終わりに向かう魔女の恋⑪
ケイがカフェに到着したとき、王女はすでに取り押さえられているところだった。王女の足元には短剣だったであろう柄だけが落ちている。鍔が焼け焦げているのを見て、先ほど賊の剣を焼いた魔法を思い出した。
(バーナードが一緒だったか……良かった)
安堵して声をかけようとしたケイは、エイミーの言葉によって足を止めた。
「王女様……ケイはちゃんとあなたと婚約します。だって、ケイはわたしのことなんて好きじゃないから」
ドクンと心臓が嫌な音を立て、ケイの背中に冷や汗が伝う。
(どうして……)
動転するケイの目の前では、王女と言葉を交わすエイミーが目に入った。
その堂々とした姿は、王女から話を聞いて真に受けただけなのではないとわかる。
きっとエイミーはなんらかの手段で、ケイがエイミーを利用しようと近付いたことを知ったのだろう。
「はい。わたしはバーナード様と結婚します」
そう王女に告げたエイミーの後ろで、バーナードが喜びを隠すかのように口元を右手で覆っているのが目に入った。
(嫌だ……)
覚悟を決めたはずなのに、いざエイミーの口から聞いてしまえば、言いようのない苦しみに襲われた。
「うっ……」
ショックと腹の痛みでよろめけば、すぐ近くの椅子にぶつかり、音を立ててしまった。そうしてエイミーに見つかってしまったケイは、ぼんやりと呟くように進み出た。
「エイミー……バーナードと結婚するって……」
「うん。ケイとは期間限定の恋人だったもんね。わかってるから、安心して王女様と婚約して。恋を味わえて……楽しかったよ」
初めて出会ったときのような、控えめですぐに顔を赤くしていた彼女はもういない。前髪に隠れない強い瞳は、ケイをまっすぐに見ていた。
(これで……これでいいんだ)
そう思うのに、ケイが好きでたまらないという目をもう向けてくれないのかと思えば、涙がこぼれる。
「ケイ……?」
まだ自分を心配してくれるエイミーにひどく安堵して、ケイは本音を吐き出してしまう。
「僕のプロポーズをなかったことにしないで……」
最初は期間限定と理由をつけてエイミーに近付いたが、あのプロポーズはケイの願いだ。叶わないと思いながらも、ずっとエイミーの側にいたいと、想いを受け入れてほしいというケイの最後の願い。
「ケイ――」
エイミーが何か伝えようと口を開いたところで、ズンッと地面が大きく揺れた。
「きゃあ!」
「エイミー!」
伸ばしたケイの手はエイミーに届かなかった。
体勢を崩したエイミーを、彼女の後ろで控えていたバーナードが抱きとめる。
「ありがとうございます……」
「ああ。それより、今のはなんだ?」
顔を見合わせる二人を見て、ケイは身体の横で拳を握る。
(もうエイミーを守るのは僕じゃないんだ)
ケイが俯けば、地面がもう一度揺れた。
「なんだ!?」
バーナードが叫ぶと同時に、横に揺れるような衝撃が襲った。
「おい! とりあえずここを出るぞ!」
バーナードに促され、ケイとエイミーはカフェの外に出た。それと同時に、植物園が誇る天井のガラスがバリンと割れて降ってくる。
「くっ……」
「ダメです! バーナード様が広範囲に魔法を使ったら、火の海に……!」
「じゃあ僕が!」
植物園の中は、当然に緑であふれている。こんなところでバーナードが火の魔法を使えば、植物たちに燃え移ってしまう。エイミーの言葉を理解したケイは、咄嗟に水魔法を発動させた。
広範囲に広がったケイの水魔法が、天井いっぱいに広がる。降り注ぐガラスを回収するように受けとめると、小さく圧縮した。その水の球体をケイは中央の広場にある噴水へと降ろした。球体を解除すれば、受け止めたガラスの破片が噴水へと積みあがる。
「すごい……!」
ケイの魔法を初めて見たときのように、エイミーがキラキラとした目をこちらに向けていた。
ケイはその笑顔に頬を緩めると、足から崩れ落ちた。
「ケイ!?」
(なんだ……これくらいの魔法を使ったくらいで魔力が……?)
力が入らない。ケイはズキズキと痛む腹を押さえた。
「ケイ!? 怪我でもしたの!?」
エイミーが走り寄ってきて、座り込むケイに視線をあわせるように膝をつく。
「エイミー……ごめん」
嘘をついていて。
その後に続く言葉が出てこなかった。この期に及んで自分を心配してくれるエイミーに、嫌われたまま終わりたくないと思ってしまう。
ケイがエイミーを見れば、彼女はギョッとした顔で天井を見ていた。
「おい!? あれ、なんだ……!?」
バーナードの怒鳴り声に、ケイも上を見上げた。
もう夜だが、植物園内は魔法ランプのおかげで明るい。天井が割れて露わになっている空に浮かぶものもはっきりと見えた。
「竜……?」
細長くうねった生き物が、黒い物体が、植物園の上空を占拠するように留まっている。その周りをバリバリと音を立てて稲妻が走っていた。
「呪い……」
「えっ」
呟いたエイミーの言葉に反応するように、ケイの腹が痛んだ。
(まさか……)
恐る恐るシャツを捲し上げてみれば、ケイの腹が真っ黒な呪印に蝕まれていた。
(ドレイクの真の目的はこれだったのか……!)
何もかもが手遅れだと気づいたケイは、腹を押さえるようにうずくまる。
ドレイクは、この植物園にこそ王国の重要な秘密があると睨んでいた。その読み通り、ここには王国の魔法が栄えるための精霊の木があった。それをケイに探らせたのは、確証を得るためだけではない。ケイを供物にして、内部から呪いを招き入れるためだ。
(王女がエイミーを殺しても殺さなくても、ドレイクにはどっちでもよかったんだ)
ケイが植物園にさえ行けば、呪いはケイを食らいながら、この場を破壊する。
グッと足に力をこめると、ケイは立ち上がってエイミーを見た。
「エイミー……ここから逃げて」
「えっ?」
(エイミーを巻き込んでたまるか)
植物園はどうしたって巻き込んでしまうかもしれない。だが、自分の命を犠牲にするのなら、エイミーを巻き込むのだけは嫌だ。
ケイは覚悟を決めて、空高くに留まる呪いの竜を見上げた。




