皇子と魔女の刹那の幸せ②
「よし、ここで最後だな。レストランを予約してあるから昼食にする。ここから歩いて行くぞ」
「人のデートを勝手に仕切るなんて酷いね」
いくつかの薬屋を視察した後にバーナードが告げれば、ケイは肩をすくめた。
ケイは終始エイミーの手を繋いだままで、本当にデートなのかと錯覚してしまう。
「ちっ、視察だって言ってんだろうが。行くぞ」
ずっと機嫌の悪いバーナードに申し訳なくなり、エイミーはケイを見上げた。
「ケイ……ごめんね」
「なんでエイミーが謝るの?」
「えっと……一応、婚約者……候補なので……ケイにあんな態度を……ひゃっ!?」
口をもごもごとさせながら説明していると、ケイに繋いでいた手を持ち上げられ、甲にキスされてしまった。
「酷いな、エイミー……君の今の恋人は僕でしょう?」
「う……あっ……」
手に唇をつけたまま上目づかいでこちらを見てくるケイに、エイミーは真っ赤になって視線を漂わせる。
「おい! 何してる!? 早く行くぞ」
先を歩いていたバーナードがこちらに向かって叫んでいる。エイミーはハッとして足を進めようとした。が。
「エイミー、ちょっとごめんね?」
「へっ? ――ひゃあああ!?」
ケイの声に振り向くと同時に、エイミーは彼に横抱きに持ち上げられてしまった。
「おい!?」
何事かと走り戻ってくるバーナードとも、後ろに控える騎士たちとも違う方向に、エイミーを抱えたままケイが走り出す。その方向には橋があった。
「ケイ!?」
「舌を噛まないようにね。少し我慢して」
「ケイ! てめえ!」
後ろでバーナードの怒鳴り声が聞こえる。ケイは振り返ることなく、そのまま橋から飛び降りた。
「ひゃああああ!?」
下は川が流れている。深さもそれなりで、泳げないエイミーは青ざめた。
「大丈夫だよ」
ケイの優しい声とともに、足元がキラキラと光り輝いた。瞬間、ざあっと水の上を滑るように、ケイの足が川の上を移動していくのが目に飛び込んだ。
「うわあ……水の魔法!?」
水魔法をこんなふうに使うなんて。心地よく頬を撫でていく風を感じながら、エイミーは興奮した。
「怖くない?」
「うんっ、楽しいです!」
「あはは、良かった」
バーナードの姿は遠ざかり、声もすっかり聞こえなくなっていた。
「いいのかな……」
怒り狂うバーナードが想像できて、エイミーは顔を曇らせる。しかしケイは、いたずらっこのようにウインクしてエイミーを覗き込んだ。
「後で一緒に怒られよう。僕はエイミーとデートがしたかったんだ。少しくらい楽しんでもいいだろう?」
「ふふっ、ケイが一緒に怒られてくれるなら、頼もしいです」
その顔にエイミーも共犯者のように笑った。
こんなことは初めてで胸が高鳴る。バーナードに内緒で植物園内をウロウロすることはあっても、外出することなんてなかった。しかも恋人と一緒なんて!
ふふっとケイを見上げれば、優しく細められた瞳がエイミーに向けられた。流れる風がエイミーの前髪を吹き上げ、くっきりと美しい水色が目に映る。
「やっと僕だけ見たね」
「へっ」
「バーナードのこと、ちらちら気にしていただろう?」
「あ、あのっ、それは……」
唇を尖らせていたケイは、ふっと笑みをこぼすと、エイミーとおでこを合わせた。
「今からは僕だけを見て、エイミー。改めてデートしよう」
「は、はいっ……」
顔が近すぎて、心臓がうるさい。これではキスをする距離みたいだ。
エイミーはこの前キスされたことを思い出し、恥ずかしくなって目をつぶった。すると、ちゅっと額に温かな唇が触れる。
「ひゃ!?」
大きく目を見開けば、至近距離でケイと目があう。
「期待した?」
意地悪なケイの笑みに、エイミーは顔を真っ赤にして首を横に振る。
「……僕だけがエイミーの恋人だと思っているのかな?」
「そっ、そんなこと、ないっ、です!」
頑張って否定すれば、ケイの声がエイミーの耳をくすぐる。
「言葉にして。エイミーは誰の恋人?」
優しく責め立てる声に抗えない。抱きかかえられたままなので、逃げることもできない。エイミーは勇気を出して声を振り絞った。
「ケイ、です! ふむっ……」
瞬間、エイミーはすぐに唇を塞がれてしまう。
優しく重なった唇を離すと、ケイははにかんでみせた。
「嬉しい」
「ケ……んっ……」
ケイはそう言うとまたエイミーの唇を塞いだ。
橋の下を移動するエイミーたちを見る人などいない。水の上は二人きりだ。
ケイはエイミーが落ちないようにしっかりと抱きかかえてくれている。細く見えるのに鍛えられた身体は、努力家なケイを表わしているようだ。
(すごい……恋って、こんなに幸せをもらえるんだ)
甘くて幸せなこの時間がいつまでも続けばいいと願いながら、エイミーは安心してケイに身体を委ねた。




