恋がしたい魔女⑤
エイミーに挨拶を済ませたケイは、そのまま見学ツアーに戻っていった。
ほう、と溜息をついたエイミーにバーナードが険しい顔で告げる。
「おい……あいつはダメだからな?」
バーナードの警告を聞きながらエイミーは考える。
(彼はファルファデと名乗った……それに、ミドルネームに属性を入れるのは帝国流。彼は水の魔法の使い手なのね)
エイミーは前髪を撫でながらバーナードを見た。すっかり目が隠れて、バーナードからは見えないだろう。
「あの方は……ファルファデ帝国の皇族の方なんですね?」
「ああ……そうだよ。第三皇子だ」
バーナードはガシガシと頭をかきながら、不機嫌そうに答えた。
「そんな方とバーナード様がどうして?」
バーナードは皇族にも関わらず、ケイに対してフランクな話し方をしていた。
ファルファデ帝国とは今でこそ親交があるが、昔は戦争をしていた隣国である。魔術が盛んなフェリーク王国に対して、ファルファデは武力国家だ。魔術師もいるようだが、昔から多くの魔術師を抱える王国とは比にならない。
そういうわけで、戦争において優位であった王国が平和を望んだため、帝国が受け入れる形で終戦したのだとか。
王国ではエイミーのような愛し子が代々輩出されており、エイミーの力は過去最高といわれている。だからこそ王国は大陸一の強国を保っていた。
今のファルファデ帝国とは、ケイのような皇族が留学に来られるくらいの関係性のようだ。
「魔術学園時代も留学で来てたんだよ、あいつ」
首を傾げるエイミーにバーナードが渋々といった顔で答える。
バーナードとは学園に通った時期がかぶっていないので、エイミーがケイを知らなくとも当然だ。
(でも、同級生だからって他国の皇族とあんなふうに話せるもの?)
残る疑問に首を傾げれば、バーナードの眉間が寄っていく。
「ケイは魔術の授業ではいつも一番だった。それで俺とあいつで競い合ううちに、自然と仲良くなったんだ。あいつは誰とも気さくに話すやつだしな」
なるほど。先ほどエイミーに接してくれた彼を思い出せば、ケイのほうからバーナードに歩み寄っていったのは想像できた。
(すごい……性格まで素敵なんて……)
たとえ社交辞令だとしても、エイミーを見ても嫌な顔をせず、笑顔で可愛いと言ってくれた。そんなケイに惹かれてしまうのは当然だと自分に言い聞かせる。
「おい……俺の話聞いていたよな?」
またぽーっとしていたエイミーにバーナードが釘を刺す。
「いいか? 今回は短期留学。三か月でケイはいなくなるんだからな。とにかくあいつだけはやめておけよ。他国の皇族なんて、お前は関わらないほうがいい」
「え、でももうお会いしないのでは?」
どうしてバーナードはこんなにも念を押してくるのだろうか。目を瞬くエイミーに、バーナードは嫌そうな顔で答えた。
「あいつの留学先はこの王立植物園だ」
その言葉に、エイミーは心の中で「ひゃああ!」と声をあげたのだった。
「エイミー、エイミー」
「どうしたの? ご機嫌だね?」
森の奥深くに足を踏み入れれば、精霊たちがすぐにエイミーの周りに集まってきた。
ここの精霊たちは誰とも契約していないので、夜になるとこの森に帰ってくる。精霊たちは自然を好むので、彼らが暮らすのに植物園は最適な場所だ。
精霊たちはまとった魔力を発光させながら飛び回っている。夜のこの時間は光がキラキラと瞬き、美しい光景だ。
開けた場所に精霊たちが集まる大きな木がある。エイミーは地面に飛び出た大きな根の上に腰掛け、精霊たちとおしゃべりを楽しむのが日課だった。
「えへへ、あのね、今日素敵な人に会ってね……」
「え~? 何、何? 恋しちゃったの?」
「その人、イケメン~?」
精霊たちは恋の話が好きなようで、いつもこうしてエイミーの話を聞いてくれる。
精霊たちはウニョを恐れ敬い普段は滅多に話しかけてこないのだが、基本は人懐っこい。
今はウニョがエイミーの肩の上で休んで眠っているため、気兼ねなく話せるようだ。
「うん。すごく綺麗な人でね、皇子様でね……それなのに偉ぶらなくて優しい人だったよ」
エイミーの話に精霊たちがきゃあきゃあと嬉しそうに飛び回る。まるでエイミーの心を表わしているかのようだ。
精霊たちと話しながら、エイミーはバーナードの話を思い出す。
(魔法植物の研究……あの人はどの分野なのだろう?)
ケイは研究チームに入って、チームの魔術師たちと一緒に薬の研究をするらしい。魔法植物とはいわゆる薬草のことで、帝国では魔法植物と呼ぶらしい。なんでも医療に力を入れたい帝国が、その分野を専攻する皇子にもっと学ばせてやりたいと王国に願い入れたのだとか。
(水魔法の使い手……わたしも一緒に研究できたらな……)
一人で研究するエイミーが今一番欲しいのが、水魔法の使い手である共同研究者だ。
(でも……無理ね)
バーナードに釘を刺されたばかりだ。きっとエイミーはケイと関わることはできない。
フェリーク王国は魔術に秀でた国だ。薬の分野でも世界に誇る技術を持っている。その技術は友好国にも学ぶ機会を与えている。が、エイミーが特級愛し子であること、作る薬のことはトップシークレットなのである。
「エイミー、元気だして」
「そのイケメンと恋しちゃえばいいじゃん」
しょんぼりするエイミーを精霊たちが明るく元気づけてくれる。なんとも人間的である。エイミーは精霊たちにお礼を伝えると、森を出て研究室へと帰った。
「エイミー、お疲れ様」
研究棟の前でエイミーを出迎えたのは、この植物園のトップである園長だ。
園長は庭にあるエイミー専用の畑にジョウロで水をやってくれていた。
「園長! すみません……!」
慌てて駆け寄ると、園長は目を細めてエイミーを見る。
「エイミー、本当は研究チームでみんなと研究したいんじゃないかい?」
園長はエイミーの秘密を知る数少ない関係者の一人だ。薬学会の権威である彼は、これまでに多くの功績を残している。エイミーも彼の著書は読みつくしていて、尊敬する上司だ。
「わたしがいると……精霊を恐縮させちゃいますから……」
畑の前で横並びになり、エイミーはぼそぼそと呟いた。
「それは……そう、なんだけど」
園長は苦笑して、そのまま言葉を詰まらせた。
園長もわかっているのだ。エイミーが同僚たちと一緒に研究をするのは難しいということを。
エイミーの力は一部の関係者以外には秘匿。エイミーが従霊と薬を作る過程を見られれば、芋づる式に能力がバレてしまう。何より、従霊のウニョがその場を圧倒してしまえば他の精霊たちが萎縮して、魔術師たちが使う魔法に影響を与えてしまうかもしれない。エイミーが一人で引きこもるのには、そういった理由もあった。
「みんなの仕事や研究を邪魔したくありませんから」
「それでも、自分の功績を公開したいと思わないのかい?」
園長は研究者でもある。研究者ならば自らが生み出したものを発表したいだろうとエイミーに問うているのだ。
エイミーは笑顔を作ると、園長を見た。前髪で目が隠れているが、口角が上がっているからわかってもらえるだろう。
「薬はわたし一人の力でできるものではありません。薬草を育成する魔術師や管理をする人たちがいてこそ、わたしは研究ができます。だからそれ以上は望みません。ここには精霊たちがいて、多くのことを叶えられますから」
本心だった。
もちろん仲間がいれば良いなあとも思うが、エイミーは自分の役割を理解しているつもりだ。
エイミーを理解してくれている園長は申し訳なさそうに微笑むと、また畑に視線を落とした。
「昼間……君に暴言を吐いた魔術師二名が魔法を使えなくなり、雑用に回ることになった」
魔術師の損失は、国の損失だ。重苦しい声色で話す園長に、エイミーは明るい口調で答える。
「精霊さんたちに協力してくれるよう、お願いしておきますね!」
「……すまない」
植物園で一番偉いはずの園長がうなだれるように頭を下げるので、エイミーは慌てて首を横に振った。
魔術師は精霊に魔力を渡して、魔法を使う。それが当たり前になっているからみんなは気づいていないのだろう。精霊がその魔術師を拒否すれば当然、魔法が使えないということを。
エイミーは全精霊が愛する特級愛し子だ。その愛し子を目の前で傷つけてしまったから、あの女性魔術師は精霊から見放されたのだろう。だがエイミーがお願いすれば、また力を貸してくれるはずだ。
「魔力を好むくせに、変なところ人間くさいですよねえ……あの子たち」
「精霊をそんなふうに言えるのは君だけだよ。愛し子が君で良かった……でなきゃ国は滅びていたよ」
園長はエイミーに顔を向けると苦笑した。
その表情にエイミーも困ったように笑った。自身も自覚はしているのだ。そのお願いが、毒にも薬にもなるということを。




