終わりに向かう魔女の恋⑫
「今すぐ、植物園内に残る職員たちを非難させて、君も逃げるんだ!」
天井を見上げた後、ケイはエイミーに視線を戻して必死に訴えてきた。
「ケイは……?」
嫌な予感に、訊ねずにはいられない。
「あの呪いは、僕を供物にしようとまっすぐに狙ってくる」
「……!!」
困ったように笑ってみせたケイのシャツを、エイミーは捲し上げた。はしたないと言っている場合ではない。
「ひどい……!」
思わず怒りの声を漏らしてしまった。
ケイの腹には、しつこく重ねがけされた呪印が刻まれている。エイミーは呪いを見るのは初めてだが、愛し子として学んだ知識はある。
ケイにかけられた呪いは、例え本人が命を絶ったとしても発動し、その身体を供物として取り込むために周囲を破壊してしまうだろう。
「おい、エイミー! 中に残ってるやつは騎士たちに任せてきた! あれ、どうする!?」
口を挟んでこないと思えば、バーナードはこの場を離れて騎士たちに指示を飛ばしてきたようだ。さすが護衛隊長である。
エイミーが感心していると、ケイはエイミーの肩に触れてバーナードに叫んだ。
「バーナード、エイミーを頼む! 彼女を連れて逃げてくれ!」
「ケイも……!」
振り向けば、ケイはとっくに覚悟を決めた顔をしていた。
「……ごめんね。ここは巻き込んでしまうけど、みんなの命には代えられない」
呪いは植物園の頭上を覆っている。ケイがいる場所に、周囲を破壊しながらまっすぐと降り注いでくるだろう。ケイが逃げればその周辺が巻き込まれる。ケイは植物園よりも、王国民の命を優先させるべきだと考えたのだろう。
「……わたし、言ったよね? 自分のことも大切にしてほしいって」
「エイミー?」
怒りで声が震える。
ケイはドレイクに脅されていた。そのことから考えて、ケイが自分のために動いてくれていることなど、容易に想像できる。あのプロポーズだって、本当はなかったことになんてしたくなかった。バーナードと結婚もしたくない。いつまでもケイを待っていたかった。
しかしケイは王女と婚約できないと、ドレイクに殺されてしまう。
だからエイミーは、ケイとの別れを決意した。そして、帝国を一網打尽にする算段と、ケイをディグア公爵家で保護してもらう要望を国王宛てに書面で提出していたのだ。
二人の未来が交わることはない。それでも、ケイには生きていてほしかった。
「わたし、ケイのこと死なせたりなんてしない」
「エイミー、呪いは魔法とは別物だ! 精霊だって蝕まれてしまうものなんだよ!?」
呪いの竜の頭がゆっくりと下を向く。ケイに狙いを定め、降下の態勢をとっているようだ。時間がないと焦っているケイに、エイミーは愛し子として告げる。
「呪いが精霊を蝕むんじゃない。精霊が闇を嫌って出ていくの」
そうか、だから帝国の精霊が減少しているのかと自分の言葉に納得していると、ケイが目を丸くしてエイミーを見ていた。
「ケイはそこにいて」
呆然としたまま動かないケイは、何かを言おうとして、口を噤んだ。エイミーは腕組みして待っていたバーナードに声をかける。
「バーナード様、あの呪いだけを焼き切ります」
「好きに使え」
バーナードが剣を構えると同時に、エイミーはポシェットから従霊を出し、手のひらに乗せた。
「ユニョリアス=フィオレ・アルカ!」
エイミーがその名を唱えると、花の形をした従霊のウニョが光に包まれた。
眩しいくらいの光が辺りを包み込むと、エイミーの手の上にいた従霊は姿を消し、成人男性が現れて宙に浮く。
その姿は銀色の長い髪をおさげにし、真っ白な一枚布を身体に纏い、腰のベルトで留めていた。
「ウニョちゃん、お願い!」
「任せろ、我が愛し子よ」
青年へと姿を変えたウニョは、エイミーの頭にキスを落とすとバーナードの背後に回った。
「バーナード、いくぞ」
「はい!」
ウニョの合図でバーナードが剣を天井に向かって掲げる。そのタイミングで、呪いの竜も降下してきていた。
「「炎の精霊よ、焼き尽くせ!」」
ウニョとバーナードの声が重なり、魔力が膨れ上がる。バーナードが魔法を発動させると、炎が渦を巻きながら、天高く昇っていった。
金色の光をまといながら猛スピードで空まで昇った炎は、降下し始めていた呪いの竜と空で衝突する。
黒い竜に一気に炎が燃え移り、動物の遠吠えのような、鈍い金属音のような音が辺りに響いた。
「エイミー! 落ちるぞ!」
燃え盛る呪いは意思を失ったかのように、落下速度を速めた。植物園に向かって落ちてくる炎の塊に向かって、エイミーは手をかざす。
今度はエイミーの背後に回ったウニョが、エイミーの手に自身の手を重ねた。
本来使えるはずのない水魔法が発動して、楕円形に広がる。それは、先ほどケイが見せてくれた魔法だ。
真っ逆さまに落ちてきた炎の塊は、天井に展開した水魔法に到達すると、蒸発して跡形もなく消滅していった。
「俺は団長に報告してくるぞ!」
「はい! あとは……」
走っていったバーナードに返事をすると、エイミーは呆然としているケイに視線を移した。
あっという間に呪いを消し去ってしまったエイミーに、信じられないといった顔を向けている。
「ウニョちゃん、さっき作った薬複製できるよね」
「もちろんだ」
ウニョはエイミーの手に光の球体を作り出す。その光が割れると、中から薬の瓶が出てきた。
「ケイ、ごめんね」
「何を!?」
エイミーはケイの服をめくると、驚くケイを気にせずに瓶の中身をばしゃりと腹にかけた。
「うっ……」
一瞬顔をしかめたケイだったが、みるみる顔色が良くなっていく。
ケイに重ねがけされていた呪印が消え、ケイは驚きの顔をエイミーに向けた。
「ユニョリアス=フィオレ・アルカ……学園で学んだよ。精霊王の名前だよね……」
「えっと……長いからウニョちゃんって呼ばせてもらってるの」
「……精霊王を?」
少し呆れが混じった驚きの顔を懐かしいと思う。バーナードも最初はこんな顔をしていた。今では「ウニョ」呼びが定着しているが。
「エイミー……君は……特別な女の子だったんだね」
先ほどウニョがエイミーのことを愛し子と呼んでいた。それは、ケイも聞いていただろう。
エイミーは笑顔を作ってケイを見た。泣きそうなので、上手く笑えているかわからない。
「わたしも嘘をついていてごめんね、ケイ。だから、お互い様だよ」
エイミーの言葉に、ケイも泣きそうな顔で笑った。
きっとケイと言葉を交わせるのはこれで最後だろう。エイミーは前髪からピンをはずすと、ケイの手に握らせた。
「ケイ、もう帝国の人の言うことなんて聞かなくていいんだよ。この国はわたしがちゃんと守るから、どうかここで生きて」
エイミーの心からの願いに、ケイは涙を流して頷いた。
次話から最終章に入ります。
あと3話で終わりますので、お付き合いいただけますと幸いですm(_ _)m




