皇子様と魔女の恋⑥
ケイはファルファデ帝国の第三皇子だが、側妃の子どもだった。上二人の皇子は正妃の子で、ケイは正妃からも義兄たちからも疎まれている。
軍事国家であるファルファデは、武力をもって他国を排し、奪ってきた国だ。しかし、一国だけ敵わない国があった。フェリーク王国だ。多くの魔術師を抱え、精霊に守られた国――魔物も攻め込む兵も寄せ付けないフェリーク王国は、大陸一の強国として君臨している。
ケイが生まれるよりも昔、ファルファデはその強国に攻め入り、敗北した。平和を望むフェリーク王国の温情により二国は同盟を結び、現在に至る。
表面上仲良くはしているが、ファルファデの皇帝――ケイの父は王国への侵略を諦めてはいなかった。だからこそ、ケイを留学にやって秘密を探らせている。
ケイが生まれた当初、まだファルファデには精霊が微かだが存在した。魔力を持つ上の兄たちはなぜか魔法を使えなかったが、ケイは水魔法を行使してみせた。そのことでケイは義兄たちから暴力を受けるようになったが、母という味方が一人いれば平気だった。しかしその母も、ケイが十二歳のときに病気で亡くなってしまう。
『ケイ……大丈夫よ。精霊があなたを導いてくれる』
そうケイに言い残した母は、フェリーク王国から嫁いできた公女だった。
『まあまあ、可哀相に。きっとこの国の厳しい寒さに身体がついていけなかったのですわ』
喜びを隠そうとはしない正妃に、皇帝は何も言わなかった。きっと誰よりもフェリーク王国を疎んでいる皇帝は、母のことも邪魔だったのだ。
それからも義兄たちから暴力を受け続けたが、ケイは耐えた。帝国の寒さは毎年冬に多くの死者を出す病までも引き連れてくる。それをなんとかしたくて、勉強にのめりこんだ。腐っても皇族のケイにはその環境だけは許されていた。
そのうち、令嬢たちが群がるようになりケイは情報収取の術を学んだ。女遊びの激しい第三皇子、とは義兄たちがまいた噂である。
十六になる年、ケイはフェリーク王国魔術学園への留学を願い出た。もちろん、帝国の医療を発展させるためだ。
留学を許可され喜ぶケイに、皇帝は信じられないようなことを告げた。
『フェリーク王国は我が帝国の精霊を奪い、善人面をして我々を見下している! お前は王国に留学の名のもと潜入し、王国の秘密を探ってくるのだ!』
『父上っ……王国は他国から留学を受け入れ、広く門徒を開いております! それは大陸全土の発展のため……ぐっ!』
ケイの訴えに、皇帝は頭に載せていた王冠を投げつけてきた。帝国の寒さが民を飢えや病で苦めているというのに、宝石がびっしりと埋め込まれた重たい冠だ。宝石を支える立て爪がケイの頬をかすり、血が滲む。しかし皇帝は顔色変えずに続けた。
「大陸の発展? 王国が本当にそう思っていると? 甘いな。お前の創薬とやらも、王国を侵略すれば薬が手に入るのだから必要ないだろう。せいぜい美しく生んでやったその顔で、王国の女たちをたぶらかして情報をもぎ取ってこい。なんなら王女をその気にさせてもいい」
「父上……?」
何を言っているのかとケイは耳を疑った。しかし、じくじくと痛む頬が現実を突きつけてくる。
「いいか。情報を持ち帰らなければお前はもう息子でもない。フェリークの血が混じるお前だけは生かしてやったのだから、役に立て」
その言葉にケイは気づきたくないことに気づいてしまった。
帝国には、王国から薬が輸入されている。それは国民に行き渡らず、皇族や上位貴族たちで独占されていた。皇族である母にならその薬が与えられ、病も回復したはずだ。
(わざと、薬を与えなかった……?)
疑心を抱いても、拳を握りしめて皇帝に従うしかケイに道はなかった。
王国に渡ったケイは、学園の寮に入った。姪の息子であるケイは、国王にとっては姪孫である。ケイは丁重に迎えられたが、国王以外の王族と関わることはなかった。
ケイは学園で魔術を学び、魔法創薬を専攻した。純粋に学ぶのは楽しかった。しかも王国では不思議と魔力が解放され、思うように魔法が使える。そのおかげで侯爵家の長男であるバーナードに近付けた。帝国でのケイの噂を知らない令嬢たちは、ケイに群がった。
(こんないらない皇子に媚びを売っても仕方ないのに)
令嬢たちが言い寄ってくるのはケイの顔がいいからだけではない。ファルファデの皇子と縁を持ちたいと考えているからだ。虚しい気持ちを押し込め、ケイは令嬢たちに良い顔をした。期待を持たせて、情報を引き出す。ケイが上手く立ち回ったおかげで、王国では女遊びの噂は広がらなかった。皆ケイを完璧で人気者の皇子様だと思ったままである。そのおかげで植物園への留学もすんなり受け入れてもらえたわけだが。
留学を終えようとしていたころ、ケイはまだ大した情報を掴んでいなかった。王国には多くの精霊がいること、そのおかげで魔術師が多くいて魔法が発展しているということ。どれも確証を得ただけに終わる話だ。
植物園へ就職を決めた令嬢から新薬ができたらしいことを聞いたのは、ケイが国へ帰る直前のことだった。
その薬は、今までと比べものにならないくらい効果を発揮していて、どんな病もあっという間に治してしまうらしい。
(その薬がまだ出回っていないということは、開発されたばかりか、製薬者が少ないか……)
ケイは留学中に王国の薬を研究していたが、そこまでの薬を見たことがなかった。
(その薬があれば、母のような人を救える……)
ケイはその話を国に持ち帰り、皇帝に話した。が。
「なぜその製薬者を突き止め、こちら側に引き込まなかった!」
「父上! 王国に教えを請いましょう! 王国側は確かに何かを隠していますが、その守りは強固です。救いの手は差し伸べられているのですから、その手を取りましょう!」
怒り狂う皇帝にケイは必死に訴えた。しかしその場にいた次男によって殴り飛ばされてしまう。
「父上、フェリークの王都に魔物が現れなくなったのは、中央に何かあるからだと思われます」
「さすが我が息子だ。ケイよ、お前がダラダラと留学している間に、ドレイクは有益な情報を得たぞ」
第二皇子であるドレイクは、帝国騎士団の次期団長だ。帝国は王国と共同して国境線の魔物退治をすることがある。ドレイクは王国に友好的な顔をしながら、情報を探っていたようだ。
「でも父上、ケイも頑張ったようですから褒めてあげましょう。ケイが言う薬の情報が本当なら、王立植物園にこそ何か秘密があると見ていいでしょう」
「……そうだな。あそこには多くの魔術師が所属していると聞く。しかし、あそこは一般公開されてもいるが、内部には侵入できない」
眉を寄せる皇帝に、ドレイクは凶悪な笑顔で言った。
「ケイをもう一度留学に出しましょう。今度は植物園で学びたいと言って」
「いや……しかし、王国が許可するだろうか?」
「第二王女がケイに一目ぼれしたと情報を得ています」
ケイは国王にしか謁見したことがない。ドレイクの言葉に驚きの顔を向けた。
「さすが女遊びが激しい弟だ。王女まで誑かすなんて、よくやるよ」
ドレイクはケイに侮蔑の笑みを向けると、皇帝に向き直った。
「王女に婚約を申し入れましょう。ケイは母親のような人間を二度と出したくなくて創薬を学んでいるのです。王国の知恵が集まる植物園で再び学び、帝国の医療を変えたい。そしてその帝国に妻として王女を迎えたい――そういった筋書きです」
「なるほど……あの平和ボケな王はお涙頂戴な話が好きそうだ。それにケイは公女の息子だ。受け入れる可能性は高い。さすが我が息子だ!」
ケイには向けたことのない笑顔で皇帝がドレイクを褒め称えた。
ケイの学びたい気持ちをわかっていながら、踏みにじって利用しようとさえする二人に吐き気がする。
「王国の王女など、この国に踏み入れさせる気はないが……王女を誑かした褒美にもう一度チャンスをやろう。失敗したら……わかっているな?」
「弟の顔を見るのがこれで最後にならないよう祈っているよ」
そうしてケイは、再びフェリーク王国へ留学することとなった。
国王はケイが三か月の留学を終えてから王女との婚約を考えると言った。王女が乗り気なため、ほぼ決定と言っていい。
このことは公表されておらず、王家と皇族だけが知るところだ。
しかし、ケイが王女と婚約することはないだろう。ケイが王国の機密を持ち帰ればそれを元に帝国が攻め入るし、失敗すればケイは殺されるのだから。
* * *
(任務を忘れたことなんてなかったのにな……)
「ケイ……?」
「……!」
畑の前で二人は屈んだままだった。隣にいたエイミーが頭を撫でてくれ、ケイはハッとしてエイミーを見た。前髪で目が隠れていても、ケイを心配してくれているのが伝わってくる。エイミーの温かな手を感じながら、ケイは身体を震わせた。
エイミーは自分と同じように他から疎まれ、一人ぼっちの可哀そうな女の子じゃない。強くて明るくて、優しい女の子だ。
魔術学園時代は、群がる令嬢に感情を抱くことなんてなかった。こんなにも誰かを欲したのは初めてだ。母の他に守りたいと思える存在――一緒にいて心安らげる女の子。
(国王陛下に本当のことを話して、保護してもらうか……? いや、しかし王女と結婚しろと言われたら……ああ、考えがまとまらない……)
「大丈夫だよ」
優しく撫でられる手がケイの心を落ち着かせていく。
(死にたくないなあ……)
このまま自分が死んだら、エイミーはバーナードと結婚する。この先の心配よりもそのことが嫌だと思った自分に、ケイは心の中で笑うしかなかった。
沢山のお話の中からお読みいただきありがとうございます!次話から第4章に入ります。
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