皇子と魔女の刹那の幸せ③
「お疲れ様」
(終わっちゃった……)
川の上の移動を終え、ケイはエイミーを道に下ろしてくれた。
「そんな顔しないで。お楽しみはこれからだよ」
残念そうに俯くエイミーに気づいてくれたケイが、指を絡めて手を繋ぐ。
「お腹空いたでしょう? 美味しい屋台があるんだ。行こう!」
「う、うんっ!」
繋いだ手を引き、ケイが楽しそうに笑う。その笑顔が眩しくて、エイミーも笑顔になった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう」
ベンチに座って待っていたエイミーにケイが差し出してくれたのは、紙に包まれたクレープだ。
「ここのは格別に美味しいんだ。どうぞ」
「いただきます」
ケイは自身のクレープをかじりながらエイミーの隣に座った。ケイに続いてエイミーもクレープにかじりつく。
クレープは細かく刻んだ肉と野菜がふんだんに包まれており、肉汁がじゅわっとエイミーの口の中に広がった。
「美味しいっ!」
「でしょ? 良かった。バーナードはレストランを予約していたみたいだから、そっちのほうが良かったって言われたらどうしようかと思った」
ふふっと笑いながら見つめてくるケイに、エイミーはブンブンと首を横に振った。
「誰かと屋台のごはんを食べるなんて……初めてで楽しい、です」
エイミーは平民出身だ。慎ましい生活を送る実家では、王都の街で買い物も外食もしたことがない。特級愛し子に認定されてからも、学園や植物園の外へ出ることはなかった。
「え? バーナードとも?」
ケイが驚いた顔でこちらを見た。
バーナードが婚約者候補なのは公表されていないことだ。なので、表立って二人で出掛けるということはなかった。研究室でお茶をするくらいだろうか。
エイミーが頷けば、ケイはくしゃりと笑った。
「嬉しいな。またエイミーの初めてをもらえた」
(うひゃああああ!)
こんな些細なことで喜ぶのは自分だけだと思っていた。
(ケイも……同じ気持ちなんだ)
嬉しくて気恥ずかしくて、エイミーは俯いてクレープを頬張った。クスリと笑い、ケイも前を向いてクレープを食べ進める。そしてあっという間に平らげると、紙をくしゃりと丸めて言った。
「美味しいものはまだまだあるよ。全部にエイミーを連れていくから」
そう言って立ち上がったケイは、エイミーに手を差し出した。
「ふあっ、ふぁい!」
エイミーは急いでクレープを頬張ると、ふにゃりと頬を緩めてケイの手を取った。
ケイは本当にいろんな店を知っていて、エイミーはお腹がいっぱいになるまで屋台飯を楽しんだ。
「はい、エイミーの分」
「ありがとう」
最後にやってきたのは、果実水を出す屋台だ。
野外には丸いテーブルと椅子が四つ点々と置かれており、そこでゆっくり飲んでいけるようになっている。
エイミーはケイから果実水を受け取ると、そのテーブルに向かい合わせで座った。
「ケイ、わたしより王都の街を把握しているね」
「ふふっ、学園時代から街にはよく出ていたんだ。薬屋を見て回るのが好きでね」
「学園に留学中もホスト役はいたの?」
果実水を飲みながら、エイミーはケイに質問をしていく。随分打ち解けた気がして、今なら何でも聞けそうな気がした。
「学生時代は今より自由だったかな? 制限はあったけど、薬屋の販売が厳格になったのも特効薬ができてからみたいだし」
「そう……なんだ」
エイミーは改めて自身の作った薬が厳重に守られていたことを知る。その責任がずしりとのしかかってきたようで、心が重く感じた。
「だから、僕の初めての人はエイミーだよ」
「っ、っ、ホスト役、だよね!?」
ケイの言葉にその重さが払拭される。エイミーは熱い顔をまっすぐに向けてケイを見つめた。
ケイは真剣な顔をして、テーブルにのせていたエイミーの手を握りしめてきた。
「キスをしたのも、エイミーが初めてだよ」
「ひゃああああ!」
思わず口にして叫んでしまった。
エイミーだって初めてのキスだ。二回のキスは、幸せで溶けてしまいそうな多幸感に包まれたことを思い出す。
「エイミー、可愛い」
「もっ、そんなこと、言わないでっ……」
顔を真っ赤にして俯くエイミーの手を、ケイが重ねていた手に力をこめてから立ち上がる。
「エイミーは可愛いよ。もっと自信を持って」
そう言ってケイはエイミーの手に何かを握らせた。
「これ……?」
手を開けば、ヘアピンが収まっていた。銀細工で作られた花がついたヘアピン。花の中央にはアクアマリンの石が埋め込まれている。
エイミーが見上げれば、ケイは手からヘアピンを取り、前髪を持ち上げるように付けてくれた。
「うん。もっと可愛くなった」
「ふわ!?」
急に視界が開け、エイミーは思わず両手で顔を覆った。その両手をケイが優しく顔から剥がす。
「は、恥ずかしい顔だから隠さないと……」
エイミーはバーナードに言われたことを思い出して俯いた。
「もしかしてバーナードに言われた?」
エイミーの両手を掴んだままのケイに頷く。ケイはふうと息を吐くと、エイミーに顔を近付けてきた。
「僕の言うこととバーナード、どっちを信じるの?」
その表情は少し拗ねているように見える。エイミーは迷いながらも答えた。
「ケイを……信じたい……」
「うん。エイミーは誰の恋人?」
「ケイ……」
「うん」
笑顔になったケイの唇が額に落ちる。
「ケ、ケイ! 人が見て……」
慌てるエイミーにケイはにっこり笑った。
「僕は王国中の人にエイミーが恋人だって見せびらかしたいくらいだけど?」
「も、もうっ!」
唇を曲げるエイミーに、ケイがあははと笑う。幸い、エイミーたちを見ている人はいないようだ。
ケイが席に座り直したところで、エイミーはふと、前に感じていた疑問を口に出した。
「でも……ケイは皇族だから、王国が平和とはいえ一人で出歩くのは心配されるんじゃないの?」
エイミーも護衛がいないと外に出られない。皇族であるケイもそうだろうと思っていた。
ケイはエイミーの質問に表情を曇らせると、泣きそうな顔で笑った。
「皇族といっても、僕はいらない皇子なんだ」
ケイの口から出てきたのは、エイミーが想像もしない内容だった。




