終わりに向かう魔女の恋⑥
日が沈み始めると、この植物園には魔法ランプによる明かりが灯る。そのため、夜でも比較的明るかった。
しかしこの奥のエリアは、研究棟の入口に一つしか明かりがなく、暗い。
(こんな、真っ暗な中、森の奥に……?)
エイミーに手を引かれるまま、ケイは足を動かした。
(くそ……痛い……)
先ほどドレイクに殴られた腹が、まだズキズキと痛む。焼けるように熱い熱がケイを苦しめ、その足取りを遅くさせていた。
「……ごめんね。暗くて足元が不安で」
心配そうに振り返ったエイミーに笑顔を作れば、彼女はハッとして眉尻を下げた。
「あっ……そうだよね! もう少ししたら明るくなるから、ゆっくり進もう」
(確か、精霊の木があるんだったか?)
慣れた足取りで進んで行くエイミーは、何度もここに立ち入っているようだ。エイミーは本当に立ち入ることを許されているのだとケイは理解する。
しばらく歩いていると、頭上をキラキラと輝く物体が通り過ぎていった。
「あれは……」
精霊たちだ。夜になるとどこかに飛んでいく姿を、ケイは寮の部屋から見ていた。
やはり立ち入り禁止区域に向かっていたのだと考えていると、エイミーが立ち止まって上を見上げた。
「ちょうどみんな帰ってきたみたいだね」
「帰って……?」
葉に覆われた枝をエイミーが持ち上げれば、開けた場所が現れた。その中央にそびえるのは、発光する大木――。
「精霊の……木!?」
説明されずともわかった。その木には、今まで見たこともないような数の精霊が集まって輝いている。その魔力の神々しさに、ケイは息を呑んだ。
エイミーが木に近付けば、精霊たちが窺うように頭上に集まった。
「ウニョちゃんは寝てるよ~」
ポシェットを指さすエイミーのもとに、わっと精霊が集まる。
(ウニョちゃん? エイミーの友達の精霊の? なんで寝ていたら集まるんだ?)
珍妙な姿の精霊は、もしかしたら他の精霊たちから遠巻きにされているのかもしれない。
(僕がエイミーと似ていると思ったように、ウニョちゃんもエイミーを仲間だと思ったのかもな)
エイミーとウニョの仲を推察していれば、ケイのもとにも精霊が集まってきた。
「ケイ、こっち!」
嬉しそうに自分を呼ぶエイミーに目を向ければ、エイミーは木の幹に片方の手を当て、もう一方の手でケイを招いていた。そこまでの道を作るように、精霊たちが一列に並ぶ。
キラキラと光る道を進みながら、ケイに再び疑念が湧き上がる。
(エイミー……君は何者なんだ?)
あどけなく笑う彼女は、どうみても普通の女の子だ。しかし普通の女の子は、王国の根幹への立ち入りを許可なんてされない。
(夜になると、王国中の精霊がここに集まってくるのか……? しかしこの数……王国が強国でいられるはずだ)
乾いた笑いが出てしまう。帝国は精霊が枯渇しているというのに。
(この違いはなんだ……? 何か秘密があるのか?)
「ケイ?」
もう探る必要のない王国の秘密をつい癖で考え込んでいれば、エイミーから声をかけられ驚きでびくりと身体を震わせてしまった。
「まだ顔色が悪いね……大丈夫?」
伸ばされた手がケイの頬に触れる。その小さな手に温かさを感じて、ケイは目を閉じた。
「大丈夫だよ……ありがとう」
目を開けば、安心したように笑うエイミーの顔が飛び込んできた。愛おしさがこみあげてきて、ケイの胸を抉る。
エイミーはケイの手を取ると、幹へと導いてくれた。
ケイの手が精霊の木に触れると、じわりと温かい感触が伝わってきた。先ほどまで感じていた腹の痛さまで和らいだ気がする。
(精霊の魔力か……?)
「ケイの嫌なことがなくなりますように……。ケイの願いが叶いますように」
ケイが驚いていると、エイミーが目を閉じて唱えていた。その横顔の美しさに見惚れてしまう。
エイミーはおまじないだと言っていた。きっと気休めにしかならないのだろう。それでもケイは願わずにはいられなかった。
(どうか、エイミーを守ってくれ……。僕ではもう、守ってあげられないから……)
ぎゅうっと眉頭を寄せれば、隣にいたエイミーの肩が触れる。エイミーが身体を寄せてくれているようだ。
エイミーからケイに密着するなんてめずらしい。そっと隣を見れば、彼女の微笑みが瞳に映る。
「大丈夫だよ。きっと精霊がケイを導いてくれるから」
心臓を握り潰されたような悲しみがケイを襲った。
それは、かつてケイの母が死ぬ直前にかけてくれた言葉と一緒だ。
(僕はまた、大切な人を守れないんだな)
ケイはエイミーの肩に手を置くと、強く抱き寄せた。エイミーは何も言わずに、ただケイの腕の中に収まってくれる。
(本当は……僕が君を守りたかった……)
流れた涙は、腕の中に閉じ込めたエイミーには見えないだろう。これが最後だとケイはエイミーをさらに強く抱きしめる。
(君がバーナードのものになるなんて嫌だ……でも、もう君を守るにはそれしかない……)
あの狡猾な義兄はケイが何をしようと先回りしてくるだろう。このままではエイミーが殺されてしまう。
(プロポーズ、受けてくれて嬉しかったよ……。でも、君はバーナードと結婚するんだ。あいつならエイミーを守れる)
ケイは先ほどのプロポーズを思い出して、拳を握りしめた。
独占欲丸出しの怒りをぶつけてしまったケイに、エイミーはまっすぐな好意を返してくれた。ダメだとわかっているのに、プロポーズせずにはいられなかった。
(君の温かな思い出を胸に、僕は一人で生きていくよ)
帝国を裏切る計画はもう使えない。となれば、義兄の言う通りにするしかない。だがケイはエイミーを殺す気も、帝国を王国に攻め入らせる気もないのだ。
(こうなったら僕と一緒に破滅してもらう)
ケイは王女との婚約を進めるつもりだ。エイミーは殺したことにして、バーナードに保護させる。
これだけの精霊がいる王国ならば、帝国など簡単に退けられるだろう。ケイはそう確信した。婚約式で攻め入ってきても帝国は負ける。ケイも皇族もろとも捕らえられるだろう。
(でも僕は命令を強要されていただけ……ディグア公爵の甥でもあるのだから、温情をかけてもらえるはずだ)
皇帝と義兄たちは処刑されるだろうが、自分は幽閉で済むかもしれない。
ケイは自身の腹をさすった。ここに残っているであろう忌まわしい痣も、きっと証拠になってくれるだろう。
「ケイ……」
「あ、ごめん。苦しかった?」
身をよじるエイミーにハッとして、ケイは抱きしめていた腕を緩めた。
エイミーはケイを見上げると、背伸びしながら腕を伸ばして目尻の涙をハンカチで拭ってくれた。
「これ……もらっていい?」
シンプルな緑のハンカチには、花の刺繍が角に一つだけしてある。それがエイミーらしく思えて、ケイは気づけばねだっていた。
「いいけど……ケイにはピンのお礼、ちゃんとしたいな」
「じゃあまた今度デートしてくれる?」
「うん!」
今度はこない。それなのにケイは、また嘘を積み重ねてしまった。
「あっ!」
エイミーが光を放った木を指さした。精霊が一斉に発光しているようだ。
その幻想的な光景に目を輝かせるエイミーと目が合えば、自然と唇を合わせていた。
これが最後だと何度も自分に言い聞かせながら、ケイはエイミーから離れられずにいた。




