留学生と魔女②
「今日はマリグラナに合わせる薬草をバーツにしてね」
「それはいいですね! 相乗効果で発熱も抑えられます」
ケイが留学にきて一週間。エイミーは研究の合間に、毎日彼を宿舎から研究室まで送り迎えしている。
ケイは気さくで、帰り道にその日研究した内容を話してくれていた。エイミーがつい熱量を持ってアドバイスしてしまったことがきっかけで、こうしてケイと薬について語り合うようになったのだ。ちなみにウニョは念のため研究室でお留守番だ。
「なんだ、この国ではもう辿り着いている結果だったんだね」
「でも、その着眼点を持てるなんてすごいです!」
今日も二人は植物園内の職員用カフェでテーブルを挟んで討論していた。
ここには他の職員も来るため、一番目立たない奥の席が定位置になっている。しかもケイは、エイミーを隠すように奥の席に座らせてくれていた。そんな気遣いまでしてくれるケイに、エイミーは絶賛片思い中なのだが、薬のことになるとつい流暢になってしまうのだ。ケイと薬について語り合う時間は単純に楽しい。
「つくづく、王国との発展の差を思い知らされてしまうな」
憂いをみせたケイに、エイミーは盛り上がりすぎたことに気づいて反省する。
「で、でででも、ケイが留学の成果を持ちかえれば、帝国の医療だって進みますよ!」
ケイはそのために王国へ留学に来ている。皇族なのに、国のために単身行動できる彼はすごい、とエイミーは思っていた。
(わたしなら無理だな……あれ、そういえば皇族なのに護衛もつけずに一人で来ているのかしら?)
王国は精霊の加護のおかげで、中心部には魔物が侵入してこない。さらに魔術師の数も多く、バーナードのように騎士団に所属している者がいて、ピンポイントで魔物を討伐している。そうして安全が守られている王国は、他国に比べれば平和だ。
(それにしても……国のために学びに出ている皇子に護衛を付けないもの?)
両国間の取り決めはエイミーにはわからない。帝国側が王国を信頼しているという意味で付けなかったのかもしれないし、王国側が秘密保持のために単身留学を条件にしているのかもしれない。
う~んと考えていると、ケイがまっすぐにエイミーを見つめていた。
「本当にそう思ってる?」
「お、思ってます!」
少しいたずらっぽく笑うケイに、エイミーは慌てて立ち上がり、叫んだ。
「ケイはわたしが時間をかけて辿り着いた答えにすぐに気づいたし、才能があります! それにすごく勉強家だし、きっとこの留学で学ぶことをケイは無駄にしないと思います。きっと、ケイは帝国の医療を発展させていく人なんだろうなって思います!!」
一息で言い終わり、ぽかんとするケイを見てエイミーは我に返った。
(わわわわ、偉そうに語ってしまった……それに、きっとって二回も言ったの嘘っぽかったかな)
カフェに人がいなかったのが幸いだ。こんなところを魔術師の誰かに見られては、また変な噂を流されてしまう。
「す、すみませ……」
いたたまれなくなり、隠れた目をさらに隠すように前髪へ手をやると、その手をケイが掴んだ。
「ありがとう」
「へっ……」
気づけばケイも立ち上がり、テーブルを挟んでエイミーのほうへ身体を乗り出していた。
「ケ、ケイ?」
前髪の隙間から見えるケイは、どこか泣きそうな表情をしていた。どう対応すればいいのかわからないエイミーは、おろおろと狼狽える。
「僕たち、似てるね」
「へえ!?」
いつものやわらかい笑顔に戻ったケイがエイミーを見つめる。
完璧で皆に愛される皇子様と自分のどこが似ているのだろうと疑問を口に出す前に、エイミーはピシリと固まった。
「そんなふうに褒めてくれて嬉しい」
優しい声色を紡ぐ唇から漏れた吐息がエイミーの耳をくすぐったからだ。
(ひゃ、ああああ!)
ケイは近すぎるくらいにエイミーの耳に唇を寄せている。異性との、しかも片思い相手との急接近にエイミーの心臓がばくばくとうるさい。
(こ、これが恋……! す、すごい……)
自身の大きな心臓の音に謎の感想を抱いていると、ケイのクスリと笑う声がまたエイミーの耳をくすぐった。
「エイミー」
エイミーの耳から顔を離したケイの顔が正面にくる。ケイの片手がさらりとエイミーの前髪を持ち上げた。
真っ赤になったエイミーが目を泳がせると、ケイはふっと吐息を漏らしてエイミーの目を覗きこんだ。
「僕はエイミーのことがもっと知りたいな」
「わ、わたしのこと……?」
「うん。君と薬の話をするのは楽しいから、もっと話したい」
なんだ薬のことかと安堵し、エイミーはケイを見た。
「わ、わたしも……ケイと薬の話をするの、楽しい、です」
これが恋というものなら、もっとケイといたい。でもそれ以上に、ケイには薬の知識も新しい着眼点もあって、エイミーは刺激を受けていた。だからこそ、もっと話したいと思ったのだ。
ケイはエイミーの返事にパッと顔を明るくさせた。
「本当? じゃあ今度、一緒に薬を作らない? 君が作るところも見てみたいな」
「えっ……」
そう言われて、エイミーは困った。
エイミーの製薬過程は国の機密事項。もちろん、ケイにも見せられない。一般的なすりつぶしたり抽出したりするやり方は、もちろんできない。
「エイミー?」
また泳がせたエイミーの目をケイが覗きこむ。この宝石のような美しい瞳に見つめられると、エイミーは吸い込まれそうになるのだ。
「嫌……だった?」
「い、嫌なんかじゃ……」
顔を曇らせたケイにエイミーはつい返事をしそうになる。だが、それを遮る言葉がカフェの奥から聞こえてきた。
「ダメに決まってんだろーが」
「バ、バーナード様!?」
そこにいたのは眉を吊り上げたバーナードだ。
彼は騎士団の魔物討伐で招集を受けており、しばらくエイミーのもとには来ていなかった。それをいいことに片思いライフを楽しんでいたわけだが、一気に現実に引き戻されてしまう。
「魔物討伐からお戻りになられたのですか?」
ケイとの日々が楽しくて、存在さえ忘れていた。エイミーは慌ててケイから離れると、ずんずん歩いてくるバーナードへと声をかけた。
エイミーのところまで来たバーナードは、横に並ぶと、エイミーの肩を乱暴に抱いた。
「ケイ、お前……婚約者がいる女に手を出すなんて何考えてやがる」
一気にピリリとした空気に変わり、エイミーは青ざめた。




