留学生と魔女①
「エイミー、王国の植物園は本当に広大だね! しかもこの国の精霊は人懐っこい」
「は、あ……」
次の日、エイミーはケイに植物園を案内していた。
なぜエイミーが案内をしているかというと、ケイが望んだからである。
『やんわりと断ったのですが、皇子が強く望まれまして……。彼は国賓です。無下にすることも、頑なに断って怪しまれることも避けたい。エイミー、仕方ないので正体がバレないよう彼のホスト役を務めてください』
園長の無茶ぶりを思い出して、エイミーはさっそく冷や汗をかいていた。
魔術師でもある彼の周りには、多くの精霊が集まっている。精霊は強い魔力を好むので、彼に集まってきてもおかしくはないのだが、エイミーは理由を知っていた。
「これがエイミーのイケメ~ン? 本当にかっこいいじゃない!」
「へえ、この魔力量、エイミーの隣に立つには合格点だな」
ケイの周りを飛びながら、精霊たちが好き勝手に騒いでいる。もちろんケイには何を言っているかわからないので、彼らが人懐っこく見えるだけだろう。
「帝国にも精霊はいるんですよね?」
エイミーが話題を変えて、ケイの視線を精霊たちから逸らす。その間にエイミーは後ろ手で手を振って精霊たちを散らせた。
「う、ん……いるにはいるけど」
歯切れの悪いケイにエイミーは首を傾げた。そのエイミーの顔を覗き込み、ケイが笑顔を作る。
「そうだ。セレナに聞いたんだけど、エイミーも研究チームの一員なんだって?」
「えっ……はい。一応……」
突然振られた話題に、エイミーは園長と考えた設定を思い出した。
『エイミーは一応研究チームの魔術師だけど、魔力量が少なくてみんなについていけないから、主に雑用を請け負っていることにしよう。加えて同僚との折り合いが悪いから、私の研究室に引きこもっているということにして……』
設定というより、植物園内でのエイミーの評判そのままである。
園長はこの酷い設定を口実に、ケイにやんわりとお断りしたらしいが、それでもエイミーを望んだという。
(どうしてだろう?)
エイミーの心臓がドキドキと高鳴る。彼とお近づきになりたかったので、正直嬉しいというのが本音である。
「エイミーはなんの研究をしているんだい?」
「えっと……薬の成分について、です」
こんなにも異性との会話が続くのは、バーナードを除けば初めてだ。
エイミーの返答にケイが「へえ!」と顔を輝かせる。
「僕と同じだね」
「殿下は水魔法が得意……なんですよね? 生育のほうではないのですね」
エイミーが疑問を口にすれば、ケイはずいっと顔を近付けてきた。この距離感に慣れないエイミーは、ドキリと心臓を飛び上がらせる。
「ケイって呼んで、エイミー」
「で、でもっ」
「今の僕は皇族じゃなくて、植物園の一員、だろう? 違うの?」
「違いません……」
ぱちりと片目を瞑るケイに、エイミーはぽーっとしながら答えた。
(魔術学園に留学していたころも、こうやってみんなと仲良くなったんだろうなあ……すごい)
顔を近付けたままのケイはにこりと微笑むと、エイミーの前髪をそっと持ち上げた。
「僕はエイミーともっと仲良くなりたい。だから、名前で呼んで?」
ばふんと心臓が音を立てて爆発しそうだ。エイミーは目をぎゅっと瞑ると、慌てて叫んだ。
「ケ、ケケケ、ケイ!」
「うん」
向けられたことのない優しい声が返ってくる。
エイミーはそろりと目を開け、上目遣いでもう一度声に出してみた。
「ケイ……」
「なあに? エイミー」
嬉しい。ふわりと笑って答えてくれるケイに、エイミーの頬が緩む。
特級愛し子に認定されてからは、こんなふうに他人と触れ合うことなどなかった。
(わた、わたしっ……ケイに恋をしてしまったかも)
憧れだった恋を前に、エイミーは熱く感じる頬を両手で挟んだ。ケイはクスリと微笑むと、エイミーから離れて、疑問に答える。
「確かに僕は水魔法が得意だけど、創薬に興味があってね。魔法植物……薬草の組み合わせは何通りもできるから、つい研究にのめり込んでね。気づいたらそちらの分野に進んでいたんだ」
ケイの説明にエイミーはなるほどと思った。生育の研究は完成されつつあるが、創薬はまだまだ未開地の領域がある。王国はその分野にも力を入れているから、ケイが学びにきたのも納得だ。
「あの……それじゃあ、なおさらホスト役がわたしで良かったんですか?」
ケイは研究チームに入って学びながら研究もする予定だ。
ケイは他国の人間なので、出入りできる区域が決まっている。宿舎からその区域を送り迎えするのがエイミーの役目だった。今日は初日なので、エイミーが植物園内を案内している。ケイは一般向けのツアーに参加していたみたいだが、畑などは職員しか入れないため、こうして一緒に回っているわけだ。
「研究チームの一員であるセレナ様が適任では……」
エイミーは正確には研究チームの一員ではない。一人だけのチームだ。研究チームに加わるケイには、同じチームの人間がついたほうが良いに決まっている。
エイミーがごにょごにょと口にすれば、ケイは目をぱちくりとさせた。
「エイミーもチームの一員でしょ?」
今度はエイミーが目を瞬いた。
ケイは園長が作ったエイミーの設定を聞いたはずだ。エイミーがチームと一緒に研究をしていないと。
(それでも、一員だって言ってくれるんだ……)
ケイの人柄に、温かさに、エイミーはどうしたって惹かれてしまう。
「もしかして、迷惑だった?」
顔をしょぼっとさせたケイがこちらを見る。
「ううん……わたしも、ケイと、仲良くなりたい……です」
思い切って言葉にしてみれば、萎れたケイの顔に笑顔が咲いた。
「本当? 嬉しいな。良かった、お願いして」
(はわわわわ!)
両手を優しくケイの手で包まれ、エイミーは赤面した。
(こ、これが恋というやつですか!! し、心臓がもたないっ)
優しい微笑みと言葉を向けてくれるケイは、間違いなくエイミーが出会った男性の中で一番素敵な人だ。皇族だとか、容姿を差し引いても彼は中身がかっこいい。
(どうせ三か月だけだもの……ひっそり片思いしてもいいよね?)
エイミーはやっと手にした恋を大事にするように、自身の両手をそっと重ね合わせた。




