皇子様と魔女の恋④
「うわ〜!」
ケイが長い腕を空高くかかげ、手のひらを畑に向かってかざせば、広範囲に水が降り注ぐ。
さああと雨が落ちるような心地いい音に、エイミーは耳を澄ましながらケイの魔法に魅入った。
(すごい! すごい! 水量の調整も、薬草に均等かつ的確な角度で与えるコントロール力も……!)
キラキラと輝くケイの水魔法は、ケイを呼んできた精霊の力が借りられている。
精霊に渡す魔力量もそうだが、魔法を使いこなすケイの腕はバーナードと成績を争ったほどのことはある。
(ケイ、すっかり精霊たちに好かれているな)
魔法は精霊の力を借りるため、本人の力とは他に精霊の好感度も関係してくる。これは愛し子に関わる関係者しか知らないことだ。
精霊に好かれた者の魔法は光をまとって美しい。エイミーがうっとりと眺めていると、ウニョが肩から飛び降りた。
「うにょ!」
「ウニョちゃん!?」
どうやらケイの水魔法に惹かれたようだ。緑の精霊と水魔法は相性がいい。
「おや? 君は初めましてだね?」
ケイの近くに降り立ったウニョを見て、ケイが微笑む。
(やっぱり……)
エイミーは涙を滲ませ、頬をへにゃりとさせた。
「君も精霊だね? ははっ、可愛いね」
「うにょ!」
差し出されたケイの手のひらにウニョが飛び乗る。
「あはは」
キラキラと落ちる水しぶきを浴びながらウニョがケイの手のひらの上で踊れば、ケイも楽しそうにくるくるとその場で回り始めた。
「この子、エイミーのお友達?」
「う、うんっ!」
涙を指で拭い、エイミーは慌てて返事をする。
前髪がエイミーの泣き顔を隠してくれていたはずだった。しかしケイは水やりを止めるとエイミーに近付き、ウニョを乗せた反対の手でエイミーの前髪を持ち上げた。
「どうして泣いているの?」
優しく問いかけるケイの声に、気づいてくれた優しさに、エイミーの目からはまた涙が溢れる。
「ウニョちゃんは、大事なお友達で……」
「君、ウニョちゃんっていうのか」
「うにょ!」
エイミーの前髪を持ち上げたまま、ケイがウニョを見る。ウニョは得意げに返事をしてみせた。
「すごい! 精霊の声って僕、初めて聞いたよ」
「でも、みんなは気持ち悪いって」
エイミーは誰に何を言われても気にしてこなかった。それなのにケイを前にした今、弱音がぽろりとこぼれてしまった。
ケイは優しく微笑むと、唇を近付けてエイミーの涙をすくった。
「ひゃあ!?」
顔を真っ赤にして驚くエイミーに、ケイが眉尻を下げてエイミーを見つめる。
「手が塞がっていて、君の涙を拭ってあげられないから」
確かにケイの右手はエイミーの前髪を持ち上げ、左手にはウニョが乗っている。
「でも、こんなキスみたいなの……」
エイミーが言い終わる前に、再びケイの唇が涙をすくう。薄く形のいい唇は柔らかく、熱を帯びていた。その熱に浸食されていくように、エイミーの顔も熱くなっていく。
ケイは顔を離すと、ウニョを肩に乗せてくれた。
「こうすると、お花が咲いているみたいで可愛いね」
ケイの言葉に弾かれるように、エイミーは涙をこぼしながらふにゃりと笑った。
「わたしも、そんなふうに思っていたの! ――んっ……」
瞬く間にケイの顔が近付いてきて、キスをされているのだと理解するのに時間がかかった。
エイミーの涙をすくっていた唇が、今は優しく自身の唇に重ねられている。
(ひゃ、ひゃあああああ)
初めての経験に心臓が壊れそうだ。ケイに前髪を持ち上げられたままなので、ケイの閉じられた瞼がはっきりと見える。
(まつげ……長い。綺麗な顔だと思っていたけど、間近で見ても……)
そんなことを考えていれば、エメラルドグリーンの瞳が目の前で開き、唇を解放された。
「エイミー、考え事なんて余裕だね? もしかして、キスは初めてじゃない?」
「はっ、初めてです!!」
ムッとした顔のケイにぶんぶんと首を横に振れば、意地悪な笑みに変えて迫ってくる。
「じゃあ、僕が初めて?」
恥ずかしくてケイを見られない。目をぎゅっとつぶり真っ赤な顔でコクコク頷けば、ケイに抱きしめられた。
「良かった……」
安堵の息がエイミーの耳へとかかる。
(ケイはわたしが男漁りしているって噂も知っていた……?)
ケイの一時的な恋の相手にどうして自分が選ばれたのか疑問だった。
(わたしなら後腐れなく別れられると思ったから?)
でも、それならどうしてケイはエイミーのキスの初めてが自分で安心しているのだろうか。
(これじゃあ、ケイが本当にわたしのことを好きみたい……)
エイミーを抱きしめるケイの背中にそっと手を回そうとしたところで、ケイに話しかけられる。
「エイミー」
「なっ、なに?」
びくりと身体を震わせ、エイミーはその手を宙に漂わせた。
エイミーは身体を離したケイに前髪を持ち上げられながら、覗きこんできたエメラルドグリーンの瞳を見返した。
「僕と交際宣言をしたことで、辛い目にあってないかい?」
心配そうに目を伏せるケイに、エイミーはきょとんとした。
「えっと、楽しい……です、よ?」
エイミーの答えにケイは目を見開いて焦った様子を見せた。
「雑用を押し付けられたり、変な噂を立てられたりしているよね?」
それはケイが来る前からのことだし、エイミーは気にしたことがない。
「えっと、わたしはこの植物園が好き、だから」
ここでは好きに研究できるし、精霊たちもいる。だから平気だった。でも、今は――。
「今は、ケイがいてくれるから、もっと楽しいです!」
正直な気持ちを口にすれば、ケイは一瞬だけ泣きそうな表情を見せた。その表情は前にも見たことがある。
「ケイ――」
声をかけようとしたところで、エイミーは再びケイに抱き寄せられた。
「君は……やっぱり明るい女の子だね。エイミーみたいな人が側にいたら、世の中のみんながどんなに生きやすいだろう」
消え入りそうなケイの声に、エイミーは励ますように告げる。
「……ケイがこの国にいる限り、側にいますよ?」
返事をするように、エイミーを抱きしめるケイの腕の力が強められる。エイミーは今度こそケイの背中に手を回して、慰めるように彼の背中を撫でた。




