第五話 売れますとも! これがあればどれだけ行商が楽になったか! 荷がどれほど軽くなったか!
俺が店長になってから32日目のアイヲンモール異世界店。
閉店後に家具選びを終えた俺たちは、三階から従業員用アパートに向かった。
俺、犬系獣人のコレットとファンシーヌさん母娘、行商人さん一家。
三世帯分の新居の家具はけっこうな量になった。
選ぶたびにスケルトンたちが運んでくれてたけど、最終的には俺たちもカゴ台車を押してお引っ越しだ。
店内や外周の通路はともかく、従業員用アパート前の舗装されてない地面はどうしようかなあ、多少ガタガタしても行くしかないよなあ、と思ったところで。
「……運ぶ」
バルベラが、ひょいっとカゴ台車を持ち上げた。
家具を満載してるのに、軽々と。
「おおー、あいかわらずすごいなバルベラ」
俺の声が聞こえたのか、得意げに尻尾が振られて、尻尾の先の火もボッと燃え盛る。
「『すごいな』じゃないですよ店長さん! なんですかあれは!」
「行商人さん? カゴ台車はずっと使ってて、見かけてますよね?」
「そっちじゃないです! 箱! あの箱の方です!」
「箱……?」
首をかしげる。
キョロキョロするけど、解説してくれそうなアンナさんはいない。
察せるか怪しいけどクロエもいない。
バルベラはとことこ荷物を運んでくれてる。
行商人さんがずいっと近づいてきた。
「軽くて小さく折りたためて、けれど梱包に必要な最低限の頑丈さはある、あの薄茶色の箱です!」
「ああ、段ボールのことですか。そういえば売り場では使ってませんでしたっけ」
「だんぼーる! だんぼーると言うんですね! 店長さん、あれを売っていただけませんか!?」
「え? 個人で使う程度の量でしたら、持っていって構いませんけど。日本のアイヲンモールでも『購入物の持ち帰りに使うなら』無料でお渡ししてましたし」
「持っていって構わない!? 無料!?」
行商人さんがのけぞる。
大きすぎるリアクションに、俺も気づいた。
「そういえば、こっちでは包材って木箱か布袋ぐらいしかないんでしたっけ。……ひょっとして、段ボールって売れます?」
「売れますとも! これがあればどれだけ行商が楽になったか! 荷がどれほど軽くなったか!」
「そっか、行商人さんは馬車に荷物を積んで、街や村に運ぶのが仕事でしたもんね」
「そうです! 《アイテムポーチ》は魔道具のため高価でとても手が出ず、けれどこれなら!」
「段ボール。段ボールかあ」
見つめる先で、バルベラは従業員用アパートの玄関ホールにカゴ台車を置いた。
スケルトンが扉を開けてくれたらしい。助かります。
バルベラに頷いてやると、カゴ台車から段ボールをいくつか手にして歩いていった。
どれも、家具が梱包された重いヤツなんだけど……まあいまさらだ。
「日本の梱包資材はレベル高いって言うしなあ。ちなみに行商人さん、ならこれはどうですか?」
いつも身につけてる小さなポーチを漁る。
お目当のものはちゃんと中に入っていた。
「こっちはロゴ入りのビニール袋で、こっちはマイバッグです」
ガサガサ音を立ててビニール袋を、それにマイバッグを取り出す。
ちなみにビニール袋はお客さま用で、マイバッグは私物だ。
行商人さんが目を丸くして手に取ったのは、ビニール袋の方だった。
「これは……? 不思議な質感ですが……」
「広げるとこんな感じになります」
「広げ……? おおっ!」
小さく畳まれたビニール袋を見ても、行商人さんはなんだかわからなかったらしい。
手を貸して口を開く。
さっと空気を含ませて広げる。
「ア、アイヲンモールには、こ、こんな軽い、薄い、袋が? けれどお高い、ですよね?」
「最近は無料じゃなくなりまして。このサイズだと3円ですね」
「さっ、さんエン!? けれど使い捨て、でしょうか?」
「多少は使いまわせますよ。あんまり使いすぎると穴空いちゃいますけど」
「その値段であれば行商人や商人、いや、冒険者こそ欲しがるかもしれません、いっそ値付けを変えて」
「ああ、あとビニール袋にはもう一つ特徴があってですね。水を弾きます」
「…………は?」
「穴が空きやすいんで水袋にはなりません。ああ、でも、東南アジアあたりではジュースを入れて売ってるって聞いたことあるなあ」
「水を、はじき……? さんエンで……?」
行商人さんの目が輝く。
というかギラつく。
にじり寄ってくる。近い。
「店長さん! これですよ! これを売りましょう!」
「はあ」
「かさばらず丈夫で軽く水に強い! 行商人に冒険者、こぞって買っていくことでしょう!」
「まあ、段ボールもビニール袋も、日本のアイヲンモールでもいちおう売ってはいるんですけど……」
「『だんぼーる』も売れます! くっ、私がまだ行商ルートを持っていれば!」
「基本は梱包資材なんですよねえ。それ目当てで買おうと思ったらアイヲンモールよりホームセンターに行くような商品で……」
「革命です! 端切れを使ってもそこそこの値段がする布袋より安く! 木箱よりも軽く安く! 革命が起きますよこれは!」
上がっていく行商人さんのテンションとは裏腹に、俺のテンションは落ちていく。
たしかに、この世界の布袋やら木箱やらと比べたら、ビニール袋や段ボールはストロングポイントがあるだろう。
そりゃ弱いところもあるけども。頑丈さとか。
けど、それよりも。
「『あ』から『ん』まですべてが揃って、『愛』がある。でもやっぱり、メインはビニール袋や段ボールの中に入れる商品を売りたいよなあ」
「なんとぉ!? 売らないのですか!? なんなら私が昔のツテを使ってまとめ売りしますよ!?」
「……月間売上目標一億円の、期限が迫って届きそうになかったら考えます」
「そう、ですか。店長さんがそう決めるのであれば……」
梱包資材じゃなくて、梱包される側の商品を売りたい。
段ボールはともかく、ビニール袋はかさばらないから《小規模転移ゲート》でもけっこうな数を持ち込めるだろうけど。
これは、俺のワガママだ。
「けど、ありがとうございます行商人さん。おかげで、いざって時の売りモノが見つかりました。また何かあったら教えてくださいね」
まあ背に腹を変えられなくなったら売るけども!
売上目標を達成できなくて、アイヲンモール異世界店を国に接収されたら還れなくなるからね!
保険ができたって意味ではありがたいです!
「……もっと運ぶ?」
心を落ち着けた俺を、バルベラが下から覗き込んでくる。
あ、ぜんぶ部屋まで運んでくれたんですね。ありがとうございまぁす。