第8話:屠殺の夜と肉の崩壊
夕日が『光の女神の神殿』の石塔の背後に沈み、空を腐った血のような赤色に染め上げていく。晩課の祈りはすでに終わっていた。湿った石造りの廊下には、未だ聖歌の残響が漂っている。それは、執務室で今まさに用意されようとしている、あの悍ましい不浄の舞台裏にふさわしいBGMだった。
俺はそこにいた。天井の梁の薄暗がりに完全に同化して。
三歳児の肉体には何の重みもない。通気口を這い進み、廊下の完全な死角へと位置取っていた。神の家において、上を見上げる者など誰もいない。ましてや、そこに処刑人が潜んでいるなどとは。
遠くから、フォン・カルスキー男爵の重く不規則な足音が石畳に響いた。十メートル先からでも、安物の酒と尿、そして腐った汗の臭いが漂ってくる。指輪をいくつもはめたその手が、酷く見慣れた様子でジェレミアスの執務室の扉を押し開けた。内側から鍵が閉まり、小気味悪い金属音が響く。
「私の品物はどこだ、ジェレミアス?」
貴族の、情欲で濁ったしゃがれ声が聞こえた。
「上等な金を支払ったのだ。あの小娘がひざまずく準備はできているのだろうな。あの忌々しい角が恐怖で震える様を見てみたいものだ」
明かり窓の隙間から中を覗き込む。
部屋の中では、ジェレミアス神父がオーク材の机の前に座っていたが、その端正な仮面はすでに解剖学的なレベルで崩壊しつつあった。昨晩、彼の専用デキャンタに仕込んだ壊死毒が、すでに毛細血管を食い荒らしている。
彼の唇はどす黒く泡立ち、細い指先は痙攣を起こして、ペンを握ることすらできていない。爪は生え際から剥がれ落ち、そこから滴る生々しい血と膿が、机の上のactas de pureza(純潔証明書)を汚していた。しかし、彼のサディズムは、自身の肉体的な苦痛よりもまだ勝っているようだった。
「隣の部屋にいますよ……あなたの目的に応じて、より『扱いやすい』衣服に着替えさせています、男爵」
ジェレミアスが答えたが、その静かな声は、喉をせり上がってくる麻痺のせいで、湿った呻き声のように歪んでいた。
「奇妙だな……腹の底が、まるで煮えたぎっているようだ」
「御託はいいから早く連れてこい」
カルスキーは下俗な笑みを浮かべ、ベルトを外しながら机に近づいた。
「君がそれほど誇る従順さをへし折ってやりたい。泣き叫べばなおいい。血統のない異端者の苦痛ほど、美味なものはないからな」
奴の言葉はそこで途切れた。それ以上語らせる必要もなかった。
作戦計画は、完全に実行フェーズへと移行する。
俺は幼児の小さな手のひらから、魔力の熱流を呼び覚ました。今回選んだのは治癒ではなく、敵の細胞機能を狂わせる、化学的な起爆剤としての出力だ。
標的は、ジェレミアスが痛みを紛らわせるために午前中からすすっていた、胃の中のあの毒ワイン。奴の胎内に残る残留熱が、内部の爆薬として炸裂した。
ジェレミアスの目が限界まで見開かれた。眼球の血管が同時に破裂し、白目が純黒の血で染まる。
筋肉の過剰な緊張により、背骨がバキバキと乾燥した音を立てて逆方向にへし折れた。叫ぼうと開かれた口からは、声の代わりに、ドス黒く凝固した血の塊が、液状化した自身の胃組織の破片と共に濁流となって噴き出した。
その黒いゲロが、男爵の顔面と、机に並べられた5枚の金貨に容赦なくぶちまけられる。
「な、何だこれは!?」
男爵は悲鳴を上げ、顔にへばりついた腐った血を拭いながら、たじろいだ。
「ジェレミアス! お前、死にかけているぞ、この汚らわしいクズが!」
司祭は立ち上がろうとしたが、机に手を突いた瞬間、手のひらの皮膚がベリベリと音を立てて完全に剥がれ、蝋のように木に張り付いた。血流を失ってすでに壊死していた指先は砕け散り、腐肉の塊の隙間から白い指骨が露出する。部屋中に凄惨な死臭が立ち込めた。
奴の足はもう機能していなかった。崩れ落ちるように床へ膝を突くと同時に、壊死剤によってドロドロに溶けた内臓が、体液や排泄物と共に、聖職衣の裾から床へと滑り落ちていった。
時は満ちた。
俺は明かり窓の隙間から猫のような軽さで滑り降り、男爵のすぐ背後の絨毯の上に静かに着地した。扉の鍵はあらかじめ外側から工作してある。誰も入っては来られないし、この屠殺場から生きて出られる者も、もう存在しない。
「だ、誰だ……そこにいるのは?」
フォン・カルスキー男爵が、荒い息を吐きながら振り返り、震える手で剣を探した。しかし、視線を落とした先、薄暗がりに佇む三歳の幼児の姿を捉えた瞬間、その顔に愚鈍で下俗な困惑が浮かんだ。
「ホセのところのガキ……? お前、こんなところで何を――」
「【キルゾーン内に目標を確認】」
俺は、自身の本性である軍人の声を解き放った。幼児の未発達な声帯を無理やり震わせる、冷徹で、死に絶えた、耳障りな周波数。
貴族がその言葉の恐怖を理解するよりも早く、俺は男爵のベルトの鉄バックルと、奴のはめている金の指輪に向けて、あらかじめ仕込んでおいた魔力の熱量を一気に解放した。金属の温度が、一瞬で数千度に達する。
カルスキーのベルトが、瞬時に奴の骨盤へと融解しながら沈み込んでいった。
赤熱した鉄が腹部の脂肪を溶かし、ジュージューと音を立てて、人間の肉が焼ける黄色い煙を上げ始める。神殿の壁を劈くような、人間とは思えない悲鳴が響き渡った。
男爵は床にのたうち回り、指先でその溶けた金属を引き剥がそうとしたが、自身の皮膚を引きちぎり、手の腱と筋肉を削ぎ落とすだけに終わった。前腕の橈骨と尺骨が剥き出しになる。
「助けてくれ! ここから出してくれぇ!」
男爵は激痛のあまり失禁し、床の石畳に自身の焼けた肉をこびりつかせながら這いずり回った。
「君たちは、この世界を自分たちの遊び場だと錯覚していたようだな」
俺は、ネズミの群がる塹壕を掃討する時のような冷徹さで、その地獄絵図を見つめながら静かに呟いた。
「5枚の金貨で少女の身体を買い、教会の権力でそのサディスティックな不浄を隠蔽できると思い込んでいた。だが、戦争における鉄則を忘れている。――見えない敵を、決して侮るな」
指をパチンと鳴らし、部屋の空気の温度を限界まで上昇させ、二人の開いた傷口を強制的に焼き焦がして焼灼した。あまりにも早く失血死されては困る。この密室の中で、自分たちの腐り、焦げていく肉の煙を吸いながら、何時間もその絶頂の苦痛を味わわせるのが、俺の望みだった。
俺は背を向け、あらかじめ解錠しておいた秘密の裏口を開け、暗い廊下へと出た。幼児の服に飛び散ったわずかな体液と血を払い落とす。ベテランとしての副次任務は完了した。外周の掃討は終了だ。
廊下の突き当たりに、フレヤの姿が見えた。衣服こそ綺麗だったが、その瞳は地面に固定され、身体を小刻みに震わせながら執務室へと歩みを進めていた。
俺は駆け寄り、わざとおぼつかない三歳児の足取りでつまずきながら、彼女の脚へと力一杯しがみついた。目の奥の氷のような視線だけは、決して見られぬように隠して。




