恋がしたい魔女③
「お前の薬は苦いからな……今日は大丈夫だろうな!?」
研究棟に入り、二階に上がる階段の途中でバーナードが叫ぶ。
(あ……薬草摘めなかったんだった)
目的の薬草を摘めなかったことを思い出し、エイミーは考え込む。
(本当は塗り薬を作りたかったんだけど……まあ仕方ないか)
「おい!?」
エイミーの前にバーナードが回り込み、「聞いているのか?」と顔をしかめる。
「大抵の薬草は無味なんですけどね……」
それがどうしてか、バーナードに作る薬は苦くなる。屈強な騎士であるバーナードが顔をしかめるくらいだ。だから塗り薬を作ろうと思っていたのに。
「どうぞ」
まあ仕方ないかと思いながらエイミーが研究室の扉を開く。
「……お前……結婚前に片付けができるようになっておけよ……」
部屋を見たバーナードが呆れながら部屋に入った。
(何度も来ているのに今さらだなあ)
そう思いながらエイミーは、積みあがった資料や本でできた狭い道を通り、奥の部屋へと進む。そこだけは綺麗に整頓されており、瓶や薬草がずらりと棚に並んでいた。
エイミーは必要な薬草の瓶を手に取り、目分量で取り出す。そして肩に乗る従霊に声をかけた。
「ウニョちゃん、お願い」
「ウニョ!」
ウニョはテーブルに飛び降りると、たちまち大型犬ほどの大きさに姿を変えた。
「ほいっ」
「ウニョ!」
ウニョが大きく口を開け、エイミーが薬草をそこに投げ入れていく。
全部の薬草を入れ終わると、次は瓶を入れた。するとウニョが光り輝き、花びらの一部がポンっと瓶になる。それを摘み取ると、エイミーはバーナードに差し出した。
「……相変わらず気持ち悪い作り方だな……他の奴には見せるなよ」
「どのみちウニョちゃんの正体を知られてはいけませんから」
エイミーはウニョに力を借りて最高品質の薬が作れる、緑の魔術師だ。
エイミーの魔力量は世界で一番と言われている。その証拠に属性に関係なく、フェリーク王国に住むすべての精霊に愛されていた。気づけばエイミーの周りに精霊たちが集まり始め、この国には多くの精霊が留まっている。魔法は精霊の力を借りて成り立つため、精霊が減少すれば、それは魔術師の減少にも繋がる。
それもあり、エイミーは国から特級愛し子の称号を得てしまった。父母は普通の平民で、今ものほほんと暮らしている。もちろん特級愛し子だということは秘密だ。エイミーは魔術師の才能があると国から推薦されて、魔術学園へ行ったことになっている。
魔術学園には本当に行ったが、エイミーは飛び級をしてわずか十五歳で卒業し、王立植物園に就職した。ここで個人の研究室を作ってもらい、ずっと一人で研究をしている。
エイミーの存在を秘匿したい王国は、護衛という名の監視役としてバーナードをエイミーに付けた。
彼は婚約者候補だが、まだ婚約者ではないのでそのことを知る者はごくわずか。
バーナードはメンデス侯爵家の長男で、エイミーから二年遅れで魔術学園を首席で卒業している。彼の属性を表わすような髪は鮮やかな赤で、その瞳も同じ緋色で美しい。次期侯爵で騎士団のエリートともなれば、注目を浴びる。そんな男がしょっちゅうエイミーと並んで歩いていれば、エイミーがご令嬢たちに目をつけられるのは当然だ。
この研究室ならば目立たないが、薬草を採りに行くだけなのに一緒に歩いていては目立って仕方ない。だからエイミーは、バーナードがいない隙を狙って植物園内をうろつくようになったのである。それが男漁りをしていると言われるまでに噂が発展してしまったので、しばらくは大人しくせざるをえないかもしれないが。
「……大抵の薬草は無味なんじゃなかったのか?」
しゅんとしていると、薬を飲んだバーナードが顔をしかめてこちらを見ていた。首を傾げると、怒号が飛んでくる。
「苦いじゃないか!」
「た、大抵は、です。でも、この組み合わせは今までより効果があったみたいですね」
前髪の隙間からのぞきこむようにエイミーはバーナードの両手を指し示した。
彼は火魔法を使う剣士だ。剣に炎をまとわせて戦うため、こうしてしょっちゅう火傷を負っている。
エイミーは彼の両手にあった火傷が跡形もなく消えているのを見て、にたりと笑った。
「……この薬草変態」
バーナードの言葉に両頬を手で覆う。
「褒められた……」
「褒めてねえ!」
褒めてないのか、としょんぼりする。
「ウニョ!」
元の大きさに戻ったウニョがエイミーの肩に飛び乗り、窓を指し示した。
最近は日が短くなり、暗くなるのが早いようだ。研究棟の奥にある立ち入り禁止区域は深い森になっているが、今はキラキラと輝いていた。まるで精霊たちがエイミーに激励を送っているようだ。
自然を好み、エイミーを愛する精霊たちは、エイミーが就職してからずっとこの植物園の森に住んでいる。森の精霊たちは誰とも契約していないが、精霊が多くいることで魔術師たちは魔法を行使しやすくなる。精霊の数がその国の魔法の発展を決めると言ってもいい。だからこそエイミーの存在は機密事項で、一部の人間にしか知らされていなかった。
「おい、もう俺が来る前に一人で出歩くなよ」
外の光景を見たバーナードが厳しい口調で告げる。
「はい……」
そうなりますよね、とエイミーは目をしょぼしょぼとさせた。その目は前髪に隠れてバーナードには見えないだろうが。
(グッバイ、片思いライフ……! 恋が、してみたかったなあ……)
今までのが恋と呼べるかは疑問だが、気になる人をこっそり見てドキドキするという経験はもうできないらしい。
エイミーはしょんぼりと窓の外できらめく精霊たちを眺めた。




