第六話 そっか、バルベラパパさんが飛んできたとき、森からコカトリスとかバジリスクとか出てきたっけ
「……なんだか安心するなあ」
「ふふ、帰ってきた、という感じがしますね。私は、建つ前からここが住処でしたから」
「うむ、見る限り異常はないようだな!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから35日目。
ダンジョン『旧市街地下墳墓』からの帰り道は順調だった。
モンスターに襲われることもなく、アイヲンモール異世界店が見えてくる。
ダンジョンが異世界感たっぷりだったせいか、いつもと変わらない外観になんだか安心する。
「異常って。言っても一日いなかっただけなんだ、見てわかる非常事態なんてそうそうないだろ?」
「ナオヤさん……この世界では、集落や村が一夜にして滅ぶこともめずらしくありません」
「そうだぞナオヤ! バルベラのブレスならともかく、バルベラパパさんやママさんのブレスなら一発だ!」
「ええ……? 怖すぎるだろパパさんママさん……」
「安心してくださいナオヤさん。ドラゴンやモンスターの襲来以外でも滅びます。さすがに、街が滅ぶには何日かかかりましたが……」
「安心できる要素ありませんねそれ、って落ち着いてくださいアンナさん、赤死病はもう治るようになったんですから」
衝撃の事実を聞かされてビビる。
いやまあ、人型のままダンジョンボスを瞬殺したバルベラパパさんのことを考えたら、わかってたことではあるんだけど。
従業員用アパートもやたら防衛力優先で作られたし。
ちらほら見える冒険者さんや行商人に混じって街道を歩く。
クロエとアンナさんとバルベラが水着で商品を持った、お惣菜販売促進用の看板を通り過ぎる。
そろそろこれも海鮮系に貼り替えようかな、また水着きてくれるかな、なんてぼんやり考えてたところで。
「おかえりなさい!」
「……おかえり」
「ただいま、コレット。バルベラもな。お迎えありがとう」
「どうだコレット、変わったことはなかったか? ナオヤも元店長のこのクロエも不在で大丈夫だったか?」
「はい! ナオヤさん、あとで昨日の締め作業の確認をお願いします。たぶん大丈夫だと思うんですけど……」
「わかった。じゃあそれが終わってから出発しようかな」
「え? またどこかに行っちゃうんですか?」
「ああ、『旧市街地下墳墓』は発見が多くてな。そこそこ近くにあるみたいだし、違うタイプのダンジョンも体験してみようかと思って」
「うむ、休憩したらすぐ出発だ! 荷ほどきしたらまた出るのは面倒になるからな!」
「ふふ、張り切ってますねクロエさん。ナオヤさん、私たちは残りますね。新人教育もありますし」
「私たち? あ、隊長と中の人たちですね。了解です。いろいろよろしくお願いします」
「待てアンナ! それでは私がナオヤと二人きりになってしまうではないか! ダンジョンで二人っきりで夜空など眺めながら『ようやく二人になれたな』などとのたまいッ! くっ、そんなことで私の気持ちは揺らがんぞッ!」
「純情か。たしかに、いくら強いったってクロエと二人きりって不安になるけども。これだから」
「えっと、ナオヤさんが望むなら、わたし、がんばります! お母さんだって!」
「無理しなくていいぞコレット。あとファンシーヌさんは戦えないうえに病み上がりなんだし絶対連れていかないから」
きゅっと拳を握るコレットを落ち着かせる。
決意を秘めた瞳とは裏腹に、ペタッと伏せられた耳と丸まった尻尾は正直だ。
街育ちの戦えない人がダンジョンに行くのは、よっぽど勇気がいることらしい。
あれ、俺なんでダンジョン行ってるんだろ。
……カスタマー調査の一環だしね、仕方ないね。そもそもモンスターがいる世界に放り込まれたしな! 事前説明と覚悟を決める時間ぐらい欲しかったぞアイヲン!
「……行く」
「ん? どうしたバルベラ?」
「……ダンジョン、行く」
「おおっ、バルベラも来るのか! ではナオヤと二人きりではなくなるな!」
「ありがたいけど……いいのか?」
「心配いりませんよナオヤさん。バルベラちゃんが一日や二日いなかったところで、縄張りが解消されるわけではありません」
「あっはい、そこは心配してませんでしたけど。港町や双龍島への往復もありましたし」
「お仕事は、わたしとお母さんががんばります!」
「はは、ありがとなコレット。けどできるだけ早く帰ってくるつもりだし、あんまり張り切りすぎないように」
「では、私と一緒にレジ締めしましょうね、コレットちゃん。大丈夫です、何度かやればすぐ覚えますよ」
「アンナさんもありがとうございます。んじゃ次のダンジョンは俺とクロエ、バルベラの三人か」
聖騎士でエルフのクロエ、見た目10歳だけどドラゴンのバルベラ。
俺は戦えないけど、戦力としては問題ないだろう。
充分すぎる。戦い以外じゃ不安が拭えないけど。
それと……。
「ところで次のダンジョンはどんな感じなんだ? まさかまたアンデッドだらけの墳墓系ダンジョンってことは……」
「違う形の方がいいのだろう? では次はフィールド型のダンジョンだ!」
「よかった。ほんとによかった。いやアンデッドが苦手なわけじゃなくて、従業員がまた増えないかとかそっちの心配で」
「うふふ、そうですね、次から増やす時はちゃんとナオヤさんに相談しますね」
「……ちなみに、次のダンジョンはなんて名前なんだ? 準備しておいた方がいいものはあるか?」
「野営の準備さえあれば問題ないぞ!」
「んじゃテントと、キャンプ用品を追加で持ってくか。それで、ダンジョンの名前は? 俺にも心の準備ってものがあってだな」
「次はフィールド型ダンジョン『石化の森』だ!」
「へえ、石化の森。そっか、バルベラパパさんが飛んできたとき、森からコカトリスとかバジリスクとか出てきたっけ。なるほど、石化の森。石化の……」
どれもバルベラパパさんのブレス一発だったし、バルベラとクロエがいればきっと問題ないんだろう。
戦う分には。
そっか、石化の森。
たぶん状態異常系の攻撃をしてくるモンスターが多いんだろうなあ。
なんたって「石化」の森だし。
なるほどなるほど。
「なるほど、ってそれ大丈夫!?」
「……へいき。わたしはドラゴン」
「いやバルベラはかからないだろうけどな!? 俺ただの人間なんですけどアイヲン社員に状態異常を弾く力なんてないぞ!? 常時疲労状態みたいな社員さんもいるけども!」
「心配するなナオヤ! もし石化がはじまったら治癒は私に任せるといい! 神聖魔法の使い手の! このクロエに!」
「ああうんその時はお願いします、ってかかる前提かよ! ああああああ!」
頭を抱える。
命に別状はなさそうだけど、そういうことじゃない。
アンデッドだらけのダンジョン『旧市街地下墳墓』。
状態異常系をかましてくるモンスターが多いダンジョン『石化の森』。
異世界のダンジョンは、一筋縄ではいかないらしい。
…………カスタマー調査、諦めようかなあ。
いや必要なことなんだ。
冒険者さんのニーズを探るのに実体験は必要なことなんだ。
がんばれ。がんばれ俺。
アイヲンモール異世界店の店長として、36日目を無事迎えられることを祈ってます。





