第五話 あれ? 大丈夫ですかアンナさん? 塩って魔除けとか浄化の効果があるんじゃないんですか? 元の世界だけなのかな
港町にはあっさり入れた。
アイヲンモール異世界店の最寄りの街に入る時と同じように、株式会社アイヲンの社員証を見せた、わけじゃない。
異世界生活25日目にもなれば俺も学んでる。
騎士団所属の派遣聖騎士クロエに頼んで、身分証を用意してもらっていた。
いわゆる「ドッグタグ」みたいな小さな金属片には魔法処理がされているらしい。
国内ならどこの街でも使えるとか。
届くのに時間がかかったけど、問題なく港町にも入れた。
さすがにアイヲンの社員証じゃ入れなかったと思う。
「よし、みんな問題なく通れたな」
クロエと一緒に門前広場で待ってると、すぐにアンナさんとバルベラ、バルベラママさんも門を通過してきた。
バルベラはワンピースの中に腕を突っ込んでゴソゴソしてる。あ、そこに身分証入れてたんすね。というかドラゴンも身分証もらえたんすね。派遣聖騎士すごい。
アンデッドのアンナさんは平然と笑顔だ。クロエから身分証をもらえなかったはずなのに街に入れたらしい。詳細は聞かない。聞かないことにしておく。俺は知らなかったんです。
バルベラママさんは門番のチェックをすんなり通過した。顔パスらしい。というか、整列した兵士たちの敬礼を受けている。本人は背後に目もくれない。え、これドラゴンってバレてませんかね?
「問題ない。通れたってことは問題ないんだ。考えるな俺。感じるな俺」
ボソッと呟く。
現実逃避したまま合流して大通りに目を向ける。
王都と直通の街道で繋がっているだけあって、港町はデカい。
高い場所にある外壁と門から浜辺までびっしりと建物で埋まってる。
けど白い壁とオレンジ色の屋根のせいか圧迫感は少なかった。
せいぜい4、5階建てで、地面の高低差があるからかもしれない。
白浜はゆるいカーブを描いて、中型船は左右の岬にある港に停泊してる。
「空も海も青いし、日本にあったら観光地になりそう。あー、海の色があそこで変わってる。だから大型船は港の外に停まってるのか」
港町は岬と岬の間にあるらしい。
街の北寄りから海まで川が流れていた。
「水にも恵まれてると。坂と階段が多いし、長崎っぽい。けど色合いで言うと南フランスとかそっちの方っぽいかなあ。ニースとか?」
行ったことないから知らないけど。
高低差のある大通りを見下ろす。
街ゆく人はさまざまだ。
アイヲンモール異世界店もいろんな人がいたけど、パッと見た感じでも港町の方がいろんな人がいるように見える。
日焼けした人族、港町なのに色白で金髪のイケメン中年、コレットみたいな犬耳や猫耳がある獣人、手も首もふさふさで顔も犬っぽいタイプの獣人、首すじにウロコっぽいものが見えるのは爬虫類系の獣人だろうか。いわゆるリザードマンみたいな、二足歩行で人間サイズのトカゲの姿も見える。
服は薄手で、ちょっとダボっとしたものを着てる人が多い。
そういえば、港町近くが故郷のバルベラパパさんもバルベラママさんも似たような服だった。
いまはちょっと汗ばむぐらいだけど夏場はさらに暑いのかもしれない。
「陽射しは遮って通気性を確保すると涼しいらしい、じゃなくて。待って。二足歩行タイプの獣人さん多くない? え? アイヲンモールじゃ数人しか見かけなかったのに?」
「ふふ。最寄りの街でもこれぐらいいますよ。やはり魔力のない頃のナオヤさんには、違った風に見えていたのですね」
「へえ魔力。魔力のせいかあ。異世界ヤバイ」
大丈夫、大丈夫だ。
むしろこっちの人と同じように見えるのはメリットだ。
売り出す商品を考える店長としてはメリットしかない。日本と同じデザインの服を売り出したら失敗するかもしれないし。尻尾を通す穴がない!って言われて。
うつろな目のまま大通りを見る。
坂や階段が多いせいか、馬車や荷車は見かけない。
木枠に荷物をぎっしり乗せて背負う人もいれば、肩に担ぐ人、頭の上に乗せる人もいる。異国っぽい。アイヲンモール異世界店がある領地と同じ国らしいけど。
「ここが港町か! なんだか変わった匂いがするな! 生ぬるくてベタついて匂いつきで、気持ちよくない風というのは初めてだ!」
「そっか、クロエも港町に来るのは初めてだって言ってたっけ。生まれも育ちも海なし県だから気持ちはわかる」
「私はひさしぶりの港町です。ふふ、慣れれば潮風も心地よいものですよ」
「あれ? 大丈夫ですかアンナさん? 塩って魔除けとか浄化の効果があるんじゃないんですか? 元の世界だけなのかな」
俺と同じように、いや、初めて訪れる港町をただワクワクして眺めていたクロエ。
アンナさんは俺たちを見ながら余裕の笑顔だ。
「魚介類を仕入れるための視察ですからね、まずは市場と漁港を見たいところです。あとは何軒か流行りの食堂を見られれば」
「……ご飯?」
「まだ早いから、もう少ししたらな。そうだバルベラ、故郷が近いってことは市場の場所を知らないか?」
バルベラはこてんと首をかしげる。
知らないらしい。うん、薄々わかってた。
「いいでしょう、私が案内しましょう。ついてきなさいニンゲン。さ、行きましょうバルベラちゃん」
バルベラの様子を見かねたのか、バルベラママさんが案内してくれるらしい。
娘と手を繋いで、俺たちの前を歩き出した。
濃い青色の尻尾が揺れる。
俺がアイヲンモール異世界店の店長になってから25日目。
初めての港町の視察は、ドラゴンに案内されるみたいです。
異世界っぽいけど人化してるから問題ない。問題ないはずだ。問題ないといいなあ。