皇子と魔女の刹那の幸せ④
「僕は側妃の子どもで、しかも第三皇子。魔法がろくに発動しない帝国ではこの力も役に立たない。魔物討伐で武功を立てる兄たちと比べて、僕はお荷物の皇子なんだ」
話を続けるケイを、エイミーはじっと黙って見つめる。
普段のケイからは信じられない話だ。
「だから……今回の留学で成果を得て……」
そこまで話すと、ケイは黙ってしまった。
(ケイの能力は帝国に必要なものなのに……)
ぎゅうっと胸が押しつぶされそうだ。いつもは笑っているケイが時折見せる泣きそうな顔には、そんな事情があったのだ。
ケイが楽しんで学んでいたのをエイミーは見てきた。
(薬作りに熱心で……新しいことを学ぶのが好きで……帝国の民のために一人で留学にまで来ているのに)
それでも帝国はケイの能力を認めないようだ。
エイミーは初めて覚える怒りに身体を震わせた。
(もしかして、普通の製薬を学ぶだけじゃダメなのかな?)
エイミーが作る薬は、どんな病も治してしまう特効薬だ。だが、ケイが学んだところで同じようには作れない。
(どうにかできないのかな……)
ケイの話を聞く限り、帝国にいる精霊は少ないのだろう。魔法の力は精霊がいてこそ発揮されるものだ。
(陛下に特効薬を帝国にも輸出できるよう頼んでみるとか? それをケイの手柄にして……)
王国で作られる薬は、特効薬以外は他国にも輸出されている。だからケイが帝国に特効薬を持ち帰れば、成果に繋がるのではないか。そう考えたエイミーだっだが、有事意外では国王に会えないことを思い出す。これもエイミーを秘匿するための決まり事だ。エイミーはううんと頭をひねった。
「ごめんね、暗い話しちゃって」
ハッとして前を見れば、ケイはもういつものように穏やかに笑っていた。
(無理……してるのかな)
その表情がますますエイミーの胸を締め付けた。ブンブンと首を横に振れば、ケイがエイミーの手を握りしめる。
「エイミーは僕と似てるなって思ったんだ。でも、全然そんなことなかった」
(あ……だからケイはわたしを恋人役に?)
いつしかケイに、似ていると言われたことを思い出す。そして自身がケイに選ばれた理由もようやくわかった。
「君は僕よりも強くて、素敵な女の子だ。そんな君が好きだよ……エイミー」
真剣に伝えてくれるケイは、また泣きそうに微笑んでいた。
(最初の理由がどうあれ、ケイに選んでもらえて良かった……)
自分がケイにしてあげられることはなにか。そう考えて、エイミーは握られた手の上にもう片方の手を重ねてケイを見つめた。
「ケイ……『タッチウッド』って知ってる? 精霊が集まる木に触れると、嫌なこと辛いことが起きなくなる、おまじない……だよ」
「タッチウッド……」
エイミーの唐突な話にケイが目を瞬く。綺麗で吸い込まれそうな宝石みたいな瞳だ。前髪が無くて顔がスース―するのが慣れない。その前髪を留めるピンがエイミーの勇気を後押ししてくれた。
「精霊が集まる木は本当にあって、精霊にお願いごとをすれば願いが叶うかも……」
「その木はどこに!?」
食い気味にケイが身体を乗り出したかと思えば、彼はハッとして椅子に座り直した。
精霊の生態は解明されていない。彼らが集まる場所を最初から特定できるなんて信じられないだろう。
(ケイは嘘でもいいから縋りたいと思ってくれたのかな。でも、嘘にはさせない。わたしが精霊たちに頼んで……)
エイミーにはまだ切り札がある。精霊にお願いすればケイに力を貸してくれるはずだ。
危険なやり方だが、一人でもケイの間近に精霊を置けば魔法を行使できるだろう。ケイの魔力を最大限活用して帝国で製薬できれば、特効薬じゃなくとも医療だって進むだろう。そうして落ち着いたころに精霊には帰ってきてもらえばいい。
エイミーはケイをまっすぐに見つめて答える。
「……植物園の奥に、あるよ」
「……あの立ち入り禁止区域……?」
だからか、と納得したように俯いたケイに、エイミーは続けた。
「近いうちに案内……するね」
「……エイミーは立ち入りを許可されて……いるの?」
ケイは大きく目を瞠った。信じられないといった顔だ。それもそうだろう。エイミーは植物園のお荷物設定なのだから。
「うん」
まっすぐにケイを見つめたまま、エイミーはケイの手に重ねていた手を握りしめる。
「えっ……」
エイミーの返事を聞いたケイの表情には戸惑いが見える。そしてがくりとテーブルに顔を突っ伏してしまった。
(ケイなら信じてくれる……よね)
不安でケイを覗き込めば、顔を上げた上目遣いのケイと視線があう。
「他に連れ込んだ男は?」
「へっ?」
一瞬何を言われたのかと頭をフリーズさせたエイミーは、我に返って顔を赤くして眉を吊り上げた。
「い、いないよ!」
「じゃあ、僕が初めての男か」
「言い方!!」
まだ顔をテーブルにつけたまま見上げてくるケイに、エイミーは唇を曲げた。
「今日のケイ、なんだかいじわるだね」
「本当の僕は理想の皇子様なんかじゃないんだ。がっかりした?」
エイミーはブンブンと首を横に振り、ケイを見つめる。
ケイは身の上をエイミーに話したことで少しだけ素を見せてくれているようだ。それが嬉しく感じる。
「がっかりなんてしてない……だって、ケイが優しいのは変わらないから……」
エイミーが言い終わる前にケイが腰を上げて顔を近付けてきた。
「ひゃっ!?」
とっさに身構えたことで、ケイの唇がエイミーの唇をかすめて頬に着地した。
「エイミー、なんでよけるの?」
「だだだ、だって、ここ、外、で……」
「外じゃなければいいんだ?」
そう言いながら笑うケイは、やっぱりいじわるだとエイミーは思った。
(でも……元気が出たみたいで良かった……)
少しだけ吹っ切れたように笑うケイは、肩の力が抜けたように見える。きっと皇子様として振舞うことも本来の彼を窮屈にさせていたのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ怒られに帰ろうか」
身体を起こしたケイに頷いて、エイミーも立ち上がる。果実水の容器をケイが返却しにいったのを待っていると、声をかけられた。
「あれ? 魔女じゃないか?」
それは魔術学園の制服を着た男三人組だった。




