第四話 その、キツかったら帰りましょう……俺は冒険者の日常が知りたかっただけですし
「そっか……だから、『旧市街地下墳墓』……」
「正確には、元の街そのものではありません」
「アンナさん? けど、目の前に古い街並みがあって……」
「ナオヤの言う通りだが! この現象は、ダンジョンに死者やアンデッドの残留思念が取り込まれて再現されたものだ、と考えられているのだ!」
「は、はあ……なんでもありだなダンジョン……」
「実際、外に遺構があるのにここに建っている建造物もあるのだぞ!」
「へえ。なるほど、それで再現」
「はい。ですから、この街はまるごとお墓のようなものです」
「この場所も含めて、『旧市街地下墳墓』なんですね」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから34日目。
冒険者の生活を疑似体験することで、必要とする物を知りたい。
そう思った俺は、アイヲンモール異世界店から徒歩一時間程度のダンジョンに来ていた。
800年前に滅んだ街がベースになったダンジョン、『旧市街地下墳墓』。
地下二階層の門を通り抜けると、古い街並みが広がっていた。
空はぼんやりと雲がかかってるみたいだ。
あの雲の向こうは空なのか、それとも洞窟の天井なのか。
門前広場に面して、宿屋らしき建物と看板、それにいくつかの休憩所? か食堂が見える。
建物の前にある木製のブースは屋台だろうか。
広場からつながる大通りは石畳で舗装されて、建物の間、けっこう先まで続いてる。
ただ、人気はなかった。
賑わいどころか話し声も生活音もない。
静かで人のいない街並みは、どこか物悲しく見えた。
ひょっとしたら「800年前に滅んだ街」ってことを知ってるからそう思うのかもしれないけど。
「門番さんは真面目で頼れる方々でした。街の外の教会で暮らす私たちの顔を覚えてくれて、子供たちの憧れだったものです」
アンナさんが静かに語る。
スケルトン隊長ががしゃっと全身甲冑を鳴らす。
同行してきたゴーストは隊長の体から離れて、ふよふよと門のまわりを漂っていた。
「宿屋のおばさんも、屋台の売り子のおじさんも。親切にしてくださったんですよ。『作りすぎちゃったから』と、食べ物をいただいたことを覚えています」
アンナさんの足音が響く。
800年前に疫病で滅んだ街。
赤死病を治せず、蔓延を止められなかったことで滅び、アンナさんたちに無力感と後悔をもたらした街。
そのものじゃないって言っても、思い出はたくさんあるだろう。
「アンナさん。その、キツかったら帰りましょう……俺は冒険者の日常が知りたかっただけですし」
「いいえ、行かせてください、ナオヤさん。私たちは、成し遂げたのです」
胸に手を当てて、アンナさんは微笑んだ。
笑顔のはずなのにちょっと切ない。
いま、アイヲンモール異世界店ではドラッグストアスペースの営業をはじめてる。
この世界の人たちに薬を用意しているのはアンナさんだ。
アンナさんはアンデッドでリッチだけど、薬師でもあるらしい。
偽りの聖女と呪われた街。
長命種のエルフに言い伝えられているところでは、赤死病で滅んだ街と嘆きの聖女。
アンナさんは、救えなかったことを後悔して、ずっと研究を続けてきた。
自分から不死者になって、800年間、ずっと。
アイヲンモール異世界店ができる前も、できてからは従業員として働きつつ日本の知識を取り入れて。
そしてようやく、赤死病にかかった行商人さんのお子さんを治した。
薬は、完成した。
「じゃあ、行きましょうか。人気ないけど街ですしね、モンスターも出ないでしょうしね!」
「何を言ってるんだナオヤ? 出るぞ?」
「えっ。ああ、なんかゴブリン? みたいなちょっと賢いモンスターとか、付喪神的な、無機物が動き出すモンスターとか」
「ふふ。ナオヤさん、地下二階層に出るのは、一階層とほぼ同じモンスターですよ」
「スケルトン、ゴースト、グールにゴースト、ああ、この階からは動物系のアンデッドも出るんだったな!」
「おおおおおお! うすうす! うすうすわかってたけれども! でもこんなに街っぽいんだし違うかもって思うじゃん!」
「ナオヤ、そろそろいい時間だ。野営地を決めなければな。建物のどれかで安全を確保して——」
「でしたら、兵士の詰所にしましょうか。入り口が少なくて、警戒が簡単です」
「ああああああ! アンデッドまみれの中で野営とか! そうですよねえダンジョン行きたいって言ったのも一泊したいって言ったのも俺ですもんねえええええええ!」
静かだった広場に、俺の嘆きが響き渡る。
さしずめ「滅びの街と嘆きの店長」ってところだ。
アンナさんとクロエは、野営場所を求めて歩き出した。
広場周辺をふよふよ漂っていた味方ゴーストが続く。
ひとつ息を吐いて立ち上がる。
と、肩にガシャッと手が置かれた。
スケルトン隊長だ。
ぐっと親指を立ててくる。
励ましてくれてるらしい。
ありがとうございまぁす。頼りにしてます。
できれば夜は俺にアンデッドを近づけないでください。隊長もアンデッドだけども。せめて急に出てくるのはナシでお願いします……。
「それでは、私は席を外しますね」
「アンナさん? どこか行くんですか?」
「ええ。元々のものは崩れ落ちましたが……ここには、再現された墓地がありますから」
「あ……なるほど。気をつけて、行ってきてください」
「うむ、守りは任せるといい! 聖騎士の! この私に!」
「うふふ、よろしくお願いしますね、クロエさん」
俺が初めてダンジョンに入ってから半日。
俺たちは、元々兵士の詰所だったっていう建物の中にいた。
今日はここで一夜を明かす予定だ。
どういう仕組みか、外は暗くなっている。
アンナさんは小さな木箱を抱えて、部屋を出ていった。
全身甲冑のスケルトン隊長とゴーストも静かに続く。
残されたのは俺とクロエの二人だけだ。
「はっ! まさかこれは二人きりになるナオヤの策略でッ! 『静かにしてろよ、モンスターに気づかれちまうぞ』などと猿ぐつわを噛ませて私を襲い!」
「はいはい静かにな。モンスターに気づかれるぞ」
「くっ、エルフは辱めに屈さぬと知るがいい!」
「辱めないけども。はあ」
いつも通りのクロエを放置して、野営地を見渡す。
石造りの部屋をぼんやり照らす魔道具の明かり、床に敷いたマント。
準備はしてきたらしいけど、室内だから火は焚いてない。
夕飯は固く焼きしめられたパンだった。
「これが冒険者の野営、かあ」
「うむ、騎士団もだいたいこんな感じだぞ! 野外の場合は天幕を張る時もあるな!」
「なるほどねえ」
「どうだナオヤ? 商売の種は見つかったか? その、私はそういうの疎くてだな」
「詳しくなれ元店長。まあどんな商品があるかわからないんだ、仕方ないけれども」
やっぱり、冒険者の日常を擬似体験してよかった。
こんな感じなんだったら、売れるものがありすぎる。
「考えるのは帰ってからにするか。ここはまだダンジョンの中だしな」
まわりだす思考を止めて、俺はクロエに向き直った。
この機会に、冒険者や騎士団の生活を聞こうと思って。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから34日目。
ダンジョン『旧市街地下墳墓』地下二階層で迎えた夜は、静かに更けていく。





