終わりに向かう魔女の恋⑤
「ケイ!? どうしたの!?」
エイミーの手を引いて、ケイはどんどん奥へと進んで行く。
すれ違う魔術師を見かけなくなったかと思えば、エイミーの研究室まで辿り着いていた。
「ケイ……何かあった?」
やはりドレイクに嫌なことでも言われたのだろうか? 立ち止まったケイに声をかければ、彼はエイミーに向き直った。
ケイの顔色はまだ悪く、額には汗が滲んでいる。
「危ないっ!」
ふらりとよろめいたケイを、エイミーは慌てて支える。すると、そのままケイの胸の中に閉じ込められてしまった。
「ケイ……?」
「エイ……ミー……」
辛そうな声で抱きしめてきたケイの腕は震えていた。
「具合悪いの? 研究室の中に入って休む?」
「園長の許可なく入れないよ」
ふるふると頭上でケイが首を振り、肩をすくめた。
(わたしの研究室だから大丈夫なんだけど……)
見上げれば、ケイは見たことのない怖い顔でエイミーを見下ろしていた。
「君はいつもあんなふうにバーナードに触れているの?」
「へっ……」
エイミーの前髪を留めたピンにケイが手を添える。
「それとも、僕を嫉妬させるためにわざとやっているのかな?」
「しっ、と……」
ケイは嫉妬してくれたのだろうか。初めての経験に驚いてエイミーが瞬きすると、ケイは口の端を上げて顔を寄せた。
「キスしそうな距離だったもんね。バーナードともするつもりだった?」
「ひゃっ!? ん……っ」
エイミーが顔を赤くして飛び上がると同時に、ケイの唇が自身の唇に優しく触れた。
すぐに離れたケイの唇を名残惜しく見つめれば、苦悶の表情を浮かべて視線を逸らされた。
「そんな顔でバーナードにも触れることを許しているの?」
そんな顔とはどんな顔だろうか。訳がわからないが、エイミーはケイにまっすぐに伝えようとする。
「わたしが好きなのはケイだから……わたしの心だけはケイに……」
バーナードは国が決めた婚約者候補だ。彼に義務だと言われ続けて、それは仕方のないことだと思っていた。
(それでも、わたしの心だけは自由だもの)
ずっと恋に憧れていた。でも今は、ただケイが愛しくて一緒にいたい。
「……恋がこんなに辛いものだなんて知らなかった……」
「エイミー!」
ポロリと涙をこぼせば、ケイが抱きしめてくれた。
「わたし……ずっとケイの恋人でいたい」
止まらない涙とともに言葉があふれ出てくる。
(こんなこと言っても困らせるだけなのに)
エイミーは国から結婚相手を決められるし、ケイは帝国に帰らなくてはいけない。
「ケイが好き……この気持ちだけは誰にも奪えないもの」
恋を知らなければ良かったなんて思わない。こんなにも愛おしくて自分を変えてくれたケイのことを、なかったことになんてしたくない。エイミーは泣きじゃくりながらケイの胸に顔をうずめた。
「ごめん、エイミー! 君の気持ちを疑うようなことを言って……。君がバーナードに触れているのを見て、頭に血がのぼっていたようだ」
いつもの優しいケイの声に安堵する。エイミーは顔を上げてケイを見た。
「嫉妬……してくれたんだよね?」
「ごめんね」
泣きそうなケイの顔がくしゃりと歪む。
「僕もエイミーが好きだ。君とずっと生きていけたら、どんなにいいか――」
ケイの言葉とともにキスが降り注ぐ。今度は長くて情熱的なキス。お互いを求め合うようなキスに心が満たされていく。
(ケイも悩んでくれていたのかな? わがまま言ってごめんね……)
エイミーもケイも、国に従って生きていくしかないのだ。こんなにも必要で、側にいたいのに。
「……エイミー、バーナードは候補なんだよね? いつ正式に決まるの?」
長いキスのあと、エイミーを抱きしめたままケイが訊ねてきた。エイミーは少しだけ考えて、正直に告げる。
「三年後に……結婚するよ」
「三年か……」
ケイはそう呟くと、エイミーを強く抱きしめて黙ってしまった。
このまま魔力量の高い適齢期の男性が現れなければ、エイミーは二十歳になると同時にバーナードと結婚する。
ぎゅうっとワンピースの胸元を握りしめれば、ケイが両肩に手を置き、顔を覗き込んできた。
「実は、僕が王国に移住できるよう計画を立てていたんだ」
「えっ!?」
思ってもいなかったケイの話に、エイミーは目を見開いた。
「でも……ちょっと失敗しちゃって」
目を伏せたケイを見て、エイミーの脳裏にはドレイクが浮かんだ。どうして突然ケイに会いにきたのかという疑問が晴れていく。
「エイミー……僕は三年の間に問題を解決してみせる」
伏せられていた水色の瞳がエイミーをまっすぐに捉える。「だから……」と続いたケイの言葉に、エイミーは再び涙した。
「そしたら僕と結婚してほしい」
「はいっ……」
ふにゃりと涙を流しながら笑えば、薬指にケイの唇が落とされた。
「約束だよ」
続けて前髪を留めるピンにケイがキスをする。
「これはエイミーが僕の恋人だっていう証だから、これからも付けていて」
「うん……」
親指で涙を拭ってくれたケイと見つめあった後、エイミーが目を閉じれば優しいキスが落ちてくる。
それはまるで誓いのキスのようだ、とエイミーは思った。
(ケイの魔力量はバーナード様と同等……もし王国の人間になってくれるのなら……)
エイミーの胸が期待と希望で満たされていく。
(皇族が他国に移り住むなんて簡単にはいかないのかもしれないけど……)
ケイが抱える問題がなんなのか、エイミーにはわからない。でも、ケイのことは信じられる。
(わたしに何ができるかわからないけど……)
唇を離したケイを見上げると、エイミーは決意を胸に告げた。
「ケイ、あのときの約束、覚えてる?」
「えっ……もしかして」
デートのときにした約束を、ケイは覚えてくれているようだ。エイミーはうららかな声で続ける。
「今からケイを、この森の奥に連れていくね」




