皇子様と魔女の恋⑤
「ケイ、こっちです!」
ケイはエイミーに連れられ、植物園の奥までやって来た。ここまで入るのは初めてだ。ホスト役のエイミーがいなければ無理だっただろう。
ケイは先ほどの出来事を思い返す。
* * *
エイミーは同僚から酷い目にあっているはずなのに、明るく振舞っている。その原因に拍車をかけたのはケイだ。
ケイは交際宣言することで、エイミーが妬みを買うことはわかっていた。わかった上で皆に見せつけるように振舞った。
(そうして頼るのが僕だけになって依存して、僕の言うことだけ聞くようになれば……)
そう画策していたのに、ケイは初めて見たエイミーの涙を拭ってあげたいと思ってしまった。それだけではとどまらず、ふにゃりと笑うエイミーが愛おしくてキスしてしまうのを止められなかった。
(何をやっているんだ! もっと僕に落としてからじゃなきゃ意味ないだろう!!)
そう思うのに、エイミーの初めての相手が自分で良かったと安心する自分がいる。
バーナードは本当にまだ候補なのだと、自分が割り込む余地はあると思ってしまうのは、計画だからじゃない。
とっくにエイミーに惹かれているのだとケイは認めるしかなかった。
認めてしまえば自分のしたことに後ろめたさを覚える。エイミーに辛くはないかと問えば、予想外の言葉が返ってきた。
「えっと、楽しい……です、よ?」
それは嘘をついているようには見えなかった。エイミーは本当に植物園が好きなようで、楽しいと笑う。しかも、卑怯な手でエイミーに近付いたケイのおかげでもっと楽しいと言ってきた。
心臓が掴まれる思いで、ケイはエイミーを抱きしめた。
「……ケイがこの国にいる限り、側にいますよ?」
吐き出した思いに応えてくれたエイミーの言葉に、ケイは泣きそうになって我慢した。
しばらくの抱擁のあと、エイミーが話題を変えるように明るく言った。
「そういえば、ケイはこの畑に水やりをしてくれていたんですね」
ケイは創薬の研究をメインにしているが、属性は水だ。得意の水魔法は薬草生育の分野でこそ役に立つ。
そこで研究の傍ら、ケイは研究室に繋がる畑だけ水やりを手伝っていたのだ。
「どうしてわかったの?」
「えっと……ここの薬草だけ生育が良い、ので……」
口ごもりながら話すエイミーにケイはそうなのかと首を傾げた。
ケイは他の畑に行くことはできない。大抵の薬草は研究室に繋がる畑で事足りるから、行く必要もないのだけれど。
「レンデュカの花はこの畑にしかなくて……今日やっと摘めました……」
「だからここに何度も来ていたの?」
ケイはエイミーが他の魔術師に絡まれてしまうことで、薬草を摘めていなかったのだと理解した。
エイミーのほうは気にしていないようで、摘み取った花を見て顔を綻ばせた。
「わたしの畑でも育てているんですけど、中々花をつけなくて……やっぱり水魔法を浴びないとダメなのかなあ」
薬草は普通の水で育つ品種もあるが、水魔法の使い手が魔法で出す水でしか育たないものもある。
しょんぼりした顔をするエイミーに、ケイはじゃあと妙案を思いついたように言った。
「僕がエイミーの畑に水やりをするのはどう?」
エイミーは一瞬驚いたような、困ったような顔を見せたが、すぐに好奇心に抗えないといったわくわくとした顔に変わった。
* * *
「えっと、ここがわたしの畑、です」
植物園の奥は中央よりは暗さがあるものの、ほのかに太陽の光が届いている。王国が誇る天井のガラスを遮るように、奥には深い森が見えた。
(あそこが立ち入り禁止区域だな……)
ケイの想いに反するように、トントン拍子に計画が進んでしまった。
「えっと、これがレンデュカの畑で……」
嬉しそうに畑を紹介するエイミーに、ケイの胸がずきりと痛む。
(まさか、本当にキスをしたことで心を許して……?)
そんなつもりはなかったと言い訳をしながらも、秘密を探ろうとする自身もいて、ケイは自分が心底嫌になった。
「ケイ?」
心配そうにこちらを見てきたエイミーに、ケイは慌てて皇子様の笑顔を繕った。
「じゃあ、いくよ?」
畑に手をかざせば、エイミーの瞳が期待で輝く。
(精霊は近くにいないが……いけるか?)
今、この場にいるのはエイミーの肩に乗る精霊だけ。異質な形をしているがおそらく緑の精霊だから、水魔法の力は借りられない。
ケイは精霊に向かって魔力を差し出すように、もう片方の手を天に掲げた。すると、一気に魔力が集まり、畑にかざしていたほうの手からキラキラと水が降り注いだ。
(なん、だ……? 力がみなぎる……この力は――)
「うわあ!」
ケイの魔法を初めて見たときと同じようにエイミーが歓喜の声を上げる。
ケイは森へと向けた視線をエイミーへ戻した。
「すごい、ケイ! ありがとう!」
ケイの魔法の水を浴びたレンデュカはあっという間に茎を伸ばし、蕾をつけていた。
「明日には咲いちゃいそうだね」
畑を覗き込むようにして屈むエイミーの隣に、ケイも腰を落とす。
「エイミーのほうが咲いたみたいだ。可愛い」
そう言ってエイミーの前髪を持ち上げれば、熱を宿した瞳が現れる。
「そんなこと言ってくれるの……ケイだけ、です」
視線を漂わせるエイミーに、ケイの独占欲がムクムクと湧きあがる。
「本当に? バーナードは?」
「バーナード様!? なんで!?」
驚くエイミーは、本当にバーナードの気持ちには気づいていないようだ。しかもバーナードのほうはまだ「様」呼びなことに自尊心がくすぐられる。
「じゃあ、エイミーの初めては全部僕にくれる?」
「ふわっ!?」
顔を真っ赤に爆発させて、エイミーが倒れそうになる。ケイはすかさず受け止めて、エイミーを抱き上げた。
「エイミー、可愛い」
「…………っ、っ!!」
顔を真っ赤にして抗議してくるエイミーを本気で愛おしいと思う。
(任務をしくじれば、僕の命はない……でも、君の側にずっといたい)
ケイは自身の止められない想いと、国からの任務の間で揺れていた。




