてたっけ。『俺の給料高すぎ……?』とか喜んでる場合じゃなかったわ。命の値段が含まれてたらそりゃ高いわ」
青く渦巻く天の川の下、ダンジョン『石化の森』に入ってからのことを思い出す。
ダンジョン『石化の森』は、ダンジョンらしく罠があった。
それも、天然の。
「むっ、これは! ナオヤ、しばらく息を止めていろ!」
「え? キレイな花畑だけど?」
「石化花だ! 花粉を吸い込むと徐々に石化していくぞ! バルベラ!」
「……わかった」
「えっなにそれこわい」
慌てて息を止める。
と、バルベラが口をすぼめて、ふうーっと火を吹いた。
人を石化させるとかいう怖すぎる花が燃えていく。
望むものを燃やすドラゴンのブレスは、延焼させることなく石化花だけを燃やしていく。
ところどころ動物やモンスターの石像がある理由は考えたくない。
人の彫刻はなかった。やったあ。
当たり前のようにモンスターが襲ってくる。
「『防壁』! ナオヤは目を合わせるな、私たちを信じてくれ!」
「えっ? 戦えないけど見ないっていうのも怖いような」
「私やバルベラやアンナはともかく、ただの人間であるナオヤは危険だ! 至近距離で長時間邪眼と目を合わせると石化しかねん! バルベラ!」
「……がんばる」
「えっなにそれこわすぎる」
焦って足元を見る。
ドカバキと、クロエの木剣やバルベラの拳と蹴りが振る舞われた、らしい。
モンスターの悲鳴が聞こえて、すぐに倒したみたいだ。
OKが出て視線をあげると、トカゲとニワトリとヘビを掛け合わせたようなモンスターが倒れていた。
聖騎士とドラゴンなら瞬殺だった。すごいぞ。
大量のモンスターに、二人の間を抜けるヤツが出てくる。
「ナオヤッ! なんとか持ちこたえてくれ!」
「おらぁ! デッカイからってただのニワトリが農家の孫舐めんな!」
「ナ、ナオヤ? 闘争鶏はただのニワトリではなくモンスターなのだが」
「……すごい」
「ふう。ありがとう祖父ちゃん祖母ちゃん。俺、やったよ。ちゃんとニワトリを締められたよ」
テンションでごまかしてたけど冷や汗を拭う。
腰まである大きなニワトリは、俺の足元でくたっと地面に横たわっていた。
突っ込んでくるニワトリをかわして、外したマントで頭を隠して、後ろから締め落とした。
俺もやればできるらしい。
ニワトリも締められないんじゃ農家失格だ。継がなかったけど。
いろいろあったけど、なんとか無事だ。
ちょっと今度から気軽に「ダンジョン行こう」って言えなくなった気がするけど。
冒険者さんってほんとすごいんだなあ。
お店に戻ったらサービス……はしないけど。個人商店じゃないんで。やるとしたら冒険者さん向けの商品のセールで。
「早朝にダンジョンを出て、またダンジョン。一日の仕事量じゃないよなこれ。そもそもアイヲン社員としての仕事なのかっていうのは置いといても」
「……ふうーっ」
「おおっ、すごいぞバルベラ! 野営の時は大助かりだな!」
「……おいしそう」
「うむ! 温かな食事は体も心も癒してくれることだろう! ほらナオヤ、食事だぞ!」
「ありがとうクロエ、バルベラ」
「ナ、ナオヤが素直に礼を言うだと……? こ、これはまさか! 『俺、クロエがいないとダメなんだ』などと弱いところを見せて私を誘う高等技術か!? くっ、そんなことでエルフは屈さぬぞ!」
「俺どんな風に思われてたんだ。そもそも高等技術かそれ」
クロエから陶製の器を受け取る。
ほのかに温かい。
フタを取ると、ビーフシチューの香りが食欲をそそる。
木製のスプーンでさっそく口に入れる。
美味しい。
疲れた体と心に染み渡るようだ。
「……おいしい!」
「ダンジョンで温かな食事を取れるのはバルベラのおかげ、そしておいしいのはナオヤのおかげだな!」
「たしかにこれは効くなあ。お惣菜販売はじめてよかった」
しみじみと実感する。
この状況で「冷えて堅いパンを食べる」のは辛すぎる。
火を使うかどうかはダンジョンや野営地の環境があるだろうから、温められるかどうかは別として。
「これだと、『冷めてもおいしいお惣菜』っていうのも視点としてあった方がよさそうだな」
「おおっ! ニホンにはそんなものがあるのか!?」
「おにぎり、サンドイッチなんかは温めなくてもおいしい定番商品だな。まあ、お惣菜を充実させるより新ジャンルの商品を検討したいけど」
目を輝かせるクロエを流して、周囲に目を向ける。
ダンジョン『石化の森』での野営。
石化の森はフィールド型ダンジョンで、ダンジョン内は森だった。外縁部も森だけど。
当然、キャンプみたいにテント張ってリラックスできるわけじゃない。グランピングなんて夢のまた夢。
開けた場所に厚手の布を敷いて、マントを寝袋がわりにして寝るだけだ。
俺たちは火を焚いたけど、冒険者によっては暗いまま過ごすらしい。
なにしろ俺たちは聖騎士のクロエとドラゴンのバルベラがいてモンスターが寄ってきても問題ないわけで。
なら遠慮しなくてもいいかなあと。
ちなみに、布さえ敷かずそのまま仮眠を取る冒険者も多いそうだ。過酷。
「いま欲しいもの、あれば便利なものがありすぎる。来てよかった」
「おおっ! 何を売り出すんだ? どんな商品なんだ!?」
「近い。焚き火に照らされたエルフって見た目に騙されそうだから落ち着けクロエ」
「……おいしい?」
「バルベラはとりあえず料理から離れような。今度はそれ以外を売りにするつもりだから」
二人をなだめて、ぼんやりと考えにふける。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから35日目。
人生二度目のダンジョン探索は、俺にいろんな気づきをもたらしてくれた。
戦闘?
ニワトリを締めるのは戦闘のうちに入りません。
これでも農家の孫だからね、ニワトリぐらい締められるよね!
あ、闘争鶏はおいしかったです。さすがチキンカツの元。





