留学生と魔女⑥
「ケイ! お待たせしましたっ」
再び全力疾走でテントまで戻ってきたエイミーは、中に入るなり倒れ込んだ。
「エイミー!? 大丈夫かい?」
ケイはエイミーの代わりに薬の整理をしてくれていたようだ。空になった薬の箱を隅に置くと、エイミーのところまで急いで駆けつけてきてくれた。
「うう……休んでてって言ったのに……」
「今休んだほうがいいのは君だね」
そう言ってケイは優しくエイミーの身体を起こしてくれた。
ケイのために行動したのに、情けない。エイミーは浅い呼吸をなんとか整えると、握りしめていた薬瓶をケイに差し出した。
「ケイ、これ……もらってください」
「これは……」
ケイは目を丸くして受け取った薬瓶を眺める。
「えっと、よく眠れるための薬です。寝る少し前に飲んでください」
「…………研究室の薬を勝手に持ち出して大丈夫?」
ケイは丸くした目を瞬かせてエイミーを見た。エイミーは慌てて両手を前に出して、上下に振る。
「わたしが作ったものなので大丈夫です!!」
王国から依頼されて作った薬を勝手に融通することはできないが、これはエイミーがケイのためだけに作った薬だ。
「エイミーが?」
ぽかんとしたままケイがこちらを見ている。迷惑だっただろうか? ケイは皇族だ。口にするものに人一倍気を遣っていてもおかしくはない。
ダラダラと汗が流れ落ち、間を埋めるように焦りの言葉がエイミーの口から出た。
「安眠効果の高いダランに鎮静効果のあるルーミカを合わせて調合しました。変なものは入っていないです。即効性があるものだと、ケイの自律神経を乱してしまうから、ゆっくり穏やかに効くように配合も工夫して……」
「ふっ……」
つらつらと説明を続けるエイミーの前で、ケイが破顔した。
「ふふ、ふふふふ」
「ケ、ケイ……?」
お腹を抱えるようにうずくまってしまったケイを、エイミーは心配して覗きこんだ。
「あのっ……心配なら実際にわたしが飲んでみて……ひゃ!?」
エイミーの身体がケイによって抱き寄せられる。
(ふわあああああ!)
もちろん異性に抱きしめられるのなんて初めてだ。
エイミーは心の中で叫び、ピシリと身体を硬直させた。
ケイの身体は細身ながらもほどよく筋肉がついている。固い胸板に顔をうずめる形になったエイミーは、ケイの男らしさにまたドキドキとさせられた。
「……ありがとう、エイミー」
噛みしめるような儚く低い声がエイミーの耳朶をくすぐる。
「すごく嬉しい」
「ふわわっ……」
甘い声と吐息がゾクゾクとエイミーの背中を震わせていく。
身体を離したケイが、ぽーっとするエイミーの顔を覗きこんだ。
「ありがとう、心配してくれて。こんなことしてくれるのはエイミーだけだ」
「ケイ……?」
ケイの表情がどこか寂しそうに見えて、エイミーは我に返った。
「みんなケイのこと、心配しますよ?」
ケイは皇族だ。心配しない人などいないだろう。そのことを差し引いても、優しくて人気者のケイが体調を悪くすれば植物園中の職員が心配するだろう。
そんなエイミーの素直な疑問に、ケイが自虐的に顔を歪めて笑った、気がした。
エイミーが目を丸くした次の瞬間には、ケイはいつもの笑顔に戻っていて、エイミーは気のせいだったのかもと思う。
(前髪のせいで、よく見えていなかったかも)
とにかく、自分だけがケイの特別だと思ってはいけない。そう思っていると、エイミーの前髪をケイがふわりとかきあげた。
「でも、こんなに一生懸命に心配してくれる女の子はエイミーだけだと思うよ?」
(か、勘違いしてはダメえええ!)
美しい顔をエイミーに近付けて微笑むケイに、言い聞かせていたエイミーの心臓がぎゅんっと飛び出そうになる。
「お礼がしたいな」
「えっ?」
額にケイの手が添えられているので、エイミーは身動きできない。美しい水色の瞳に吸い込まれてしまう。
「ねえ、今度の休みに一緒に街へ行かない?」
「えっ」
行きたい、と自分の立場も忘れて答えそうになってしまった。
エイミーは国が秘匿する特級愛し子だ。植物園の外を勝手に出ることはできない。
「う、あ……」
かといって断ることもできずに口をもごもごさせていると、テントの幕が乱暴に開いた。
「ダメに決まってんだろうが」
「バーナード様!!」
またしてもタイミング良く現れたバーナードにより、場がピリつく。
「やあ、バーナード。騎士団の仕事はいいのかい?」
「ケイ、お前……俺が来れないと思ってエイミーに迫ってないか?」
「君こそ、いつもタイミングがいいね?」
「エイミー! お前もちゃんとはっきり断れよ!」
「は、はいっ!」
エイミーにまで怒鳴り声が飛んできて、思わずぎゅっと目を瞑る。
一瞬でもケイと出かけたいと思ってしまった気持ちをバーナードに見透かされているみたいだ。
「バーナード、女の子に怒鳴っちゃダメだよ」
ふっと顔に影が落ちたかと思い目を開ける。エイミーの前には庇うように前に出てくれているケイがいた。
「とにかく! エイミーと街に出かけるなんてダメだ!」
バーナードはぐっと言葉を詰まらせた後、強い口調で告げた。しかしそれでケイの気持ちは変わらない。
「どうして? エイミーは僕のホスト役だよ?」
「お、お前は貴賓客だろうが! 何かあったらどうする!」
「フェリーク王国は世界一平和な国だろう? 騎士団の君がそんなこと言っていいのかい?」
ケイの返しにバーナードが口をわななかせながら押し黙る。
(ケイ……すごい)
高圧的な態度のバーナードに怒ることもなく、ケイはにこやかに的確な返しをしていた。だからこそバーナードも次の言葉が出てこないのだろう。逆にいつも押し黙ってしまうエイミーには、ケイがすごい人に見える。キラキラと背中を見つめて見守った。
「と、とにかく、ダメだ!」
ふいっと顔を逸らしてダメの一点張りを貫くバーナードに、ケイはふうと溜息をついた。
「そんなに僕とエイミーのデートの邪魔をしたいんだ?」
「「デ、デート!?」」
エイミーの驚きの声がバーナードと重なる。
ケイはエイミーに振り返ると、にこりと微笑んだ。
「バーナードはエイミーと僕がデートをするのが嫌で、妨害したいらしい。嫉妬、だね」
デートという憧れの単語に浮ついて、ケイの言葉が入ってこない。エイミーがぽーっとしているうちに、バーナードから怒声が飛んだ。
「そんなわけあるか! 誰がこんな地味な女なんかに!」
「ふうん。じゃあ、僕がエイミーと街に出かけてもいいよね?」
顔を向けたケイに、バーナードは笑みを張り付けると、勝ち誇ったように続けた。
「ああ。別にいいぜ。どうせ、上から許可なんて出ないんだからな! 俺はいいんだけどな!」
最後の一言が余計である。いつものバーナードの暴言はスルーして、エイミーは考える。
(護衛がいればわたしも外に出られるけど……護衛責任者のバーナード様がきっと裏で手を回すだろうし……)
ケイと出かけるのは無理そうだ。エイミーがしょんぼりしていると、ケイが弾んだ声で言った。
「上から許可が出ればいいんだね?」
(ふえ?)
きょとんと顔を上げれば、勝利を確信したかのような顔でケイがエイミーを見ていた。
バーナードはどうせ無理だと鼻で笑っている。しかしエイミーは、ケイのその表情に不思議と期待で胸が高鳴った。




