第六話 料理と違ってこっちで作るわけにもいきませんからね。機械が必要……あれ、けど魔法があればイケるのか? アイヲンは普通に建ってるわけで
「……とりあえず配置はOK、っと」
俺が店長になってから32日目のアイヲンモール異世界店。
閉店後に三階で家具を選んで、バルベラやスケルトンの手伝いで運び込んで。
今日から暮らす俺の新居に、大小の段ボールがいくつも並んだ。
まだ荷ほどきしてないけど、テーブルやワークデスクが入った段ボールや、ソファをだいたいの場所に置いている。
ぼんやり眺めてると、運搬を手伝ってくれたスケルトンが俺を覗き込んできた。
「あっはい。今日はこれで終わり、手伝ってくれてありがとう」
言うと、スケルトンはぺこっとお辞儀して部屋から出ていった。
人手があって助かった。人じゃないけど。
「んー、ベッドだけは組み立てるか、それとも今日までテナントスペースで寝るか」
ぽつりと呟く。
異世界手当がついて上がった給料で、俺はためらうことなく家具を買っていった。
いままで使ってきたものは、まだテナントスペースに置いてある。
落ち着くまではあっちで生活するかもしれないと思って。
「みんな今日が引っ越しだしな、この時間に組み立てても文句は言われないだろ」
閉店後に作業したから、もう20時をまわってる。
けど、多少はうるさくしても大丈夫だろう。
俺も、コレットとファンシーヌさん母娘も、行商人さん一家も、同じことをしてるはずだし。
コの字型の従業員用アパートで、こっち側の部屋に住むのは俺だけだし。
ほかの二世帯は向かいのウイングを選んだ。
ファンシーヌさんが、「俺の近くは畏れ多い」って。信頼が怖い。
「コレットか行商人さんのところか、軽く音が聞こえてきてるし俺も……ん?」
貸し出した、俺の私物の電動ドライバーの音が止まった。
かすかに扉が開く音がして、ガガガッと廊下を走る音が聞こえてくる。
んー、石造りだから足音は鳴りやすいのかなあ。
と、勢いよく俺の部屋の扉がノックされた。
「何かあったのかな。はーい、いま行きます」
扉を開けると、血相を変えた行商人さんが部屋に飛び込んできた。
「て、店長さん! なんですかコレ! なんですかアレ!」
右手に電動ドライバーを持って、左手は来た方向を指差してる。
「はあ。とりあえず、それは電動ドライバーですけど……使えましたよね? 音してましたもんね?」
「売りましょう! いますぐ売りましょう!」
「落ち着いてください。その電動ドライバーはバッテリーなんで、すぐ使えなくなります」
「なるほど、使い捨ての魔道具なのですね!?」
「いや、充電すればまた使えますけどね。アイヲンモールの外には電気がないんで」
「くっ、この便利さをお客さまに提供できないとは!」
「それに、そもそもコレに合うネジじゃないと意味ありません。こっちじゃ厳しいような……」
「そう! 金属部品の話もしたかったのです!」
ぐいぐい引っ張られて部屋の外に出る。
廊下にいた鎧付きスケルトンとすれ違う。
あ、こっちはお客さまがいないから堂々と警備してくれるんですね。お疲れさまでーす。
ハイテンションな行商人さんに連れられてたどり着いたのは、二世帯が暮らす反対側のウイング、通称・南棟だった。
ちなみに俺が暮らしてるのは北棟で、窓はコの字の内向きなんで南に面してます。
異世界基準だと「そこが一番いい部屋」らしい。へえ。
「小さな金属部品をこれだけ揃えられるなんて! 腕のいい鍛治士をお抱えなのですか!?」
「あ、コレット。ファンシーヌさんも。行商人さんたちと一緒に家具組んでたんですね」
南棟の廊下を抜けて、行商人さん一家の部屋には、ちょっと眠そうなコレットと、手にしたネジや金物をじっくり見つめるファンシーヌさんもいた。
あとお手伝いのスケルトンと、興味津々にふよふよ漂うゴーストも。
「一点モノじゃなくて工場製品ですよ。そっか、こっちじゃ手作業だろうから価格で勝てるかも……けどなあ」
「木材の精度も素晴らしい! しかも設計図の手順を逆にすれば、再利用できるではないですか! 備え付けではなく!」
「ああ、こっちだと基本は釘やなんかでがっちり固定するっぽいですね。街に行った時に聞きました」
「家具も! 金属部品も! 木材も! 売り出しませんか店長さん!?」
行商人さんの鼻息が荒い。
こっちの世界の人が欲しがる商品を見つけたのに、俺のテンションは低い。
「革命! これは家具革命ですよ店長さん!」
「ちょっ、ちょっと落ち着いてください。王様がいる世界でその単語はマズイんじゃないでしょうか」
あとずさる。
にじり寄られる。
顔を上げたファンシーヌさんが尊敬の眼差しだ。
「家具はかさばるから入荷しづらい。金具は単価が低いから、カゴ台車に満載したところでたかが知れてます」
押しとどめながら言うと、行商人さんは「事情も知らずにその気になって申し訳ありません」と謝ってくれた。
見たことのない商品、もしくは見たことはあるけどクオリティの高さに興奮しちゃったらしい。気持ちはわかる。
「料理と違ってこっちで作るわけにもいきませんからね。機械が必要……あれ、けど魔法があればイケるのか? アイヲンは普通に建ってるわけで……いやでも魔法でイケるならこっちでももうあるか……?」
自分の言葉に引っかかって考え込む。
行商人さんもファンシーヌさんも静かに待っている。
コレットは尻尾をだらんとさせてウトウトしてる。
「考えてもわからないか。その辺は明日アンナさんあたりに聞いてみるかな。クロエは、うん、あれだし」
何度か視察したところで、俺はこの世界のことをあまり知らない。
魔法や魔道具のことなんてもっと知らない。
ひとまず問題を先送りして、今日は解散しましょうって言おうとして顔を上げて。
「ナオヤさん? どうしました?」
背後から声が聞こえた。
うしろには、誰もいなかったはずなのに。
「…………アンナさん? いまどこから来ました?」
「うふふ、ナイショです」
「可愛く言ってもごまかされませんからね! え、リッチってゴーストみたいに通り抜けできるんですか!? 怖すぎるんですけど!」
口に指を当ててにっこり笑うアンナさんの背後を見る。
キッチン前の床下収納の戸口からひょっこり顔を出すスケルトンと目が合った。目はない。
「大きな声が聞こえまして、つい……アイヲンまでつながる、秘密の地下通路から」
てへっ、とでも言いそうな感じでアンナさんが笑う。
行商人さんもファンシーヌさんも目を丸くしてる。
「へえ、部屋に隠し通路ってますますお城や砦みたいですね。もしもの時は逃げるんだーって」
窓の向こうの景色は暗い。
俺の部屋から、消し忘れた明かりが漏れてる。
現実逃避をやめる。
頭を抱える。
「おおおおおお! 部屋に隠し通路って! カギをかけても出入りできるって! プライバシーぃぃぃいいい!」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから32日目。
俺が建設を依頼したはずの従業員用アパートは、俺の知らない秘密がまだまだありそうです。
「ぷらいばしー、ですか?」
「いやアンナさん日本語勉強しましたよね? 電子辞書もありますもんね? わかって言ってません?」
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業務日報
2019年6月2日
アイヲンモール異世界店
店長/谷口直也
日間売上/1,522,000円
日間客数/335人
月間累計売上/3,111,000円
月間累計客数/663人
報告事項/
ドラゴンセール後も、お惣菜も含めた魚介類の販売は好調です。
また、従業員用アパートも完成しました。
この世界の生活を調査しながら新たな商機を探していきます。
ところで家具の在庫が多かったのですがこれは意図してのことでしょうか?
私や従業員のためのものだったのでしょうか?
だとしたら早めに知りたかったです!!!
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