第三話 もうすでに! アイヲンモール異世界店は強力なアンデッドが跋扈する危険な場所になってる疑惑!
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから34日目。
俺は、薄暗い通路を進んでいた。
節電で照明が少なめになったアイヲンモールのバックヤードでも、閉店後のアイヲンモールでもない。
「こ、この辺は雰囲気が違うんですね」
「はい。元々は地下墳墓だったのですが……ダンジョン化したことで、周囲の環境を取り込んだのです」
「へ、へえ。ダンジョン化。周囲の環境を。いやあ、異世界って意味わかりませんねえ」
「しっ! ナオヤ、静かに! あまり声を出すとモンスターが寄ってきてしまうぞッ!」
「クロエがまともだ。いや、静かにと言いつつ大きな声出しててあんまりまともじゃなかった」
「はっ! ま、まさかナオヤは! モンスターを集めて使役して私を押さえつけッ! 『助けて欲しければ、わかってるよなあ?』などと私を責め立てッ! くっ、殺せ!」
「はいまともじゃありませんでした。使役できないしな、聖騎士のクロエはそこらの雑魚モンスターより強いはずだしな、助けだってアンナさんや隊長がいるわけで」
床はところどころ石畳が剥がれて土がむき出しで、壁や天井はすっかり洞窟風の通路。
俺がいるのは、もう一ヶ月を越えて慣れてきたアイヲンモール異世界店、じゃない。
アイヲンモール異世界店から徒歩一時間弱、最寄りの街のすぐそばにあるダンジョン『旧市街地下墳墓』だ。
疫病により滅んだ街の共同墓地がダンジョン化した場所、らしい。
「ところでアンナさん、雰囲気が変わったということは出現するモンスターも変わるとか……スケルトンやゴーストから洞窟っぽい敵に」
「むっ! 来るぞ、アンナ、ナオヤ。警戒しろ!」
「洞窟っぽい敵ってなんだ? ネズミとかスライムとかゴブリンとか?……どうかアンデッドじゃありませんように。ナマモノでありますように」
足を止めたクロエの横に、全身甲冑のスケルトン隊長が並ぶ。
隊長の肩口から、ついてきたらしい味方ゴーストがひょこっと顔を出す。
アンナさんはクロエの後方で杖を構える。
前方から、半透明の白いモヤがすーっと近づいてきた。
一体や二体じゃない。
重なり合ってるからよくわからないけど、5〜6体はいるだろうか。
「アンナさん、これ、ゴースト、ですよね? その子と同じ」
「いいえ、違います」
敵を前に、クロエがすっと下がる。
横に並んでいたスケルトン隊長が前に出る。
バタバタとマントがはためいたかと思うと、肩口の味方ゴーストがぶわっと広がった。
敵ゴースト? が止まる。
「へ、へえ、ゴーストってそんな能力持ってるんですねえ。アイヲンで働くゴーストが黒いモヤで、モンスターのゴーストが白いモヤってなんだか逆みたいだなあ」
顔が引きつる。
アンナさんは俺を気にすることなく、ゴーストに杖をかざした。
さっきのスケルトン同様、希望を聞くつもりなんだろう。
成仏? するか、心残りはないか、働く気はないか。
……あんまりアンデッドを増やさないでもらっていいですか? アイヲンモール異世界店まで墳墓系ダンジョンになっちゃいそうなんで。
「むっ、違うぞナオヤ。アンナの配下にはゴーストもいるが、ついてきたのは単なるゴーストではない」
「へ?」
「アレは、ゴーストの上位種『レイス』だ」
「あーなるほど、上位種だから敵スケルトンや敵ゴーストの動きを止められると。だからアンナさんが問いかける間があると。なるほどなるほど」
さっきの敵スケルトンと違って、敵ゴーストたちはアンナさんの問いかけに応えなかった。
自我がないか、恨みに取り込まれてる、らしい。
単に生者を襲うモンスターに成り果ててるんだとか。
アンナさんは哀しそうに微笑んで、ゴーストに光を放った。
ゴーストはすうっと、空気に溶けるように消えていく。
「ってアイヲンモール異世界店はゴーストの上位種が働いてるんですね! そうですよね隊長も単なるスケルトンじゃないっぽいですもんね! 二人とも『浄化』の光が効いてないし!」
先頭で光を浴びたのに、スケルトン隊長もレイス? もダメージを受けた様子はない。
いや、レイスはさっと隊長の体内に引っ込んだ。体内というか、骨しか入ってない鎧の中に。
「へえ、じゃあ隊長の方が上位なのかなあ。強そうだもんなあ、ぁぁぁあああああ! もうすでに! アイヲンモール異世界店は強力なアンデッドが跋扈する危険な場所になってる疑惑! お客さまの数が少ないのこのせいじゃないですかねぇぇぇえええ!」
洞窟っぽい作りのダンジョンに、俺の嘆きが響き渡った。
アンナさんは少し困ったように笑って、隊長が肩を竦める。
大きな声を出したのに、クロエも何も言わない。
まあ余裕ですもんね。さすが聖騎士とリッチとレイスと……隊長はなんだろう。スケルトンリーダーとか骸骨騎士とか、それとももっと上? 骸骨の王とか言っちゃう感じ?
現実を知ってとぼとぼ歩く。
ダンジョンは危険な場所かもしれないけど心配ない。
ここには聖騎士もリッチもレイスもスケルトン隊長もいる。
薄暗くても心配ないし、アンデッド系モンスターばっかりだって言ってもいまさらだ。
アイヲンモールはアンデッド系モンスターだらけだしね。ドラゴンもいる。
「ナオヤ、そろそろ地下二階層への入り口だ! ナオヤもきっと驚くだろうな!」
「はあ、地下二階。なんだろ、もうたいていのことじゃ驚かなさそうな気がするけど」
「ふふ、そうかもしれませんね。けれど、私もナオヤさんは驚くと思いますよ」
「……なんでしょう。いい意味の驚きならいいんですけど」
ダンジョンのことを知りたいって言い出したのは俺だ。
アンデッドだらけのダンジョンに連れてこられるとは思わなかったけど、でもこれが今後の商品展開を考えるうえで役に立つ。役に立つはずだ。
アイヲンモール異世界店のお客さまは冒険者さんも多いし。
だから、驚くほど意外なことを知れるのは歓迎だ。
歓迎する気持ちはある。気持ちだけは。
クロエを先頭に、俺たちは順調にダンジョンを進んでいく。
スケルトンやゴーストが出ても問題ない。
味方ゴースト——レイス——かスケルトン隊長が足止めして、アンナさんが問いかけて、浄化していく。
いまのところ、心残りがあるとか働きたいとか言い出したアンデッドはいない。
アンナさんいわく、そういうのは魂が残っているか蘇ったアンデッドだけで、珍しいらしい。
特に、滅んでから長い時間が経っている『旧市街地下墳墓』では。
地下一階を進み出して二時間か三時間経っただろうか。
俺たちは、地下二階層の入り口にたどり着いた。
クロエとアンナさんの言う通り、俺は呆然と、入り口を見つめていた。
入り口というか——
「門? それも、彫刻がやけに『死』をテーマにしているような」
「うむ! 『旧市街地下墳墓』の地下二階層には、この門をくぐらねば行けないのだ!」
「門。くぐる。……まさか」
「ナオヤさん? 何を探しているのですか? 門と言っても門番はいませんから、上には何もありませんよ?」
「は、ははっ、そうですよね。い、いやあ、墳墓系ダンジョンの門ですからね、ついつい銘文を探しちゃいましたよ。『この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ』、的な」
「むっ、ニホンの門にはそのような銘が刻まれているのか?」
「日本のというか、創作の話だからな。なんでもない、忘れてくれクロエ」
「『この門をくぐる者、一切の希望を捨てよ』、ですか……私には、厳しい言葉ですね……」
「アンナさん?」
「……行きましょう。いまさらですし、何度も来た道です」
「では進むぞ!」
ノリノリのクロエが門を押しあけてずんずん進む。
対照的に、アンナさんの足取りはおぼつかない。
ゴーストが心配そうにアンナさんを覗き込んで、隊長はそっと肩に手をかけた。
クロエに遅れて、俺も門をくぐる。
重そうな扉の先、厚みのある門を抜けて。
ダンジョン『旧市街地下墳墓』の地下二階層が、目に入った。
「………………はあっ!? うっそだろなんだこれ!?」
「やはり驚いたか! 私もはじめてここに来た時は、理解不能だったのだ! 人間とは不思議なものだな、と!」
「人間ではなく『ダンジョン』が不思議なのだと思いますよ、クロエさん」
『旧市街地下墳墓』の、地下二階層。
そこには、古い街並みが広がっていた。
おそらく、800年前に滅んだ街の。
「そっか……だから、『旧市街地下墳墓』……」
立ち尽くす俺をアンナさんが追い抜いて、立ち止まる。
アンナさんはぼうっと、目を細めて『旧市街』を見つめていた。
寂しそうに、泣き出しそうに、固まった微笑みを浮かべて。
次話、1/17(金)18時更新予定です。
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※なおこの物語はフィクションであり、実在するいかなる企業・いかなるショッピングモールとも一切関係がありません!





