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第25話:功利主義の行商人と生者の要塞


 断崖の傾斜を下る行軍は、泥、煤、そして蒸発した生体液の墓場を抜ける無音の行軍となった。外の世界の不浄が俺たちの新しい軍靴にまとわりついたが、額にある1センチの小さな角が熱誘導のレーダーとして作動し、俺の警戒線を維持していた。大気の静電気は濃密だったが、滝の残響と地平線で吼える巨獅子の遠い咆哮の隙間から、俺のセンサーは別の音を捉えた。鉄で補強された車輪の重いきしみ音と、数十人の生きた人間の熱源反応だ。


「ダリオ……右よ」

 黄色の霧の中で、十八歳となったフレヤが囁いた。彼女の手は、魔改造された工作兵用の短剣の柄を愛おしむように撫でている。

「金属が動く音がする」


「行商人ね」

 コリンがボロ布のフードの下から長い耳をそばだてて付け加えた。

「車のグリスと、腐った携帯糧食の臭いがプンプンするわ。補給線よ」


『分隊の特定:重装甲の商業カラバン(馬車隊)』

 俺は暗闇の中に視線を固定したまま、心の内でログを更新した。

『黒鉄の装甲板で覆われた5台の馬車。周囲を短クロスボウで武装した12人の傭兵が護衛している。ヘドロの粘性のせいで前進速度は極めて遅い』


 崩落した物見櫓の瓦礫の間をすり抜け、俺たちは泥道の真ん中で奴らの前に這い出た。俺たちの薄汚れた3つのシルエットが硫黄の霧から現れた瞬間、前衛の護衛どもは死体安置所の中で生き抜いてきた者特有のパニック(過剰防衛)で反応した。


「止まれ、この動く死体め!」

 先頭の傭兵がハンドクロスボウを構え、引き金に指をかけながら怒鳴り散らした。

「あと一歩でも動いたら、その眉間に鉄の矢をぶち込んでやる! 生きてるなら手を上げな、さもないと【ノームエルト(不死者)】と見なしてハチの巣にするぞ!」


 フレヤが本能的に俺を背後に庇おうと一歩前に出たが、俺は動く方の右手で彼女の太ももをトントンと叩いて制止した。ここで【濃密な炎】の主砲を暴発させる必要はない。俺たちが要求しているのは兵站だ。

 俺は煤で汚れたボロ布の外套を風になびかせながら一歩前に出た。十歳の肉体、そして無数の塹壕戦を潜り抜けてきた老兵の死に絶えた瞳を剥き出しにする。


「生きてる」

 俺は幼児性を完全に排した冷徹なトーンで応じた。

「ゾンビじゃない。通路と、飯(糧食)が欲しい。対価なら支払う」


 先頭の装甲馬車の内側から、顔中に傷跡を刻んだ一人の大人の男が顔を覗かせた。瞳には強欲な計算高さが宿り、肩には金の灰で汚れた狼の毛皮を羽織っている。カラバンの隊長だ。奴は上から下まで俺たちを見つめ、テレーザのような階級的な蔑みと、ゲーム(Baldur's Gate)の密輸商人さながらの冷酷な実利主義を混ぜ合わせた表情を作った。奴の視線は、姉たちのボロ布のフードと、十歳の俺のサイズへと向けられた。


「巨竜の大穴から這い出てきた、3匹の浮浪児(孤児)だと?」

 男はチッと舌打ちをし、黒い痰をヘドロの中に吐き捨てた。

「地上の金貨なら仕舞っておきな。不死者はクズ鉄なんて食わないし、教会の腐った検問兵に見つかれば最初のバリケードで身ぐるみを剥がされるのがオチだ。この地上じゃ、金は噛み砕けない。その汚い袋の中に、腐った肉一切れに値するアセットが何が入ってるわけ? この忌々しい終末の世界じゃ、貧乏はそれだけで罪だけど、武器も飯もないってのはただの死刑宣告よ」


「これがある、商人」

 俺は幼児のフリを捨て、戦術袋インベントリのキャンバスを開いて即座に応じた。


俺が引き出したのは金貨でも黒鉄貨でもない。そんなものを見せれば傭兵どもの略奪トリガーを引くだけだ。俺が提示したのは、バンカーの黒鉄のチェストの中で七年間、俺が執念深く管理コレクションしてきた【彼女たちの古着】の中から選んだ、ドワーフ民兵のキャンバスシャツ2枚と黒い革の防護ベストだった。地底の鉱物と飽和した生体魔力が染み込み、熱源探知を遮断する特殊な繊維だ。


「地底のドワーフ軍用テキスト(古着)だ」

 俺は短い軍事トーンで区切って交渉した。

「高密度の防護繊維。お前の馬車の装甲カバーを補強するのに使える。不死者ゾンビの爪じゃ、この繊維は引き裂けない。この布とお前の保護、それと携帯糧食3食分をトレードだ」


 カラバンの隊長はハッと瞬きをし、一瞬にしてその傲慢な仮面を崩した。馬車から飛び降りると、フレヤが成長の過程で残していった古いシャツをひったくり、細い指先で繊維を引っ張り、汚れた爪で表面をガリガリと削った。奴の赤い強欲な瞳に、一瞬で爆発的な歓喜ドパミンが点火した。この地上の焦土において、その防護アセットがどれほど入手困難な最高級の兵站資材であるかを、奴の商人の本能が理解したのだ。


「ほう……不具のチビちゃんかと思ったら、最高の商売人ディーラーじゃないの」

 男は布を自分のチェストへと仕舞い込み、勝利の笑みを浮かべた。

「アタシの名前はバルガス。一番後ろの馬車に乗りな、そして口を閉じておくことね。傭兵たちの神経は限界まで磨り減ってる。中央広場の【黒竜】の熱流のせいで、平原から不死者の大群(ゾンビの群れ)が次々と這い上がってきてるのよ。教会軍もこのセクターの統制コントロールを失いつつあるわ」


 俺たちは補給馬車の後方に陣取り、錆びついた矢の箱や腐った小麦粉の袋と空間を共有した。鉄の車輪が道路の黒いヘドロを粉砕する中、バルガスは俺たちの前に腰掛け、悍ましい薬草の臭いを放つパイプに火をつけた。奴は馬車の銃眼から地平線を見つめていた。そこでは、1キロメートルに及ぶ白銀の巨獅子が未だに山脈を足蹴にしている。


「アタシの補給線ラインに出会えたのは幸運だったわね、ガキども」

 バルガスは灰色の煙を吐き出しながら言った。

「外の世界は、あんたらが七年前に覚えてるような生易しい遊び場じゃないわ。人間の王国なんてものはもう存在しない。地上に残されてるのは、超巨大な【都市要塞フォートレス】だけよ……外の死体どもを堰き止めるために、黒鉄のスパイクと教会の光のルーン結界でガチガチに囲まれた、ただの巨大な家畜檻( The Walking Dead 風の要塞)さ」


「あの部屋の死体累々と同じなの?」

 コリンが尋ねた。俺が叩き込んだ従順なトーンを維持してはいるが、ボロ布の下の細い指先は短剣の引張機構クリティカルバネをいつでも解放できるよう固定されていた。


「もっと最悪よ、黒妖精エルフ

 バルガスは脂ぎった額を拭った。

「ただの永続的な塹壕生活サバイバルさ。生き残った難民どもは要塞の下層地区に過密状態で押し込められ、蕈のパン切れ一つや真水の一滴を巡って毎日殺し合いをしてる。食い物はない、平原は中央に鎮座する黒竜の硫黄で完全に不毛の焦土( Tierras Infértiles )と化し、不毛地帯は一日ごとに拡大してるわ。そして教会……あの光の女神の教会は、最前線の防壁を維持するために完全に狂い始めてる。平原を彷徨う孤児や生き残りのガキどもを片っ端から【強制徴募(徴兵)】して、神獣や魔物に対する生け贄(肉の壁)や『人間盾スクード・ウマノ』として前線に放り込んでるのよ」


『地上の地政学構造(世界観):確認』

 俺はボロ布を纏った少年兵の顔のまま、商人が吐き出す終末の情報を脳内で急速にマッピングしていった。

『リソースの枯渇と閉鎖的な立て籠もりモデル( Walking Dead )。外部ルートは不死者ゾンビによって飽和。教会は防衛線を維持するため、未成年個体の強制レヴァ(兵力徴収)を実行中。上等だ。要塞の過密なカオス(混乱)は、非対称の潜入工作にとって最高の前線基地となる』


 フレヤはボロ布の外套の下で拳を固く握りしめた。キャンバスの下に隠された彼女の黒い角がかすかな熱波を放射し、一瞬だけ馬車内の温度を上昇させた。自分を調教し、全てを奪ったあの教会のシステムが、地上で今なお子供たちの命を使い潰している事実に、彼女の中に眠る純粋な怒りの主砲が呼応していたのだ。


「誰も、私たちを二度と捕まえられない」

 フレヤは十八歳の鋭い瞳を暗闇の道路へと固定し、押し殺した声で囁いた。

「審問官がアタシたちを盾にしようと手を伸ばしてきたら、今度はあの廃墟を奴らの火葬場にしてやるわ」


「静かにしろ、フレヤ」

 俺は奴を見ずに、冷徹な軍人の囁きで制止した。

「主砲の炎は、壁の中に滑り込むまで隠しておけ。まずは生者の要塞に潜入する。その後、暗闇から教会の兵站を一本ずつ解体してやる」


 バルガスは煙を吐き出し続け、自分がボロ布と引き換えに馬車に乗せた3人の「飢えた浮浪児」が、その実、2本の高周波魔剣、軍事圧縮主砲、そして世界の残骸から実利を剥ぎ取ろうとする退役工作兵の脳を備えた【最凶の暗殺分隊】であることなど、夢にも気づいていなかった。




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