恋がしたい魔女④
「おい、もっとこっちに寄れ」
(いやあああ!)
次の日、エイミーはバーナードと植物園内を歩いていた。
今日こそ目当ての薬草を摘みたい。バーナードがいれば、あの魔術師たちも絡んでこないかもしれない。そう思ったエイミーはバーナードと畑に向かっていたのだが、隅っこを歩いていたところをバーナードに大声で呼ばれてしまった。あらぬ噂を立てられたくないというのに。
(も、もしかしたら素敵な出会いがあるかもしれないし?)
恋を諦めきれないエイミーは、目立たぬようにバーナードから距離をとる。それなのにバーナードに腕を掴まれ、距離が縮まってしまった。すでに一般公開エリアまで来ており、ここには植物園に勤める魔術師たちが大勢行き交っているのだ。
きょろきょろと挙動不審に辺りを警戒すれば、バーナードに怒鳴られる。
「お前! 俺から離れようとするんじゃねえ!」
「しーっ! こっちは目立ちたくないんですよお~」
エイミーが情けない声で訴えれば、バーナードがごにょごにょと呟く。
「目立ったほうが、婚約者としてアピールできんだろーが……」
バーナードの言葉を聞き取れなかったエイミーは、手を前に出して続けた。
「それに、火魔法を扱うあなたが近付いたらウニョちゃんが燃えちゃうかもしれないので」
「燃えるか!!」
バーナードに再び怒鳴られて、エイミーはぴゃっと肩をすくめた。
エイミーは国一番の魔力量を誇る魔術師なので、その従霊であるウニョも精霊の頂点といえる。
だから普通にエイミーのほうがバーナードより強いし、精霊を燃やすなんてできないことは明らかなのだが、いかんせん相性が悪い。緑は火で燃えてしまうのだ。
「こちらはマリグラナの木です。風邪薬にも処方されますので、みなさんにも馴染みがあると思います」
バーナードと言い合っているうちに、研究チームによる植物園ツアーの団体が来てしまった。今日は見学人数が多いようだ。それもそのはずで、エイミーは案内を担当する人物を見て納得した。さっと茂みに隠れて様子を見守る。
「お、今日はセレナが担当か。相変わらず人気だなあ。あの見た目に騙されて何度も通う奴がいるみたいだぞ?」
隠れていたエイミーの隣にバーナードもやってきて、背を屈ませた。
「セオドアもあいつのこと好きなんだっけ?」
「傷抉るの好きですね?」
ぷぷっと笑うバーナードに、エイミーは半目になった。
セレナ・ヴァルターンはエイミーの一つ年上で、植物園で働く職員だ。美人ですらりと長い手足、美しいラベンダーの髪にキュートなレモンイエローの瞳の彼女は、植物園の内外問わず人気者だ。土魔法が得意で、研究チームで土壌の研究をしながらツアーガイドも務めている。
また、エイミーの存在を隠す隠れ蓑として彼女は抜擢されている。薬は植物園が作ったことになっているが、彼女はその容姿から聖女だと崇められ、最近普及している効果の高い薬は彼女が作っているのではともっぱらの噂だ。もちろんその噂は王家が流したものだし、エイミーは気にしていない。むしろ、彼女が前に出ることで危ないことだってあるかもしれないのだから、感謝しているくらいだ。彼女にももちろん護衛はついているが、それでもとエイミーは思う。
(わたしだったら怖くて無理だなあ……セレナ様はいつも堂々としていてすごいや)
ツアーの様子を見れば、みんなセレナに釘付けで説明を聞いている。
このツアーは植物園の入場料を払うだけで参加できるのだが、セレナのおかげで入場者が三倍になったらしい。王立とはいえ、研究に国家の予算を多く注ぐわけにはいかない。この収入はこの国の医療の発展にも繋がっているのだ。そればかりか、植物園の重要性を国民が理解してくれるようになり、活動もしやすくなった。セレナの存在は国のためになっている。
『責任を持てよ』
バーナードに言われた言葉がエイミーに重くのしかかる。
薬の研究は楽しいし、精霊たちもこの国も大好きだ。
(でも恋をしてみたいって、そんなに悪いことなのかな?)
バーナードはまだ婚約者ではないのだ。だったら一度くらい、良いではないかと思ってしまう。
「げ」
ぼんやりと考えていると、隣のバーナードから心底嫌そうな声が聞こえてきた。何かあったのかと顔を上げれば、いつのまにか眩しいくらいのイケメンが目の前に立っていて、茂みに隠れる二人を見下ろしていた。
「やあ、こんな所でかくれんぼかい?」
その青年の髪は日の光を落としたような綺麗な金髪で、瞳は透き通る宝石のような水色だ。
(素敵な人……)
思わず見惚れるエイミーを隠すように、バーナードが素早く立ち上がる。
「お前! 来るの明日じゃなかったのかよ!」
「ふふ。早く着いてしまったから、王国が誇る植物園でも見学しようと思ってね。もちろん、国王陛下の許可は得ているよ?」
どうやら二人は知り合いのようだ。あ然とするエイミーに目を向け、青年がにっこりと微笑む。
「この子が君の婚約者候補? 可愛いじゃないか」
「本気か?」
(可愛いって初めて言われた……!)
失礼なバーナードの返答はエイミーにとっては聞き慣れた言葉なので気にならない。それよりも可愛いと言われたことに心が浮上して、顔が赤くなる。
「僕は、ケイ・アクア・ファルファデ。ファルファデ帝国から短期留学で来たんだよ」
「おい!?」
そう言ってケイは制止しようとするバーナードを無視してエイミーに近寄る。いまだ植え込みの後ろでしゃがみ込んでいたエイミーの手を優しく取ると、立たせてくれた。
「君の名前は?」
「エイミー・モードレッド……です」
ぽーっとケイを見つめるエイミーの目は前髪に隠れている。その前髪をそっとケイが手で上げ、エイミーを覗き込んだ。
「エイミー、仲良くしてね」
「はい……」
開けた視界、近付いたケイの顔は優しく笑っていた。エイミーはすっかり彼に心を奪われて、気づけば返事をしていた。
隣で舌打ちをしながら頭をかくバーナードなど気にならないほどに。




