第二話 そんなこと言ったってクロエ! 相手はモンスターだぞ!? 隊長と違って敵意むき出しのスケルトンだぞ!?
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから34日目。
俺はいよいよ、異世界を感じられる場所にやってきた。
「ナオヤさん? 行かないのですか?」
「む? ナオヤが行きたいと言い出したのだろう? さあ行くぞ、ダンジョン『旧市街地下墳墓』へ!」
アイヲンモール異世界店から歩いておよそ一時間、最寄りの街の外壁の外にある草原。
すねあたりまで伸びた草と、崩れた建物の残骸の先、地面にぽっかりと穴が開いている。
穴のまわりは石畳があって、入り口は彫刻された石で飾られている。
石廟だ。
いや。
かつては石廟だったらしいけど、いまではダンジョン『旧市街地下墳墓』の入り口だ。
先頭で入ろうとしてるアンナさんが振り返る。
冒険者が欲しいものを探すため、ダンジョンを実体験したいって言い出したのは俺だろうとクロエに煽られる。
顔まで隠れた全身甲冑のスケルトン隊長は、勇気を出せ、と言わんばかりに俺の肩に手を置く。
隊長のマントの陰から心配そうにゴーストが顔を出す。顔?
「行く。行くからちょっと待っててくれ」
深呼吸して覚悟を決める。
これは市場調査だ。
アイヲンモールが海外出店する時だって、現地の人が欲しがるものを知るために調査するはずだ。危険地帯だって行くはずだ。
俺がやろうとしてることと変わりない。ちょっとここが異世界なだけで。
自分に言い聞かせて、俺は足を踏み出した。
アンナさんに手配してもらった革靴がコツコツ鳴る。
ゴクリと息を呑んで、暗いダンジョンに踏み入る。
「……危険手当は出るのかなあ」
俺の独り言に応える者はいない。
そこんとこどうなんですかね伊織さん。ひょっとして異世界手当に含まれてるのでしょうか。
ダンジョンは真っ暗だった。
エルフにして聖騎士のクロエが魔法で明かりをつける。と、ゴーストが隊長の鎧の中に入り込む。
神聖魔法の使い手であるクロエの明かりは、アンデッドに効くらしい。
リッチのアンナさんには効かないけど。あ、隊長も高位のアンデッドなんですね。鎧を着込んだスケルトン部隊を率いるぐらいですもんね。
目が慣れたのと明かりで、ダンジョン『旧市街地下墳墓』の内部が見えてきた。
ダンジョン内は通路も壁も石造りだ。
かちゃかちゃと、クロエの鎧の音が響く。自信があるのか、クロエの足取りに迷いはない。
「石壁にへこみ? なんか鎧とか絵とか飾るのかな。いまは何もないけど……」
「ふふ、違いますよナオヤさん。ここはかつて、街の共同墓地だった空間です」
「はあ。それがダンジョンになったと」
「当時はこれほど広くなかったのですが……ダンジョン化したことで、空間が広がったようですね」
「なにそれこわい」
「石壁のへこみ、壁龕に見える場所は、かつて街で亡くなった身寄りのない方のお骨が並んでいました」
「えっなにそれこわい。いまは? いまはなんでないんですか? まさか」
「街が滅んで以来、スケルトンと化して壁龕を離れたようです。『聖女』と呼ばれていたクセに、私の力及ばずで……」
「なにそれこわい。お骨が動き出すとか異世界こわい」
両サイドの壁から離れた俺を、スケルトン隊長がガチャっとなだめる。
あっはい、動いてる骨でしたね。エプロン付きのみなさんはアイヲンモール異世界店で活躍していただいてますね。お疲れさまでーす。
「すべてが街の方のお骨だったわけではありません。いいえ、ダンジョンで生まれたスケルトンの方が多いでしょう」
「はあ。空間が広がったことにあわせて、お骨も増えたと。それでスケルトンになったと」
「ええ。ですが、なんの因果か、はるか時を越えて蘇った不死者もいます。ですから、時おりこうして足を運んでいるのです」
アンナさんの微笑みはいつもと変わらない。
けど、どこか寂しそうに見えた。
偽りの聖女と呪われた街。
いまの街が再興する前、800年前に滅んだ街はアンナさんの故郷だ。
つまり、ここに葬られていて、スケルトンとなった者はアンナさんの同郷の人もいるはずだ。
時を置いて蘇るアンデッドも。
「アンナ、来るぞ。二体、いや、三体だな」
「ありがとうございます、クロエさん」
クロエがすっと引いてアンナさんに最前列を譲る。
杖を手にしたアンナさんが前に出る。
いつもの優しげな雰囲気は消えて、黒いオーラをまとって。
全身甲冑のスケルトン隊長とゴーストが続く。
通路の先、暗がりからスケルトンが現れた。
装飾のない鎧が胴を隠し、錆びついた剣を手にして、クロエの読み通り三体。
向き合うのは隊長だ。
肩口から顔を出したゴーストがぼわっと膨らむ。
何かしたのか、スケルトンが動きを止めた。
「不死者よ、偽りの生を得た者よ。貴方たちは眠りたいですか? それとも、遺したい言葉、伝えたい伝言がありますか?」
アンナさんが呼びかける。
動きを止めたスケルトンがじっとアンナさんを見つめる。
言葉はない。
そもそも、アイヲンモール異世界店で働くエプロン付きスケルトンも鎧をまとったスケルトンも隊長も、言葉は通じてるみたいだけど話さない。
だからきっと、このスケルトンたちも話せな——
「それとも、働きたいですか? アイヲンモール異世界店では24時間働ける人材を募集中です。警備に清掃、最近では調理や交通整理も任されてるんですよ!」
アンナさんがばっと杖を振ってセールストークをはじめる。
スケルトンたちはこうして勧誘されてるんだろうか。
そういえば「増やそうと思えば増やせる」って言ってたっけ。
「なるほどなるほど、じゃなくて! 24時間働ける人材って労働基準法ひっかかります、でもなくて! どこで募集かけてるんですか!?」
「しっ。ナオヤ、静かに」
「いやそんなこと言ったってクロエ! 相手はモンスターだぞ!? 隊長と違って敵意むき出しのスケルトンだぞ!?」
言い募る俺を、クロエがしーっとジェスチャー付きで止めてくる。
俺はひとまず黙り込んだ。
まだ落ち着かないけど、ここはダンジョンだ。
大声を出すとモンスターが寄ってくるとかで危険なんだろう。
そのまま、静かに待つことしばし。
「オレ……労働……ヤダ……」
「働ク、ナイ、ゴザル」
「モウ……眠リタイ……」
「スケルトンがシャベッタァァァアアア!?」
「落ち着けナオヤ、喋ったわけではないぞ。『翻訳指輪』に使われてる魔法の応用で、アンナが私たちにも通じるようにしてくれたのだ」
「へえすごいね魔法! ならアイヲンの従業員のみなさんにもかけて、いややっぱりいいです。過酷な労働に不満や愚痴を聞かされそうなのでやっぱりいいです」
「わかりました。では、みなさんの魂を輪廻に帰します」
アンナさんが敵スケルトンたちに杖をかざす。
もにゃもにゃと口の中で何か呟くと、前方に光が放たれた。
スケルトンが光に包まれて、石造りの天井を、その先の空を見上げる。
「コレデ……オレ……自由……」
「労働、解放、天国」
「来世マデ寝ル」
ぼそっと声が聞こえて、最後にアンナさんに「ありがとう」と感謝を伝えて。
敵スケルトンは、その場に崩れ落ちた。
「ありがとうございます、クロエさん。さあ、次に行きましょう」
振り返ったアンナさんは少し寂しそうだ。
「うむっ! では行くぞ、地下一階層はまだ脅威は少ないからな! ナオヤに『冒険者』を体験させるにはもっと深く潜らなくては!」
見なかったことにしたのか気づいてないのか、張り切ったクロエが先頭に戻る。
俺が店長になってから34日目のアイヲンモール異世界店。
ダンジョン『旧市街地下墳墓』の探索は、まだ続くようです。
ところでさっきのスケルトン、やたら労働を嫌がってなかった?
生きてる頃になにかあったんですかね? 他人事とは思えないんですけど?