恋がしたい魔女⑥
「ねえねえ、研究室見た?」
「見たわ! まさかファルファデの皇子様が留学に来るなんて!」
「私、学生時代に同じクラスだったんだけど、すっごい人気だったんだから! 研究チームの子が羨ましいわ!」
翌日、植物園内はケイの噂でもちきりだった。主に女性魔術師たちが色めき立っているようだ。
(すごい……もう人気者に……わたしとは真逆な方だなあ)
聞き耳を立てるエイミーは、園内の端っこを歩いて移動していた。
バーナードは今日、騎士団に召集されたためこちらには来られないらしい。その報告が記された手紙には、『一人で出歩くなよ』と念押しの言葉も書いてあった。が、エイミーはこれ幸いと畑に向かうことにしたのである。
(もしかしたら、ケイ殿下にお会いできるかも……? 元々畑には用があるんだから、これはついでよ!)
言い訳を心の中で呟きながら、エイミーは畑へと辿り着いた。
今日は失恋することも、絡まれることもなかった。よしっ、とガッツポーズをしていれば、肩の上の従霊が警戒をみせた。
「うにょ……」
「ウニョちゃん?」
ウニョが睨む先には、昨日絡んできた女性魔術師の二名がいた。彼女らは昨日のような華やかな格好ではなく、作業着姿で土をいじっている。他の魔術師はおらず、精霊もいない。どうやら雑用とは人力による畑仕事のことだったようだ。
「あんた……また来たの?」
一人がエイミーに気づいて、ギロリと睨んできた。もう一人もエイミーを見て立ち上がる。
(魔法が使えないから、手作業で植え替え作業をしているのね)
エイミーは昨晩、さっそく精霊たちに力を貸してあげてほしいとお願いした。彼らは頷いたが、すぐに貸すのは嫌だとも言っていたのを思い出す。
「……薬草を摘ませていただきます」
軽く会釈をして畑に踏み入れば、立っていたほうの魔術師がずんずんとエイミーに近付いてきた。
「あんた、あたしたちに呪いでもかけた?」
「ひゃい!?」
突拍子もないことを言われて、エイミーは思わず変な声を漏らした。
この世には呪いも存在する。黒魔法と呼ばれるそれは、王国では禁忌の魔法だ。まず、その魔法に力を貸す精霊はいないだろう。ブンブンと首を横に振るエイミーに、女性魔術師が詰め寄る。
「あんたみたいな陰気な魔女がいるから、あたしたちに精霊が寄り付かなくなったのよ!」
(ええええ……)
すごい言いがかりである。
エイミーが困っていると、もう一人の女性魔術師もやってきた。
「精霊が来ないと困るから、立ち去ってくれない?」
「あ、あのっ……でも、ここの薬草は誰でも採取していいはずで……」
「研究チームの魔術師だけね」
もごもごと訴えるエイミーに、女性魔術師は勝ち誇ったように告げた。
「あんたは研究チームの一員じゃないでしょう?」
「あの、でもっ……」
たった一人だが、研究員である。しかし立ち入り禁止区域近くで活動するエイミーが普段何をしているのかなんて、皆知らない。お荷物の陰気な魔女だと思われても仕方ないのだ。
(ううっ……ここにしかない薬草があるから、どうしても欲しいんだけど)
薬草畑は他にも点在していて、普段作る薬や研究に必要なものは、そこや自身の畑で事足りる。しかし、この畑は珍しい薬草を集めた場所で、今作ろうとしている薬に必須な薬草が生えていた。
エイミーがどうしたものかと途方に暮れていると、後ろから声が聞こえてきた。
「やあ、どうしたんだい?」
(この声……)
ドキン、とエイミーの心臓が跳ねる。
親し気で、優しい空気を含んだ心地いい低音。その声の主は、もう一度会いたいと思っていた人物だ。
「ケイ様!?」
エイミーの前に立ち塞がっていた二人が顔を明るくさせて自身の後ろに視線を送る。
エイミーは肩の上の従霊をそっと髪の毛の中に隠した。
「皇族のお名前を許可なく呼ぶなんて、あなたたちは魔法だけではなく、所作まで忘れてしまったの?」
さらに後ろから聞こえてきたのはセレナの声だ。
「セレナ、ここにいる間は同僚なのだから好きに呼んでくれて構わないんだよ」
「殿下がそうおっしゃるなら」
(す、素敵……!)
二人を咎めるセレナに、ケイは穏やかな声で言った。ときめくエイミーと同じく、前の二人が頬を染めている。
「ところで……聞こえてしまったのだけど、この子に薬草を摘ませてあげてくれないかい?」
ケイはそう言いながら、エイミーの隣に来た。ぽんっと肩に置かれたケイの手に、エイミーは心音を上げ、固まる。
「で、でも、ケイ様……その子は……」
ケイのお願いに怯みながらも、女性魔術師はちらりとエイミーを見た。よほどエイミーに薬草を渡したくないらしい。
「植物園に所属する魔術師は薬草の採取が許可されているはずよ」
「そうなのかい?」
セレナの発言に、ケイが驚いたように彼女らを見た。うっと言葉を詰まらせた彼女たちにケイが近付く。
「なら、よそ者の僕はダメなのかな?」
「ケ、ケイ様は、留学の期間あたしたちの仲間です!! 好きに使ってくださってかまいません!」
顔を近付け、しゅんとするケイに、一人が慌てて叫び、もう一人がコクコクと頷く。
「じゃあ、僕よりも先に所属している彼女もいいよね?」
「は……い」
キラキラした顔面の圧が強い。ケイの笑顔に二人は目をハートにして頷いた。
「……あなたたち、次の畑で作業よ。園長からの指示」
セレナの言葉に「げっ」と呻いた二人は、すごすごとこの場を去っていった。
(すごい……穏便に解決してくれた……!)
キラキラと輝かせた目は前髪で隠れているが、エイミーはケイの背中を見つめた。くるりとその背中が反転し、美しい顔がエイミーに向けられる。
「……本当は君が意地悪されているところから聞いていたんだ。すぐに助けられなくてごめんね」
「そ、んな! 助かりました! ありがとうございました!」
深々と頭をさげると、足元に影が落ちた。ケイのものだ。
エイミーが顔を上げれば、心配そうなケイの表情が前髪の隙間から目に映る。
「いつもあんなことを言われていじめられているの?」
「あんなこと?」
「魔女とか」
どうやらケイには序盤から聞かれていたようだ。気になる相手に変な噂を聞かれてしまったのは恥ずかしいが、仕方ない。エイミーは口角を上げると、あっけらかんと言った。
「いじめられてはいないですよ。あれは、その……仕方ないと言いますか……」
エイミーは同僚にすら本当のことを言えない。得体のしれないエイミーを気味悪く思うのは仕方ないのだ。それに加えて、研究ばかりでおしゃれに気を遣ったことなどない。伸びた前髪もボロボロのローブも陰気に見えるだろう。男漁りの称号は不名誉だが、エイミーにはどうでもいいことだった。
あははと笑うエイミーを見たケイが、大きく目を見開いた。その宝石のような瞳にエイミーは吸い込まれそうになる。
「驚いた……明るい子なんだね、エイミーは」
嫌味のない素直なケイの感想に、エイミーは顔をへにゃりとさせた。
「褒められた……」
陰気だとか、魔女だとか言われてきたエイミーが初めて言われた言葉だった。
これがバーナードなら、「褒めてねえ!」と怒鳴ることだろう。しかしケイは目を細めてエイミーを見つめた。
「その考え方、好きだな。君は素直で可愛いね、エイミー」
(また可愛いって言われた!!)
ふわりと笑ったケイの表情に、エイミーの体温がぎゅんっと上がる。
ドキドキとケイを見つめるエイミーに、ケイはさらに心臓が壊れそうなことを言ってきた。
「僕は君のことが気になるな、エイミー」
沢山のお話の中からお読みいただきありがとうございます!次話から第2章に入ります。
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