終わりに向かう魔女の恋⑧
「あの馬車です!」
植物園の裏口から今まさに出ようとしている馬車に向かって、エイミーは叫んだ。魔法ランプのおかげで辺りは明るい。
「僕たちも馬車に乗って追いかける!?」
「そんなことしなくても大丈夫だ」
「は?」
ケイがバーナードに提案するのと同時に、エイミーは魔法を発動させた。
植物園内の植物たちが意思を持ったかのように馬車に巻き付いて、動きを止める。
「よし、行くぞ」
「あっ……ああ」
ケイは初めて見たエイミーの魔法に驚いていたようだが、セレナの救出が最優先だと動く。
「くそっ! なんだこの魔法は!」
馬車を降りながら叫ぶ声には聞き覚えがあった。
「セオドア様……」
ぐったりと意識のないセレナを横抱きにして馬車を降りてきたのは、前にエイミーを振った伯爵家次男のセオドアだ。
「まさか内部の人間の犯行とはな。おい、何をしたかわかってんだろうな?」
バーナードがセオドアに詰めよれば、セオドアはセレナの頭を自分のほうに寄せて笑みを浮かべた。
「メンデス護衛隊長。セレナ嬢は俺のことが好きなんだそうです。俺も彼女のことが好きでした。だから両想いになって、晴れて二人きりでデートをしていただけじゃないですか」
「無理やり連れて行ったくせに、デートだと?」
セオドアの腕の中のセレナは明らかに薬を嗅がされ、意識を失っている。研究チームの一員である彼ならば薬を手に入れることくらい、わけないだろう。
(それでも、セオドア様がこんな強行に及ぶなんて……)
エイミーは彼の優しさを知っている。セオドアは、子どもと同じ目線まで腰を落として話せる人なのだ。
「どうする?」
「ちっ、セレナがいるから攻撃できねえな」
ケイとバーナードがひそひそ話していると、馬車からさらに四人の男が降りてきた。黒いマントを羽織り、剣を持っている。
「……御者まで雇った傭兵かよ」
チッとバーナードが舌打ちをする。伯爵家の私兵ならば制服を着ているはずだが、彼らのマントは旅装用のもので薄汚れている。それに、この国では見かけない褐色の肌をしていた。
「この国は平和なんだろう? なんで他国から……」
「人間は入ってこれちまうからな。だから騎士団で対応しているが……貴族が招き入れているなら防ぎようがねえよな」
「は? どういう……」
精霊の結界は魔物を防げても、悪意のある人間までは弾けない。そして精霊の力を借りられずとも、武力は使える。
「来るぞ!」
意味がわからないという顔のケイに、バーナードが叫ぶ。傭兵たちが剣を手にこちらに向かってきていた。その隙にセレナを抱えたセオドアが裏口から逃げていく。
「セレナ様!!」
「こっちを早く片付けるぞ!」
逃げていくセオドアを目で追っていたエイミーに、バーナードから怒号が飛ぶ。
キインと剣がぶつかる音がして目を向ければ、バーナードが傭兵の剣を受け止めていた。ケイも水の盾で応戦している。
「殺すなよ?」
エイミーは頷くと、ポシェットの従霊に合図する。
「うにょ!」
ウニョがポシェットから顔を出せば、精霊の力が集まってくる。その力をバーナードとケイに流し込めば、一気に片が付いた。
「うわああ!?」
バーナードの炎が傭兵たちの剣を焼き尽くす。そしてケイの水魔法でその炎が沈められた。仕上げにエイミーが手をかざせば、丸腰になった傭兵たちが蔦で縛り上げられていく。
「よし、騎士に回収させるから伝言させろ。行くぞ」
「はい!」
バーナードの指示に、エイミーはポシェットの中の従霊に声をかける。
「ウニョちゃんお願い」
「うにょ!」
ウニョが葉っぱの手をかざせば、精霊がびゅんと騎士団の方角へ飛んでいった。
この間の短い決着に、ケイが呆然としている。
(ケイの魔法を無理やり引き出しちゃったからなあ)
エイミーは緑の魔法しか使えないが、他人の魔力を介して魔法を引き出すことができる。正確には、従霊であるウニョができる芸当なのだが。
「エイミー……君は……君は……」
ケイの瞳が戸惑いで揺れている。説明したいが、今は時間がない。
「おい、先にセレナだ!」
怒鳴るバーナードが裏口から出て行ったセオドアを追うように走り出す。
「あとで、ね」
エイミーはケイに笑顔を向けると、バーナードを追いかける。続けてケイも後に続いてくるのが足音でわかった。
植物園を抜けた裏手は、川を挟んで街が広がっている。
「おい! そこまでだ!」
「ひっ、こんなに早く来るなんて……あの傭兵どもは何をしている!」
橋までセオドアを追い詰めたバーナードがジリジリと距離を詰める。
植物園を出れば外は真っ暗で、遠くで街の光がきらめいて見えた。
「セオドア様っ……セレナ様を解放してください! このままではあなたが罪に問われます!」
「君は……」
バーナードに追いついたエイミーが必死に訴えかければ、セオドアは仄暗い目を見開いて見てきた。
「……そうか。君は俺が好きだから、俺たちの仲を邪魔するんだね? 護衛隊長まで連れてきて……これはなんの呪いだ?」
(何かおかしい……)
セオドアはエイミーを一方的に振った人物である。思い込みが激しく、人の言うことを聞かなそうなところはあったが、今の様子はおかしい。
「うにょ! うにょうにょ!」
「えっ……」
従霊がエイミーに訴えかける。エイミーはバーナードに近付くと、耳打ちした。
「バーナード様、セオドア様は呪いで操られているようです」
「は!?」
驚きと怒りが混じった顔だ。仕方ない。フェリーク王国では呪いを始めとした禁術が禁止されている。その魔法に力を貸す精霊もいない。もしそんな禁術が横行すれば、精霊たちは愛想をつかして国を出て行くだろう。
「……どうすりゃいいんだよ」
「セオドア様を捕らえて薬を飲ませるしか……」
魔法による怪我はエイミーの薬でしか治せない。魔法の一種である呪いもしかりだ。
「あいつ、セレナを盾にしてやがるからな……」
バーナードが難しい顔でぼやく。この暗闇では魔法のコントロールも難しい。下手すればセレナに当たってしまうだろう。
「ねえ、そろそろ僕にも説明して――」
ひそひそと話していたエイミーとバーナードの後ろからケイが声をかけた、そのときだった。
「ああ! 俺たちの仲を切り裂かれるくらいなら、二人だけの世界に行くしかない!」
「あいつ!」
叫んだセオドアにバーナードが走り寄ったが、遅かった。セオドアはセレナを抱えたまま橋から飛び降りてしまった。
この街に流れる川は水深が深い。意識のないセレナは、セオドアとともに溺れてしまうだろう。
「ケイっ、力を貸して!」
「え!? 僕の魔法じゃ自分の身体にしか膜を張れな――」
エイミーは急いで従霊をケイの肩に乗せた。
「うにょう!」
「お願い!」
「えっ!?」
エイミーがケイの手に触れて叫べば、ケイから膨大な魔力を含んだ魔法が発せられた。
キラキラと眩しい光を放ちながら、ケイの水魔法は川の水をスライムのような硬度に変化させ、落ちた二人を軽く跳ね返す。
「よしっ」
バーナードが魔法の光で照らされた川に飛び降り、セレナをキャッチしてスライムの川に降り立つ。
「わあああああ!」
錯乱したセオドアが魔法を使おうとしたが、不発に終わる。先ほどから使えなくなっていたことに気づいていなかったようだ。
「しばらく大人しくしとけ」
「ぐが!?」
その隙にバーナードがセレナを抱えたままセオドアとの距離を詰め、飛び蹴りをかます。見事に命中し、セオドアは飛ばされた先で気を失った。
「対象の沈黙を確認」
バーナードは急いでセレナを橋の上に下ろし、セオドアを回収する。そして橋の上に戻ると、エイミーに合図をした。
「おい、エイミーもういいぞ」
「はい」
エイミーは従霊に合図して、ケイの魔法を解除させた。魔力を消費したケイががくりとその場で膝をつく。
「ケイ、大丈夫!? ごめんね……」
ケイと目線を合わせるようにしゃがみこめば、ケイは見たことのない疑心の目でエイミーを見ていた。
「エイミー……君は……何者?」
「あ……」
打ち明けようと思っていたはずのに、言葉に詰まる。
(大切な人に隠し事なんてするから、こんなことになるんだ……)
ケイの信頼を損なった。そう感じたエイミーは何も言えなくなってしまった。
「おい、全部あとにしろ。ケイ、お前はセレナを頼む。俺はこいつを連れていく。とりあえず植物園に戻るぞ」
「あ、ああ……」
まだ目を覚まさないセレナをケイが抱える。
そして三人はそのまま来た道を戻っていった。




