第十四話 翼よ! あれがアイヲンモール異世界店の灯だ!
「ふははははっ! すごいぞバルベラ! 騎士たる私がドラゴンに乗って空を飛ぶ! まるで伝説の龍騎士、いや私は聖騎士なのだ! つまり龍聖騎士とでも名乗るべきか!」
「テンション高いなクロエ。興奮して落ちるなよ?」
「ふふ、大丈夫ですよナオヤさん。落ちてもなんとかなりますから」
「そのなんとかって頑丈か回復できるってことですよねアンナさん? アンデッドとして復活するってことじゃないですよね?」
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから25日目。
港町への視察を終えた俺たちは、アイヲンモール異世界店への帰路についた。
ドラゴンの姿に戻ったバルベラの背に乗って。
「あー、こっちの世界でも夜空は綺麗だなあ。天の川が渦巻いてるし、見覚えのある星はないけど」
馬車で約二週間かかるらしいけど、バルベラの翼なら数時間。
ドラゴンを目撃されたら騒ぎになるから、夜を待ってからのフライトだ。
空には青く光る月が浮かんでいる。
「お嬢の背に乗せてもらえる日が来るとはなあ。ありがてえありがてえ」
バルベラの背中に乗ってるのは、俺とクロエとアンナさんだけじゃない。
漁港の顔役にして元締めの、でっかいイグアナが同行している。
バルベラパパさんも一緒に来たがったけど、バルベラママさんに止められた。
港町の用心棒をしてた件について、住処に戻ってオハナシがあるとか。
最強の紅古龍でも怖いものはあるらしい。
「あれ? そういえばイグアナさんって二、三日前にアイヲンモール異世界店にいらっしゃいましたよね?」
「あん時ァお世話になったな店長さん」
「馬車だと二週間かかるんですよね? 港町までどうやって戻ってきたんですか?」
「そりゃ気になるよなァ。まあほら、その辺は落ち着いたらゆっくり話すからよ」
「お願いします。手段によっては鮮魚の運搬の問題が解決するかもしれないんで」
「おう! せっかくお嬢が背に乗せてくれてんだ、いまは飛行を楽しもうぜ!」
「むっ、わかってるではないか竜人族の男よ! だが龍聖騎士の座は譲らないぞ!」
「そこ張り合うとこなのか? そもそもクロエ以外は騎士じゃないわけで」
バルベラの背に乗って飛んでも、風の音はほとんどしない。
地上からわからないようにけっこう高い場所を飛んでもらってるんだけど寒くもない。
その辺は「龍の使う魔法」でなんとかなってるらしい。魔法すごい。
「まあ生身で空を飛ぶなんて向こうの世界じゃ考えられなかったもんなあ」
言って、ぼんやり景色を眺める。
元の世界では夜でも明かりが見えたけど、異世界の地上は暗い。
俺の目じゃ下にあるはずの街道も見えない。
ちなみにアンナさんは見えるらしい。アンデッドすごい。
「どうなるかわからないけど、漁港の元締めとは知り合えた。そっちがダメでも、少量なら魚市場で魚介を買えそうだ。ネックである輸送手段さえなんとかすればどうにかなる、かなあ」
星空を見ながら呟く。
魚介を仕入れられるようになったところで、月間売上一億円の目標はまだまだ遠い。
けど日常使いが見込めるスーパー部門の充実は、アイヲンモール異世界店の売上を伸ばす第一歩だ。
まだまだハードルはあるけど、一回目の視察で進展があっただけマシだろう。
そんなことを考えていると——
「おおっ! 見えたぞナオヤ!」
「すげえ……ぼんやりでも明かりがついてるってダンジョン並みじゃねえか……すげえな店長さん」
バルベラが向かう先、暗い地上にポツンと明かりが見えた。
森の切れ目で、明かりに照らされて巨大な建物が浮かび上がる。港町や最寄りの街のような外壁はない。
モンスターがはびこり電気もないこの世界ではありえない光景に、イグアナはぽかんと口を開けている。
そういえばイグアナが来店されたのは昼間でしたっけ。
日本の郊外ではよくある景色で、むしろちょっと暗いぐらいなんだけど。
「翼よ! あれがアイヲンモール異世界店の灯だ!」
「お、おう、店長さんいきなりどうした?」
「気にするな竜人族の男よ。ナオヤは時々ああなるのだ」
「ふふ、きっとバルベラちゃんに着陸地点を教えたかったんですよ」
……。
…………。
アイヲンモール異世界店の灯がぐんぐん近づき、バルベラが羽ばたいてスピードを落とす。
離陸した時と同じように、屋上に着陸する予定だ。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから25日目、もうすぐ日付が変わって26日目。
馬車で片道二週間かかるはずの視察は、丸一日で終えることができました。
……その、アンナさんの信頼がいたたまれないです。
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業務日報
2019年5月25日
アイヲンモール異世界店
店長/谷口直也
日間売上/418,000円
日間客数/167人
月間累計売上/10,775,000円
月間累計客数/3,369人
報告事項/
港町を視察してきました。
従業員のコネクションにより漁港の元締めと話をすることができました。
流通を構築できれば魚介を仕入れられそうです。
昨夜遅くの出発で本日深夜の帰還になったため
詳細な報告書は後日送付します。
ご寛恕ください。
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