留学生と魔女③
「バ、バーナード様……わたしたちはお話ししていただけでっ」
「お前は黙ってろ。俺はケイに聞いているんだ」
慌てて弁解するエイミーを、バーナードがぴしゃりと遮る。
(あわわ……ケイは距離感が近いだけなのに、そんなふうに言われて困っているんじゃ……嫌な思いをしていたらどうしよう)
ちらりと前髪の隙間からケイを見れば、彼はいつも通り穏やかに笑っていた。
エイミーが良かったと思うと同時に、ケイが口を開く。
「久しぶりに会ったと思ったら、いきなりなんだい? バーナード」
「それはこっちの台詞だ。俺がいない間にエイミーにちょっかいかけようってか?」
穏やかな口調のケイに対して、バーナードは喧嘩腰だ。
(あああ、そんな過剰に反応したら秘密がバレてしまいますよ……!)
心の中でバーナードに訴えていると、ケイがクスリと笑う。
「だって、まだ候補なんでしょ? エイミーが異性と話して問題ある?」
(ほら……つっこまれた!)
バーナードは責任感の強い男だ。だからこそエイミーの婚約者として振舞うし、秘密を守るために他人を近付けまいとする。だが、他国から来たケイにそれが過剰に見えるのは当たり前だ。
「実質、俺で決まっているようなもんなんだよ」
「え? それどういう事情で?」
ケイの疑問にバーナードが言葉を詰まらせる。
(ううう、言えないのにそんなこと言うからあ……)
特級愛し子であるエイミーの結婚相手は、魔力量が多く、秀でた者。国がそう定め、今条件に当てはまる歳の近い男性はバーナードだけだ。しかしそれ以上の者が現れれば相手は交代される。愛し子は遺伝するわけではないが、精霊たちはエイミーの子孫までも守ると豪語している。だからこそ特級愛し子に認定されたわけだが。そういうわけで、国はエイミーが二十歳になるまでと期間を決め、密かに最良な候補を探し続けているのである。
もちろん、そんな事情を明かせないバーナードが唇を曲げていると、ケイは閃いたように言った。
「エイミーを取られたくないからそんなことを言うんじゃないかい?」
「そんなわけあるか!!」
エイミーが「ふえ!?」と驚くと同時に、バーナードが否定を叫ぶ。
「こんな陰気な薬オタク、他に貰い手がないから仕方なく俺が貰ってやんだよ!」
(つい本音が漏れていますが、上手く誤魔化せています……!)
事情は言えないが、義務でエイミーと結婚することになるであろうバーナードの本音が、それっぽい説明になっている。バーナードの暴言はいつものことなので、エイミーは気にするどころか、むしろ感心した。
「エイミーは陰気じゃない。明るい子だよ」
「ほえ!?」
ケイが聞き捨てならないとばかりに、眉を寄せて言った。
「こんな可愛い子を仕方なく貰うなんて言っていると、他の男にかっさらわれるよ?」
「はっ……例えばお前とか?」
バーナードの挑戦的な目に、ケイが意味深に笑う。
(ふわあああああ! ケイはわたしをかばってくれただけ! それだけよ、エイミー!)
嬉しい言葉ばかりくれるケイに、エイミーの感情がぎゅんと急上昇する。
「話が逸れたけど、僕は同じ研究者としてエイミーと薬を作りたいって言っただけなんだけどな?」
(あ、そうだった……)
極めて冷静にケイが告げれば、エイミーの目が点になる。
確かにケイとはそんな話をしていたのだ。バーナードが婚約者だなんだのと騒ぎ出しただけで。
しかしバーナードは納得していない顔で唇を尖らせた。
「……お前は同僚の身体を寄せて、口がつきそうなくらいの距離で話すのかよ?」
言いかたがいやらしい。ケイは人より距離感が近いだけだ。エイミーがそう思っていると、ケイはふはっと息を吐きながら笑った。
「それはごめんね? エイミーが可愛くてつい」
「ふわ!?」
とんでもない発言がケイから飛び出た。エイミーも奇声とともに飛び上がる。
「エイミーはまだ誰のものでもない。だったら、僕と仲良くしてもいいだろう?」
ケイはテーブルの横に出ると、エイミーの手を優しく引いた。
肩に乗っていたバーナードの手が離れ、エイミーの身体はケイに引き寄せられた。
「薬ならこいつより、研究チームの奴らと作っていたほうが有意義だぞ? エイミーは魔力量も少ないからお前の研究に役立たないだろう」
エイミーと引き離されたバーナードは、額に青筋を浮かべている。
「エイミーは知識もあるし、優秀な研究者だよ。君は知らないのかい?」
バーナードの言葉にケイが挑戦的に返した。
バーナードはもちろんエイミーの能力を知っている。ケイとこれ以上関わらないようにと思っての発言だったのだろう。言い返すのをこらえているが、顔が怖い。
(ど、どうしたら……)
エイミーがおろおろしていると、精霊たちがどこからともなく現れた。
「お、エイミーを取り合っての男同士の勝負か?」
「あたしたちのエイミーの良さをわかるなんて、このイケメンやるわね!」
「わたし、断然こっちのイケメン推し!」
ワイワイと騒ぐ精霊たちがケイの周りをぐるぐると飛び回る。
(あ、ウニョちゃんがいないから……)
普段はウニョを恐れて近付いてこない精霊たちだが、ケイといるときは連れ歩いていない。最近の様子を観察していた精霊たちは、ここぞとばかりに出てきてしまったようだ。
「わ……自然がないところでも寄ってくるんだね?」
精霊たちを見上げてケイが笑う。精霊たちはケイが気に入ったようで、ケイの手や頭、肩に乗ったりしている。
(あの子たちが自ら触れるなんてめずらしいな)
精霊は魔術師から魔力を貰うときだけ、人に触れる。エイミーのような愛し子以外とは基本触れ合わないのだ。それでも魔力に惹かれて周りを飛んだり、自然を好むので畑に出没したりはする。ここはカフェなので、建物の中に精霊が入ってくるのはめずらしいのだ。
「このイケメン、エイミーのこと否定しないから好き~」
「あとね、魔力が心地いいの」
(ケイの魔力量が多いからかな?)
精霊たちのおしゃべりを聞きながら考えていると、バーナードと目が合った。鋭い目が精霊たちを帰らせろと言っている。
(うう……ケイがいるのに話しかけられないよ)
困るエイミーのことは気にせず、精霊たちはおしゃべりをやめない。
「あら、でもこの素直じゃない騎士も、エイミーを守っているからあたしは好きよ」
「えー、ひどいことばっか言うのに?」
「おこちゃまにはわからないわよ」
「まあ、魔力は美味いよな」
今度はバーナードのことを好き勝手言っている。なんとも人間らしい精霊たちである。
「ふふ、楽しそうだけど、何を話しているんだろうね?」
「何を話しているんでしょうねえ~?」
嬉しそうに精霊を見つめるケイからエイミーは目を逸らす。
前髪の隙間からケイの肩に乗る精霊を見上げれば、バチンとウインクされてしまった。
(み、みんなあ~?)
「ねえねえ、エイミーはこっちのイケメンが好きなんだよね?」
「エイミーもおこちゃまだから、この騎士の魅力がわかんないんだわ」
今度はエイミーに話しかけてきた。魔術師は精霊が見えても、意思疎通はできない。エイミーは愛し子なので会話ができるのだが、聞こえないふりをした。ダラダラと冷や汗が流れる。
エイミーはケイの隣にいるから、エイミーの周りを飛んでいても不思議に思われないだろう。
「わ、ほらエイミー、精霊たちも君を好きみたいだ」
「あ、あははは」
無邪気に喜ぶケイに、エイミーは笑顔を張り付けた。王国では精霊が多く存在するため、めずらしい光景ではない。圧倒的に魔術師の数が少ない帝国はそうではないのだろう。
純粋に喜ぶケイに、正体を隠して騙さなければいけないという気持ちがズキリと音を立てて心臓を抉った。
きっとケイは、魔力量の少ないエイミーもこんな光景を見るのは多くないと思っているのだろう。
(どこまでも優しい……)
バーナードは諦めたのか、むすっとエイミーを睨んでいる。
「エイミー」
精霊たちに囲まれたケイがエイミーの右手を取り、そこに精霊を乗せる。
「可愛いね」
精霊を挟んでケイの透き通る瞳がキラキラとエイミーを見つめた。
「はい……」
嬉しそうなケイに、もうしばらくこのままでもいいかとエイミーは思う。
睨んでいるバーナードのことなど気にならないくらい、エイミーの頭の中はケイの笑顔で占められていた。




