終わりに向かう魔女の恋⑩
「何を言って……」
義兄の言っていることが本当なら、帝国こそが国際問題を引き起こそうとしているではないか。
信じられないといった顔をすれば、ドレイクは当たり前のような顔で告げてきた。
「聖女がいなければ、特効薬はできないだろう。帝国の流行り病も治してしまって忌々しい。聖女さえいなくなれば、王国は弱体化するんだ。潰すのは当然だろう?」
ケイの頭が真っ白になる。
「まさか……病を……?」
「ははは、王国民は耐性が無いからすぐに弱る。それはお前の母親で実証済みだったからな」
ざわりと気持ちの悪い感触がケイの心臓を撫でていった。
「お前は……お前たちは、僕の母にわざと薬を渡さなかったばかりか、病まで……」
「王国を帝国の傘下にするためだ。当然の犠牲だろう?」
「よくも……っ」
怒りで我を忘れたケイは、水魔法を発動させる。槍の形をした水がドレイクに迫ると、それは届かずに飛沫になって散った。
「は……?」
ドレイクは魔法が使えないはずだ。ケイは攻撃を防がれ、呆然とした。
その間にドレイクがケイとの距離を詰める。ドレイクは無言でケイの腹を蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
この前殴られた場所をピンポイントで狙われ、ケイは言いようのない痛みに襲われた。
その場で倒れ込んでしまったケイをドレイクが上から覗きこむ。
「まあ、お前には最初から期待していない。王国の血が混ざるお前など、信用していないからな」
「何を……言って……」
痛みに呻きながらも、嫌な予感にドクドクと心臓が早鐘のように打ちつける。その予感が当たっているとばかりに、ドレイクはにたりと笑みを浮かべた。
「お前が平民の女に誑かされていると、王女にご忠告さしあげておいたよ」
「な……?」
「王女はお怒りだったぞ。『私の婚約者に手を出すなんて許さない!』とな。平民のあの子が王族の怒りなんて買ったら、処刑……だろうなあ」
「王女はそこまで浅はかな御方ではないだろう――うっ」
ケイは立ち上がろうとして、ドレイクに頭を上から押さえつけられてしまった。
「浅はかなんだよお。簡単に呪いを受け入れたのだから」
「まさか……」
ドレイクを睨みながら、ケイの脳裏にはセオドアの奇行が思い出される。自身の欲望だけに忠実に突き進む、制御が効かない人間の姿を。
「王族の手にかかるんだ。あの子も国民として本望だろう。お前がやりたくなさそうだったから、手を回してやったんだぞ? 弟思いな私に感謝するといい」
「くっ……!」
ケイはドレイクの手を振り払うと、部屋を飛び出した。
(エイミー!! 間に合ってくれ!)
こんなことになるなら、さっさとエイミーを手放しておくべきだった。
後悔しても遅い。皇帝や義兄たちは、ケイの大切なものを簡単に奪っていくことを知っていたはずなのに。
(あまりに幸せすぎて、腑抜けていたな……)
自分の甘さが嫌になる。腹がズキズキと熱を持ち、脂汗がケイの頬を伝っていった。
幸い、ドレイクは追ってこないようだ。腹の痛みを堪えながら、ケイは植物園に向かって必死に走った。
* * *
「おい、エイミー」
「え!? バーナード様!?」
園長と一緒にやってきたバーナードに、エイミーは驚いた。
「あ、もしかして、ケイを寮に送った帰りですか?」
騎士団は植物園から歩いていける距離だが、もう夜だ。皇族であるケイを無事に寮まで送り届けるのもバーナードの仕事なのだろうと思ったのだが、違ったようだ。
「エイミー、お客様だそうですよ」
「お客様??」
神妙な顔の園長に薬を渡しながら首を傾げれば、バーナードも真剣な顔でエイミーを見ていた。
「俺も同席するから行くぞ」
「はい??」
エイミーはわけがわからず園長と別れて、バーナードとともにカフェへと向かった。
「お待たせしました」
めずらしく恭しい態度でバーナードが待っていた相手に声をかける。エイミーが驚きつつ目を向ければ、そこには同年代くらいの女性が椅子に座ってエイミーを睨んでいた。
「あなたがエイミー・モードレッド?」
「はい……」
彼女はいかにもお忍びといった全身を覆うローブを羽織っているが、フードからのぞくローズレッドの髪が鮮やかで美しい。凛とした金色の瞳と佇まいも、品格と威厳を感じる。
「ロージア第二王女殿下だ」
「え!?」
小声で教えてくれたバーナードに驚愕する。エイミーが国王以外の王族と会うのは初めてだった。貧しい平民だったので、式典で拝顔することも、姿絵を見る機会さえなかった。特級愛し子になってからは学園と植物園に引きこもりだったので、言わずもがなである。
「ご、ご尊顔賜りまして……」
「男漁りの魔女」
エイミーが頭を下げて挨拶しようとすれば、懐かしい不名誉な二つ名が聞こえた。
(な……なぜ王女様がその噂を……)
目を瞬くエイミーに、ロージアは鋭い眼差しを向けて立ち上がった。
「ケイ様は私の婚約者なのよ!! それなのにあなたが誑かして横取りするなんて!」
「は?」
後ろに控えていたバーナードが驚きのあまり声をあげている。それもそうだろう。エイミーも先ほど精霊から聞いていなかったら、素っ頓狂な声で叫んでいたところだ。
「許せない……私のケイ様を……っ!」
「エイミー!」
バーナードに振り返っていたエイミーは、目の前で短剣を振り上げたロージアに気づくのが遅れた。バーナードは剣に手をかけたが、一瞬のためらいで動くのが遅れていた。
(ダメっ……刺される!)
エイミーが身構えた瞬間、ロージアの短剣が炎を上げて燃えた。バーナードの炎だ。
「きゃあ!」
驚いたロージアが短剣を落とせば、バーナードが瞬時に彼女を拘束した。
「うにょ!」
エイミーのポシェットから従霊が顔を出す。
「やっぱりお前か。驚いたが助かった」
「うにょ!」
バーナードの言葉に、従霊は得意げに返事をする。エイミーもお礼を告げると、ロージアを見た。
「王女様……ケイはちゃんとあなたと婚約します。だって、ケイはわたしのことなんて好きじゃないから」
自分で言って、胸が抉れる。
エイミーは精霊の話を思い出して目を閉じた。
ケイはエイミーを利用するために近付いたと言っていた。植物園の秘密を探るために恋人になったのだと。
(最初はそうだったのかもしれない……でも)
ケイと過ごしてきた日々を思い出せば、すべてが本当のケイだと思える。
(ケイはお兄さんに脅されていた……王女様と婚約しないと、殺される)
ドレイクがケイにエイミーを殺すと脅していた話も、精霊はきちんとエイミーに伝えてくれた。そこでエイミーは、やっとケイの抱えるものに気づけたのだ。
(ケイはわたしを守るために……)
王女とケイの婚約式に帝国は攻め入ってくるつもりらしい。しかし前もって知っていれば、対策もとれるというものだ。
あとは、ケイを守れればいい。
「そんなの嘘よ! 信じないわ!」
押さえるバーナードを振り切ろうと王女が暴れた。王女を宥めるようにバーナードが告げる。
「殿下、エイミーは俺と結婚することを国王陛下から定められています」
バーナードからエイミーに鋭い眼差しを向けると、ロージアは確認するように言った。
「それ、本当? あなたもケイ様のことを好きじゃないと言えるの?」
「はい。わたしはバーナード様と結婚します」
エイミーの言葉を聞いたロージアは「そう」と呟くと、突然がくりと倒れ込んでしまった。
「殿下!?」
「うにょ!」
「呪い……」
ロージアにかけられていた呪いが突然解除されたようだ。従霊からの情報にエイミーが眉をひそめれば、カフェの入口から何かがぶつかる音が聞こえた。
「ケイ……」
エイミーが目を向ければ、青い顔で立ち尽くすケイがそこにいた。




