留学生と魔女④
「みなさーん、一列に並んでくださーい!」
植物園の一般エリアに職員の大きな声が響く。
今日は月に一度の薬の頒布会だ。
フェリーク王国では一定の収入を下回る者、孤児院など薬を買う余裕がない者たちに対して、こうして月に一度薬を無償で与えていた。植物園に足を運べない者には、後日届けられることになっている。
申請されたすべての人に対応するため、この日は植物園の職員が総出で取りかかる。騎士団からも警備が派遣され、その指揮はバーナードがとっていた。
エイミーももちろん手伝いに駆り出される。目立たないようにテントの裏で薬を補充する係だ。
テントの表では数十人の魔術師が訪れた人たちに対応して、薬を渡す。エイミーのテントの前にいるのはセレナだ。
セレナは人気者だが、魔術師を選んで並ぶことはできないので、ここだけ忙しいということはない。園長の計らいでいつもは一人でテント裏にいるエイミーだったが、今回は違った。
「エイミー、かぜ薬を持ってきたよ」
「ケイ、ありがとう」
木箱を抱えたケイにお礼を伝えると、エイミーは空になった木箱と差し替える。
「今度はどの薬を持ってくる?」
「ええと、セレナ様の列は孤児院の方が多く配置されているみたいなので、かぜ薬をもう一箱お願いします」
「わかった」
リストを見ながら伝えれば、ケイは笑顔で返事をしながら空の木箱を抱えてテントを出ていった。
近くの研究室にはあらかじめ用意された薬が並んでいて、足りなくなればそこからテントまで運んで補充できるようなっている。
今日は多くの一般人が来ているため、所々に騎士が配置されている。そのことからエイミーがついて回らずとも、ケイは自由に二地点を行き来できていた。
(ケイって、本当に良い人だなあ)
この頒布会を知ったとき、ケイは真っ先に手伝いたいと言ってきてくれたのだ。
彼は研究チームとも上手くやっているらしく、エイミーの元にも良い噂しか届かない。エイミーがケイのホスト役をしていることさえ、「仕事がない可哀そうな魔女に温情をかけてあげるなんて素敵!」とケイの株を上げていた。エイミーとしては、また男漁りなどと不名誉な噂が流れなくて良かったと思っている。
(ケイの側にいられれば、片思いをまだ味わうことができる……)
うふふと笑っていると、セレナがテントに入ってきた。
「あ、休憩ですか?」
「うん。ねえ、エイミーはさ、恋がしたいって言っていたけど、ケイのことが好きになったの?」
セレナに突然聞かれたエイミーは、顔を赤くした。
エイミーの秘密を知るセレナは、普段エイミーと接触しないようにしてくれているが、二人きりのときはこうして気さくに話しかけてくれるのだ。
「うん。まあ、皇子様なのに良い人だもんね」
真っ赤な顔を返事だと受け取り、セレナは続けた。
「じゃあさ、おしゃれしたいと思わない?」
「お、おしゃれ!?」
目立たずに生きるがモットーなエイミーには程遠い単語だ。
「だって、好きな人の前では可愛くいたいと思うのが恋でしょう!?」
セレナは伯爵令嬢だが、恋愛小説が大好きらしい。会えばエイミーの恋話に付き合ってくれている。
「だいたい、お給料を何に使っているの?」
「えっと……実家に仕送りを」
エイミーは平民だ。実家は裕福ではないため、給料のほとんどを実家に送っていた。それでも研究室に住み込んでいるから家賃はかからないし、食事も三食出るから困ることはない。
「ない……ないわ……」
ボロボロで汚いエイミーの制服を見つめて、セレナは溜息をついた。
「もし、デートに行くことがあったら、絶対に私に相談して!」
「えええ……」
そんな日はこないだろう。だってエイミーは気持ちを伝えたいわけでも、ケイとどうこうなりたいわけでもない。ただ、この片思いを楽しんで、宝物のように胸の中に閉じ込めたいだけだ。
エイミーがセレナに気持ちを伝えようとしたところで、テントの外から声がかかった。
「セレナ様、よろしくお願いします」
「わかりましたわ」
途端に、セレナが伯爵令嬢の顔に変える。
本当のセレナはサバサバとした性格で、親しい人の前でしかその顔を見せない。普段は『聖女』と呼ばれるに相応しい振る舞いをしているのだ。
(本当にセレナ様はすごいなあ……)
そんなセレナをエイミーは尊敬しているし、好きだと思っている。
「ああ、聖女様! あなたの薬のおかげで、子どもたちは救われたのです!」
頒布会が再会されたようだ。セレナの列に並ぶ一般人から感謝の声が聞こえてきた。
「最新の特効薬はあなたが開発されたとか! あなたは我々の聖女です!」
その賛辞から、周りの人たちからも歓声が起こる。他の列に並んでいる人たちも巻き込んでの大合唱だ。
「みなさんの健康を守るのが、植物園に勤める私たち魔術師の務めです」
セレナが発声すれば、シンと静まり返る。皆、聖女からのありがたい言葉を賜ろうと耳を澄ましているのだろう。
「どうか、これからも健やかに過ごしてください。そして、平和な王国作りにご協力ください!」
わああ、と歓声が起こる。
「聖女様!」
「聖女様!」
聖女コールが起こり、場は熱狂に包まれた。
エイミーはテントから顔だけ出し、場の様子を見る。すると精霊たちが集まり、セレナの足元を一周して通り過ぎていった。
魔力を持たない人に精霊は見えないが、魔力をまとわせた精霊たちがキラキラと発光し、その光は人々の目にも映ったのだろう。その神秘的な光景に人々は静かに声を漏らしながら見つめた。
(さすがだなあ……)
セレナが演出のために土の魔法を使ったのだと、エイミーにはすぐにわかった。
精霊は愛し子さえいれば留まるというわけではない。その国に争いがおき、荒れれば出ていってしまうのだ。
その理を理解している王国は、争いがおきないように、こうして貧しい人々にも手を差し伸べている。
セレナはエイミーの身代わりだけではなく、聖女としての役割を果たしていた。
国民の憧憬を集め、感謝する心、他人に優しくする心を説いている。そのおかげで国内の犯罪率は少ない。騎士団と聖女、この二つの存在が王国の平和を担っているといっても過言ではないのだ。
(わたしも薬作り頑張ろう……)
研究室に引きこもりだろうが、自分もその一員である。その証拠に、王国に出回っている新薬のすべてがエイミーの作った薬だ。エイミーは気合いを入れると、テントに引っ込んだ。




