第29話:闇市場の兵器庫と血の陰謀
屠った異端審問官の分隊から奪い取った【通行印章】のおかげで、下層地区と中層地区を隔てる巨大な黒鉄のバリケードを突破するのは容易な工作だった。
イタロが前衛に立ち、荷物を担いだ3人の薄汚れた「奴隷(難民)」を従える正規の防衛騎士として堂々と振る舞ったのだ。
バリケードの検問兵どもは、1キロメートルに及ぶ巨獅子の襲来を恐れて金の灰が舞う天空を警戒するのに夢中で、印章の刻印を一度確認しただけで俺たちの通過を許可した。
中層地区に潜入した後、俺たちは教会の公式な宿屋を求めなかった。そんな場所に入れば、即座に教会の監視網(魔力探知)に引っかかる。
コリンが地底時代に培った独自の闇ルートに先導され、俺たちは貴族の居住区の真下を走る、古代ドワーフの放棄された工業用配管網へと下降していった。
そこは、地上の焦土の下に広がる、錆びついた金属と油の悪臭に満ちた闇市場の縮図だった。空気は安酒、車のグリス、そして腐食した鉄の臭いが澱んでいる。
「ダリオ、このセクターのブローカーは蒸気バルブの裏に隠れてるわ」
コリンがボロ布のフードの下から囁いた。
「自称『老サイラス』。教会が下層からパージした物資や資産を裏で買い取ってるクズよ」
「お前が入れ、コリン」
俺は十歳の一切の幼児性を排した冷徹なトーンで応じた。
「お前の毒( Teresa 風の交渉)を使え。花崗岩の壁で囲まれ、内側から施錠できる隠れ家を買い取れ。王国の金貨は使うな。さっき剥ぎ取った【ルーン銀の長剣】を1本くれてやれ。この焦土じゃ、出所不明の金貨より、教会の最高級の鉄(武器)の方が兵站価値が高い」
「了解よ、不気味な怪物」
コリンは強欲な笑みをその赤い瞳に浮かべて呟いた。
「あのドブネズミが教会の剣を見て、どれほど床を這いつくばるか見ものね」
コリンは闇の中に佇む娼館の地下へと滑り込んでいった。
イタロは俺の隣で、あの巨大な凹んだタワーシールドを湿った石壁に預け、退役工作兵のような鋭い警戒の目で周囲のダクトを監視している。フレヤは俺の隣に座り込み、馬車から強奪した白い小麦粉と干し肉の袋を愛おしそうに抱きしめていた。
「ダリオ……ここ、地上のお金持ちたちの家の真下なの?」
フレヤが配管から滴る泥水を見つめながら、静かに尋ねた。
「ああ」
俺は暗闇の奥を見つめたまま応じた。
「俺たちは奴らの足元にいる、フレヤ。戦術的に最高のペリメーターだ。自分の家の地下室にあるナイフを警戒する奴はいない」
「気に入ったわ」
彼女は呟き、その十八歳の瞳に冷徹な残光を宿した。
「地上の奴らが温かいベッドで眠っている間、アタシたちはこの泥の中で奴らを屠る刃を研ぐのね」
数十分後、コリンが闇から戻ってきた。その手には古代ドワーフ製の青銅の鍵と、ブローカーが机のゴミ(雑紙)として扱っていた教会の公文書の束が握られていた。
「交渉成立よ」
コリンは赤い瞳を輝かせながら鍵を掲げた。
「老サイラスのジジイ、完全に入れ食いだったわ。ルーン銀の長剣1本と引き換えに、娼館の倉庫の真下にある『封鎖された古代ドワーフの兵器庫』の所有権を譲らせたわ。壁の厚さは花崗岩で3メートル、さらに地底の第二階層(大鋳造所)へと直通する隠しハッチがあるわ。中層地区のど真ん中に出来た、完璧な軍事バンカーよ」
「見事な工作だ、斥候」
俺は立ち上がり、背中のジェレミアスの2本の細身の剣の位置を調整した。
「これよりアジトの占領(設営)を開始する」
黒鉄のハッチを潜り、俺たちは完全に乾燥した古代の兵器庫へと侵入した。ドワーフの石造工作の極みであり、地上の終末の汚れから完全に隔離された強固な空間。室内には空の鉄チェスト、武器ラック、そして中央には巨大な石のテーブルが鎮座していた。
『地上における永続的作戦基地:設営完了』
俺は脳内の兵站ログをマージし、RPGの拠点確保のドパミンを噛み締めた。
『安全なクォーターを確保した。これでフレヤとイタロは魔力探知のリスクなしに休息できる。次、インベントリの整理だ』
鉄のチェストの前に進み、戦術袋を開いた。
あの子供たちの遺灰から回収した12個の【腐敗石】を取り出し、石の小箱の中に整然とマージしていく。それから、煤と泥でベタベタに汚れたボロ布の外套を纏うフレヤとコリンへと老兵の瞳を向けた。
「そのボロ布(外套)を脱げ」
俺は分隊長のトーンで命じた。
「コリン、小さくなった古いベストや引き裂かれたキャンバスシャツをこのチェストに仕舞え。資源の廃棄は許さん。繊維の密度ごとに分類して洗浄しておけ。上層地区へ潜入するための擬装(変装服)の工作資材にする」
「あんた……本当に気持ちの悪い執着癖ね、ボス」
コリンは嫌悪を装いながらも、恐怖に身体を従わせて古いインナーをチェストへと投げ入れた。
「外の世界がゾンビと巨獅子で滅びかけてるっていうのに、アタシたちの古着をコレクションして何になるわけ?」
「迷宮の泥と魔力が染み込んだ繊維は、熱源探知を狂わせるアセットだ、わるいおねえちゃん」
俺は奴を見ずに、ボロ布を丁寧に折り畳みながら応じた。
「俺の分隊じゃ、布は弾薬と同じ扱いだ。次、イタロ。コリンがサイラスの机から掠め取ってきたゴミの羊皮紙を読め。敵の『名前』と『補給ルート』を割り出す」
イタロはフレヤの浮かせる紫色の光球の下、石のテーブルへと近づいた。
奴が教会の公文書の束を広げ、軍事工作のログに目を走らせた瞬間、その28歳の頑強な顔面から血の気が引き、鉄の guantelete(籠手)がバキバキと音を立てて握り締められた。
「血の陰謀だ……」
イタロは、脱走騎士としての激しい憤怒に声を震わせた。
「ボス……これを見ろ。この中層および上層セクターを支配しているのは、【枢機卿マラカイ】……あんたが地下で屠ったあの神父ジェレミアスの、直属の『上司』だ」
「何が書いてあるの、イタロ」
フレヤが一歩前に進み出た。彼女の黒い角が、冷徹な殺意の熱量で微かに明滅を始める。
「教会軍は、最前線で1キロの巨獅子を相手に完全な消耗戦に陥ってる」
イタロは教会の公式印が押された防衛マップを指差した。
「マラカイの命令だ。来月、下層地区から【500人の異形の子供たち】を強制徴募(狩り)する計画が進んでる。奴らを外壁に鎖で繋ぎ、その生体魔力を暴発させて要塞の光のルーン結界の『生体バッテリー(使い捨て)』にする気だ。上層の貴族どもが小麦( caloria )を抱えて王都へ逃げ延びるための、ただの時間稼ぎの肉の壁(人間盾)さ。用が済んだら、骨を粉砕する気だぜ」
『作戦インテリジェンス:アップデート。主標的の特定:完了』
俺は少年兵の無表情のまま、敵の作戦ドクトリン(陰謀)を解読した強烈なアドレナリンを噛み締めた。
『教会は崩壊寸前の防衛線を維持するため、500個の未成年個体を使った大規模な生体兵站処理を計画中。枢機卿マラカイこそが、孤児の骨髄プロセス(カニバリズム)を統制している財務の脳髄か。上等だ。闇市場の要塞を確保しただけでなく、教会を内側から斬首するための完全なターゲットツリー(組織図)が手に入った』
石のテーブルの上には、12個の【腐敗石】、奪い取った通行印章、そしてイタロの広げた枢機卿マラカイの血の計画書。
4人のアクティブメンバーを揃えた暗殺分隊は、ついに敵の喉元(中層地区)に不落の塹壕を穿った。光の教会は、自分たちの足元の泥の中に、全ての兵站を逆用して首を狙う【最凶の十歳の死神】が潜んでいることなど、未だ気づく由もなかった。




