恋がしたい魔女②
「あの人たち、綺麗な格好だったねえウニョちゃん」
温室を出たエイミーは、今度は噴水の広場を避けて目立たない道を歩いた。
中央にある広場を突っ切ることで温室と研究室を早く行き来できるのだが、また誰かに絡まれてはやっかいだ。
「ウニョ! ウニョウニョ!」
「あはは、怒ってくれてありがとね。でも精霊さんたちを怖がらせたらダメだよ~?」
「ウニョ……」
しょんぼりと縮こまるウニョは、本当に小さくしぼんで反省を示していた。そんな可愛い従霊にエイミーも笑顔になる。
「わたしが平民なのも、みすぼらしいのも本当なんだからさ」
エイミーは自身のワンピースをつまんで見た。支給された植物園の制服は、薬草で染みがついたり汚れたりしている。新しくしてもどうせまた汚してしまうので、エイミーは同じものを洗濯して繰り返し着ていた。
ワンピースはまだいい。ローブは縫い付けられた植物園の紋章でもある精霊のワッペンが、糸が出てボロボロである。
この国の魔術師はほとんど貴族で構成されているため、エイミーのように平民から輩出されるのはまれだ。彼らは支給された制服はローブしか羽織らない。下には仕立てのいい服を着ていて、支給される地味なワンピースを着ているのはエイミーくらいだ。しかしエイミーはそのことを気にしたことがない。
「それより、また薬草を摘めなかった……いっそ夜間に忍び込もうかなあ……」
エイミーの頭の中は薬の研究のことでいっぱいだった。
この王立植物園は精霊の加護を受けているため、その恩恵で薬草が育ちやすい。魔術師たちは魔法を使って薬草を育て、魔法を使って魔法薬を作る。その育てる過程の魔術式や掛け合わせる薬草を試してより良いものにしていくのが研究チームだ。エイミーは主に薬の成分を研究して、さらに薬も作っている。その薬は国中に出回っているし、必要としている人が大勢いるのだ。
(だから薬草が摘めないと困るんだけどなあ)
溜息をつきながら考える。自身の研究室にも畑はあるが、小さい。一人で育てるには限界があるし、そちらの分野は不得手であった。
(水の魔術師がいてくれたらいいのかも)
魔術師たちにはそれぞれ得意な属性がある。火・水・土・風といった基本的なものから、エイミーのように緑といった植物向きな属性まで様々だ。
「あれっ」
考え事をしているうちにエイミーは自身の研究室がある区域へと辿り着く。ここは一般公開されている区域とは真逆にあり、立ち入り禁止区域の手前でもある。そんな奥まった区域を訪れる人物など限られていた。
エイミーは二階建ての小さな研究室の入口で佇む青年を見つけて、思わず声をあげた。
「バーナード様!? どうされたのですか?」
「どうされたのですか? じゃねえ! 薬をもらいに来たんだろーが」
「いっ、いひゃい、いひゃい」
駆け寄ったエイミーの両頬を引っ張って伸ばすこの青年は、バーナード・メンデス。
エイミーより二つ年上の十九歳で、騎士団・魔術師隊所属のエリートである。
「おっ前は……また勝手に出歩きやがって!」
「や、やめひぇください~! 植物園の中ならば自由にしていいはずですよね~?」
ギリギリと頬を伸ばされ、エイミーは涙目で訴えた。
「その植物園内でも問題起こしてるのは誰だ?」
ギラリと光るバーナードの目に、エイミーがぎくりと肩をすくめる。
「お前、また振られたのか?」
「い、言わないでくださいよ~! 人の傷を抉って何が楽しいんですか!?」
「うるせえ! 婚約者がいるくせに他の男なんか見てるからだろ!」
バーナードはエイミーの頬を解放すると、プイっとそっぽを向いてしまった。ひりひりと痛む頬をさすりながらエイミーは恐る恐る告げる。
「でも、候補ですよね? まだ婚約者では……ひっ」
そこまで言って、バーナードに睨まれてしまった。前髪の隙間からちらりと窺うエイミーに、バーナードは不機嫌な顔で続ける。
「お前はフェリーク王国が秘匿する特級愛し子だ。お前の年齢に近くて魔力量が多いのは今のところ俺だけ。候補といっても事実上婚約者と言っても過言ではないだろう」
「はあ……」
もう何度と聞いたお小言に、エイミーは虚ろに返事をする。その態度が気に食わないのだろう。バーナードは胸の前で腕を組むと、声を荒げた。
「俺は騎士団の魔術騎士だ。国を守る責任がある。そして国王陛下は俺にお前の護衛責任者の任を与えてくださった。お前を守ることは国を守ることに繋がるんだ。お前ももっと責任感を持て!」
このお説教も聞き飽きた。
バーナードは責任感が強いだけで、けしてエイミーを好きなわけではないのだ。国のためだからとエイミーの婚約者候補であることを受け入れ、婚約者面さえしている。
一方のエイミーは、どうせ決められた相手と結婚するなら、今のうちに恋愛をしてみたいなと夢を見ていた。しかしどういうわけか、エイミーが素敵だなと思った相手には、途端に振られてしまうのだ。
エイミーは特に相手に何かするわけではない。相手を見つめてドキドキを味わう、ささやかな片思いを楽しんでいるだけ。それなのにエイミーの想いがいつのまにかバレて、こっぴどく振られてしまう。しかも出会う精霊たちに手を振っているだけで男に媚びを売っているとまで言われるようになった。理不尽である。
「いい加減、恋愛は諦めてお前は薬だけ作っていろ」
「あ、薬」
バーナードにそう言われ、エイミーは思い出したように顔を上げた。
「また火傷されたのですよね?」
バーナードが薬を貰いにきたことを思い出して、研究室の鍵を取り出す。扉を開けて、バーナードを振り返った。
「お薬、処方しますのでどうぞ」
「……ああ」
不機嫌だった表情をさらにしかめると、バーナードはエイミーが促す室内へと入ってきた。




