皇子と魔女の刹那の幸せ⑤
「あの……? どちらさまでしょうか?」
首を傾げるエイミーに、男子生徒の一人が不快そうな顔を見せた。
「はっ、やっぱり呪いで脅して植物園に就職した魔女様は元クラスメイトの顔も覚えていないってか?」
(ええええ!?)
冤罪である。エイミーはたった一年で飛び級をして魔術学園を卒業したので、クラスメイトの顔も覚えていない。
というか、存在を隠されたエイミーは主に教授たちの教室で授業を受けていたのだ。特別扱いされた自覚はあるが、成績は紛れもない実力だ。しかし学科はともかく、実技の実績は秘匿されているだろう。そんなエイミーが魔術師の憧れでもある植物園に就職できたとなれば、疑問を持つ者が現れても仕方がない。
(えええん! だからって学園でも変な噂になってるぅぅ!)
「お前みたいなやつ、国家予算の無駄なんだよ!」
心の中で嘆くエイミーに、別の男子生徒がつっかかってきた。
「ええと……わたしもお仕事……してます!」
いつもは言い返さないエイミーだが、今日はケイが一緒だ。あんなにも自分を認めてくれるケイに恥じない自分でいたいと、エイミーは思ったのだ。
「は? 無能のくせに将来有望な俺たちにそんなこと言っていいのか?」
リーダー格の男子生徒が手をかざし、魔法を使おうとする。
「おい!?」
「脅すだけだよ」
さすがに街中で魔法を使おうとしたことにギョッとしたのか、一人が止める。が、リーダー格の男子生徒に睨まれると黙った。
「お前ら、周り見張っとけ」
リーダー格の生徒が視線で合図して、残りの二人が壁を作るようにエイミーを取り囲んだ。エイミーの後ろは行き止まりで、逃げることもできない。
(どっ、どうしたら……)
エイミーが魔法を使うわけにはいかない。うろたえていると、ポシェットがウゴウゴとねじれて動き出した。
「うにょ!」
「ウニョちゃん!? ついてきてたの!?」
ポシェットの口から顔だけ出した従霊に、エイミーは小声で囁く。
ウニョがいれば、魔法の軌道を簡単に逸らすことができる。となると、次に心配するのは別のことである。
(そんなことしたら、また呪いだって言われるぅぅぅ)
でも痛いのは嫌だ。頭を抱えるエイミーのもとに、ケイが慌てた様子で戻ってきた。
「お前たち!! 女の子一人を多勢で囲んで恥ずかしくないのか!? エイミー、一人にしてごめ……あれっ? くそっ」
「ケイ……!」
だがケイは囲む三人よりも前に入ってこられないようだ。見えない壁を叩くように拳を打ちつけた。
(あ……風の防御結界……)
エイミーと三人の男子生徒の周りには結界が張られているようだ。
(第三者を侵入させないようにする使い方もあるんだ。なるほど)
エイミーが感心していると、手をかざした生徒がすぐ目の前に迫っていた。
「助けをあてにできなくて残念だったな。なあに、二度と生意気な口をきけないよう、ちょっと痛い目にあってもらうだけだ」
(あ、けっきょくどうしよう……)
「エイミー!!」
ケイの叫び声が聞こえる。目の前の生徒が手をかざし、魔法を唱えた。
「うにょ!!」
ポシェットの中の従霊が精霊たちに合図をした瞬間、ケイの手から水の魔法が溢れた。
――パリン。
音を立てて風の結界が割れる。
「あれ?」
「嘘だろ!? 風の魔法が水の魔法に負けるなんて!」
魔法を使ったケイが呆然とし、生徒たちは驚愕している。
魔法には属性の相性があり、水は風に弱い。通常なら、ケイの水魔法が風の結界を壊せることはないのだ。
「ウニョちゃんありがと」
「うにょ!」
ウニョが精霊たちを束ねてケイに力を貸したのだ。瞬時に理解したエイミーが従霊にお礼を告げる。
ウニョは頷いて、また精霊たちに何やら合図していた。
(あ……あの人たち、魔法使えなくなる)
そう思った瞬間、逆上したリーダー格の生徒が再びエイミーに向き直った。
「このやろおおおお!」
魔法を放とうとしている。
「エイミー!!」
エイミーはその生徒が魔法を使えなくなるのをわかっている。しかし、そんなことなど知らないケイがエイミーの元に走ってきて、庇うように抱きしめてきた。
「ケイ!?」
本当に魔法が放たれれば、ケイが大怪我してしまう庇い方だ。
もちろん、魔法が放たれることはなく。
「は?」
「あれ?」
手を思い切り振って焦る生徒に、ケイがぽかんと振り返る。
「の、」
「の?」
「呪いだああああああ」
そう叫ぶと、リーダー格の生徒は逃げていってしまった。残りの二人も追いかけるようにその場から去る。
(け、けっきょくわたしの呪いに……)
「うにょう……」
従霊はエイミーの嘆きを悟ったかのように、ポシェットへと引っ込んだ。
「エイミー!? 大丈夫? 怪我してない? 怖かっただろう!?」
エイミーに向き直ったケイは、無事を確かめるようにエイミーの身体を見回した。
必死になって心配してくれるケイに嬉しいと思いながらも、怒りがこみあげてきた。
「怖かった……」
「そうだよね、ごめん――」
「ケイが命を差し出すような庇い方をしたから、怖かった」
ケイの言葉を遮って告げれば、水色の瞳が大きく見開かれた。
「わたし、言いましたよね? ケイ自身のことも大切にしてほしいって」
この皇子様は他人のことばかりを心配して、自分のことは疎かなのだ。
初めて怒るエイミーを見て、ケイは表情を強張らせた。エイミーを凝視したまま答える。
「……あの魔法規模じゃ死なないよ?」
「それでも、ケイが痛い思いをするのは嫌……」
こんなにも腹が立つのは初めてだ。先ほど聞いたケイに対する帝国の態度にも腹が立ったが、今はそれ以上だ。
エイミーは感じたことのない憤りをどうしていいかわからない。まるで子どもが拗ねるような言い方をしてしまった。
視線を漂わせて俯くと、ケイの頭が肩にうずめられた。
「僕のために怒ってくれてありがとう……エイミー」
その声は泣いているように聞こえたが、エイミーからケイの表情は見えない。
(わたしの気持ちはこんなにもわかってくれるのに……もう)
優しくて人気者で完璧な皇子様。ケイの印象はもうそれだけじゃない。
「もうケイが自分を蔑ろにしないように、わたしが見張るね……こ、恋人っ、だから」
「…………っ……」
勇気を出して告げた言葉に返事は返ってこない。すすり泣く声がエイミーの耳に届いた。
ケイは返事の代わりに、エイミーを抱きしめる。
(今度はわたしがケイを守ってあげたいなあ)
これが愛しいという感情なのだと、恋愛初心者のエイミーでもわかった。
そっとケイの背中に手を回して、抱きしめ返す。目立つのが嫌なのに、街中で目立つ行為をする自分に驚いた。
そうこうするうちにバーナードと騎士たちが駆けつけて、二人は保護される。
エイミーとケイはその夜、バーナードからこってりと叱られたが、罰を受けることはなかった。
沢山のお話の中からお読みいただきありがとうございます!次話から第5章に入ります。
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