恋がしたい魔女①
「すまない。俺には他に好きな人がいるんだ。だから君とは付き合えない」
「へ……?」
王立植物園の中央にある、噴水広場。王国屈指の技術を誇るガラス張りの窓からは、天高く昇る太陽の光が差し込んでいる。そのため、室内だというのに屋外と同じくらいの明るさだ。
ここで働く職員たちが行き交う広場のど真ん中で、エイミーはいきなり青年に呼び止められ、振られた。
エイミーは目を点にして、前にいる青年を見上げた。といっても、彼からはエイミーの目は見えないだろう。エイミーの前髪は目が隠れるくらい長いのだから。
「俺はセレナ嬢が好きなんだ……! 君だって彼女には敵わないと思うだろう!?」
「は、あ……」
エイミーに構わず力説をする青年に圧倒され、エイミーは相槌を打つことしかできなかった。行きかう人たちがちらちらとこちらを見ていて、なんともいたたまれない。
「彼女の美しいラベンダー色の髪に比べ、君は陰気な黒!! しかも魔力量が少ないときた。将来性のある俺と君では釣り合わないだろう? だから俺のことは諦めてくれ!」
ちらりと青年が侮蔑の目を向けたのは、エイミーの肩に乗る従霊だ。頭は花の形をしており、目と口がある。茎が胴、葉が手、根が足になっている。一輪の花が肩に咲いているようで可愛いとエイミーは思っているが、他の人は違うらしい。
「……気味悪い精霊だ。もう俺には関わらないでくれ」
そう言い捨てると、青年はエイミーに背を向けてさっさと去っていってしまった。
「ガーン……また告白していないのに振られた……」
その場で立ち尽くし、エイミーはうなだれた。
今年に入って振られたのは三人目。いずれも告白していないのにだ。
「うにょう……」
落とした肩に乗る従霊が、手である葉っぱでエイミーの頬を優しく撫でる。
「ウニョちゃん……ありがとう……。よし、薬草を摘んで研究室に戻ろうか」
エイミーは従霊のウニョに笑顔を向けると、共同の薬草畑に向かって歩き出した。
エイミーはフェリーク王国の植物園で働く魔術師だ。
この世界の魔術師は精霊に力を貸りることで魔法が使える。
精霊は背中に四つの羽を持ったひとさし指くらいの大きさで、人の姿をしている。魔力に惹かれて集まるため、自然と魔術師の周りには精霊がいた。
精霊は魔術師の魔力を対価に力を貸す。魔力を持つ者だけが精霊の姿をとらえることができるのだ。そのため、魔力量の多い魔術師ほど精霊を集めると言われている。
精霊はただ一人の相手を決めると契約を交わし、従霊になると言われている。が、この国の精霊たちはその一人を決めず、魔術師の間を自由に渡り歩いていた。
エイミーの肩に乗っている精霊は契約を交わした従霊だ。しかし一般的な精霊とは当てはまらない姿をしているため、他の魔術師は従霊だと思っていない。それに加えてこの珍妙な精霊しか寄せ付けないエイミーは、魔力量が少ない魔術師だと疎まれていた。しかも伸びた黒い前髪が陰気臭いとついたあだ名が『魔女』である。
「お疲れさまです……」
共同の薬草畑がある温室にエイミーが着いたところで、十人ほどが作業をしていた。
この植物園は主に薬草を育てる部署と、薬を作る部署に分かれている。エイミーは研究室をもらい、一人で薬の研究をしているため、同僚はいない。
「やだ……魔女が来たわよ」
「こわーい」
エイミーが温室に入るなりわざと聞こえる声で言ってきたのは、二人の女性魔術師だ。他にいるのは男性魔術師で、エイミーとは目を合わせないように黙々と作業をしている。
魔術師たちの周りには精霊たちが飛び回っていて、男性魔術師の後ろにいた一人がエイミーに手を振ってきた。エイミーも振り返せば、女性魔術師たちの顔が引きつる。
「やだ……! 男なら誰でもいいの? ほんと見境がないわね」
「へっ……」
手を振った精霊が慌てて首を振っているが、彼女たちは気づかない。
魔術師たちは精霊の姿が見えるものの、意思の疎通はできない。だからこそ精霊は一生懸命首を振ってくれているのだが、彼女たちはエイミーを睨んだままだ。
「あなた、さっきセオドア様に振られたばかりでしょ? さっそく他の男漁りってわけ?」
二人が腕組みをしてエイミーの前に立ちはだかる。エイミーは困ったなあとうなだれた。
(薬草だけ摘んで帰るつもりが、また絡まれちゃった……とほほ)
ちなみにセオドアとは、先ほど告白もしていないのにエイミーを振った青年のことである。あんな目立つ場所で公開処刑されたので、彼女たちも見ていたか、早くに噂が回ってきたかのどちらかだろう。
(セオドア様とはお話しすらしたことないんだけどなあ……)
セオドアは植物園で働く研究チームの一員だ。一人で研究するエイミーとは別に研究チームがあるのだが、エイミーは遠目で彼を見かけただけだった。
(素敵な人だなあって思ったのは確かだけど……)
エイミーは彼を見かけた日のことを思い出す。
研究チームは研究の他に、植物園ツアーのガイドも請け負っているのだが、エイミーはちょうどセオドアがガイドを務める日に彼を見かけた。子どもの目線に合わせて屈みながら案内をするセオドアを見て、恋に落ちた。しかし告白をすることなく、エイミーは振られたのだった。
悲しいことを思い出してうなだれていると、女性魔術師の一人がエイミーのローブを掴んだ。
「セオドア様は次男といえど、伯爵家のご子息なのよ! 平民のあんたなんか相手にされるわけないじゃない! なのに次から次に節操のない! あんたみたいなのがいると迷惑なのよ!」
(えーん、誤解ですぅ!)
わめく二人を前髪の隙間から見ると、エイミーのローブを掴んでいた女性魔術師が怪訝そうに眉をひそめた。
「気味悪い! なんであんたみたいな魔女があたしたち魔術師と一緒に働けるんだか!」
「そのローブも古臭くて貧乏くさいわ」
ドンと突き飛ばされ、エイミーは畑に尻もちをついた。
(よ、良かった……! 薬草を潰さずに済んだ……)
薬草が無事なのを確認していると、温室に多数の笑い声が響いた。
「やだ、汚い!」
「もともと汚らしい服だったから変わらないんじゃない?」
エイミーは立ち上がり、パンパンとローブについた泥を払う。
肩の上で静かだったウニョがキシャアアと声を上げた。
「な、なによ。気持ち悪い!」
「そんな小さな精霊ごときであたしたちに敵うとでも思っているの?」
エイミーがちらりと前髪の隙間から後ろの精霊たちを見れば、彼らは怯えて縮こまっていた。だが彼女たちは気づいていない。
「ウニョちゃん」
そっとウニョの頭を撫でて窘めれば、ウニョは威嚇を止めた。
「また後で来ます」
そう言って頭を下げると、エイミーは温室を後にした。
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