皇子と魔女の刹那の幸せ①
「いいか!? 今日は俺に従って行動してもらうからな!」
数日後、エイミーは揺れる馬車の中でバーナードの怒鳴り声を聞いていた。怒鳴られているのは自分だけではない。隣に座るケイも一緒だ。
「護衛がつくのは聞いていたけど、まさか指揮するのがバーナードとはね」
「ひゃあああ!?」
ケイは笑顔のままエイミーの肩を抱き寄せてきた。目立たぬよう小さな馬車で移動しているため、車内は狭い。窓のほうに身体を寄せていたのに、ケイにぴったりと身体がくっついてしまった。
赤くなって呻くエイミーの肩を、ケイはがっちりと抱いて離してくれない。それを見たバーナードの額には青筋が浮かんでいた。
「俺はこいつの専属……婚約者だ」
「専属婚約者? 言うようになったね」
(違う……専属護衛って言いそうになったのを言い直しただけです)
眉を吊り上げるバーナードと、にこやかに笑うケイ。二人の間に静かに火花が散っている……気がした。
仲のいい二人が険悪なのは、エイミーが国家機密なせいだろう。申し訳なく思っていると、ケイがエイミーに視線を向けてきた。
「今日はデートを楽しもうね、エイミー」
「デート……」
「うん。エイミーもそのつもりでおしゃれしてきてくれたんだろう? そのワンピース、華やかで可愛いね」
ケイの誉め言葉にエイミーは顔を赤くして俯いた。
(セレナ様に相談して良かった……)
ケイは約束通り、エイミーと街に出かける許可をなんと国王から取ってきたのだ。
彼は国王の親戚らしく、エイミーはその事実に驚いたが、納得もした。他国のケイが植物園に留学に来られたのはそういった背景があったからなのだ。
「セレナが選ぶのは派手なんだよ。平民のお前には似合わねえ」
「そんなことないよ。レンデュカの花のようなオレンジ、エイミーにぴったりだ」
なじるバーナードの言葉をケイがすかさず否定する。エイミーがポッと顔を赤らめれば、バーナードから鋭い視線を向けられてしまった。
「ところで、エイミーはセレナと仲が良かったの? そんなふうに見えなかったから驚きだな」
「ぐふっ……」
「俺が頼んでやったんだ!」
吹き出すエイミーをごまかすように、すかさずバーナードがフォローする。いや、もともとセレナの名前をぽろっと出したのはバーナードだ。
「ふうん……」
ケイがバーナードの言葉を信じたのかは、表情ではわからない。エイミーはドギマギしながらケイを窺い見た。すると、こちらに顔を傾けてきたケイに耳元で囁かれる。
「二人で育てたレンデュカの色だね。嬉しいな」
(気づいてくれた……)
エイミーはセレナに服の相談をしたときに、一つだけ希望を出したのだ。レンデュカみたいなオレンジ色がいいと。
セレナが用意してくれたのは、まさにその花のように鮮やかなオレンジ色で、裾が外に向かって広がる可愛い形のワンピースだった。
「おい、浮かれているようだが、今日はあくまで薬屋の視察だ。だから許可が下りたんだからな?」
「わかってるよ」
「学びの機会を与えてくださった陛下に感謝しろ」
バーナードとケイの会話に、今回許可が下りた理由を知る。
(ケイはすごいなあ)
前も絡まれるエイミーを穏便に助けてくれた。エイミーが尊敬のまなざしでケイを見ていると、馬車が止まった。どうやら目的地に到着したようだ。
「まず、ここが王都一の商会で…………」
バーナードが先に降り、続けてケイが馬車から降りる。ケイが手を差し出してくれ、最後にエイミーが馬車を降りた。
「チッ、早く行くぞ」
バーナードが先頭に立ち、エイミーとケイが後ろを歩く。二人の後ろには、もう一台の馬車に乗っていた四名の騎士がついた。
「あはは、皇族だからって大げさだよね」
笑うケイにエイミーもあははと笑ってみせた。
(うう……半分はわたしの護衛でもあります)
エイミーは国が認定する特級愛し子なので、警護対象なのだ。普段は植物園から出ないため、バーナードがときどき来るくらいで済んでいるが。
「ああ……セレナ様の薬のおかげで、医師から治らないと言われていた夫が元気になったんだよ」
「ありがたいねえ。帝国からの流行り病が入り込んできたときにもどうなることかと思ったけど、あの方は救世主だよ」
(よかった……みんな喜んでくれてる)
薬屋の外では、セレナを褒め称える声で溢れていた。
エイミーは園長伝いに結果だけ聞くので、こうして患者の声を聞くのは初めてだ。
「エイミー、嬉しそうだね?」
隣で歩くケイが不思議そうに覗き込んできた。エイミーの目は前髪で隠れているのに、いつも変化に気づいてくれる。エイミーはえへへと口元を緩ませてケイを見た。
「植物園みんなの努力の結晶が、国民のあの笑顔を守れているのだから誇らしいです」
「みんなセレナの名前しか口に出さないのに?」
まだ不思議そうな顔のケイに、エイミーは拳を握りしめて力説する。
「セレナさんのおかげで植物園の存在意義を国民は理解してくれています。だから、みんなの力です!」
「そっか……」
「ひゃ!?」
ケイはそう言って微笑むと、エイミーと指を絡ませて手を繋いできた。密着した手の繋ぎ方にエイミーの心臓が跳ね上がる。
「……中に入るぞ」
振り返ったバーナードが険しい顔でこちらを見ていた。ケイは気にすることなく、エイミーの手を離さない。
店内に入ると、バーナードが声を潜めて告げた。
「見るだけで、お前は薬を買えないからな」
「えっ? そうなんですか?」
驚くエイミーに、ケイは溜息混じりに笑った。
「わかっているよ。新薬はまだ非公開なもの。僕に分析されたら困るものね?」
「ちっ、やっぱり新薬のこと知ってんのか」
「王都で出回っているのだから知らずにいるほうが無理だよね? 国民証と診断書がないと買えないこともね」
「買おうとしてんじゃねえか!」
二人の話にエイミーは目を点にした。
(知らなかった……)
国に依頼された薬に制限がかけられていたなんて初耳だ。研究ばかりのエイミーは気にもしていなかったのだ。
(あ……わたし、ケイに薬をプレゼントしたけど大丈夫かな?)
ケイのために作った睡眠導入剤を思い出し、繋がれた手からケイの顔へとちらりと視線を上げる。
「エイミー、いろんな薬があるよ! ほら」
(大丈夫……みたい)
ケイの笑顔にホッとして、エイミーは隣に並んで薬を眺めた。




